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17 魔物?



 ◇ ◇ ◇



 廃鉱山の捜索部隊は、外で警戒する組と、実際に中へ入る組に分かれた。

 ここに到着するまでは何もなかったが、今後も何もないとは保証されていない。

 警戒は、どれだけしようとし足りない。無駄になるなら、それは何も起こらなかったのだから、喜ばしいことだ。

 さて、僕はどちらの組に配属されたかと言うと、なぜか廃鉱山へ入る組だった。


「なんで?」


 その話を聞いた時、思わず疑問を呟いてしまった。

 それに対しての説明は、魔工品の性能を見ていないとか、弟王子の期待に答えろとか、危険な場に身を置いたほうが『勇者』の称号を得られるかもしれないとか、守るから大丈夫とか、そんな説明だった。後半の言葉は、ほとんど姫なのは言うまでもない。

 それぞれの組は、ちょうど半分の8名ずつで別れた。

 廃鉱山の中では、二列縦隊で並び、僕は後ろから二列目だった。

 廃鉱山の通路は、二列で並んでも問題のない広さで、行動には支障がない。

 壁や天井は、最初は気にならなかったが、多少崩れている部分もあった。これは長い間に風化したのか、それとも何かで崩れたのか、そこまでの判断はしていない。

 明かりを持っているのは、一番前と一番後ろを歩く兵士だ。それぞれ一人ずつカンテラを灯している。ちなみに、このカンテラは魔工品の一つで[カンカンテラ]と言う。変な名前だった。

 [カンカンテラ]に照らされた通路は、歩く分には十分な明るさがある。ただ、僕の並んでいる所からだと、人の影が伸びてしまい、周囲を観察するのには不十分だった。

 そんな明るさと暗さが、微妙にない交ぜになった通路を歩き、最初の空洞に行き着いた。

 空洞は、僕たちが出て来た通路から見て、地下と上空の双方向に伸びている。空洞に沿って、上と下にらせん状の通路が組まれていた。

 空洞の底は、暗くて見えない。[カンカンテラ]の明かりが届かない距離だということはわかる。

 ここから上か下に進むと、また別の通路があり、別の空洞や小部屋へと進むことができる。この空洞は、通路の分岐点として機能していた。

 上へ下へと何度か進むことで、魔石を放置するのにちょうど良い場所を探し出すのが、回復場所の使い方だ。普通は、行き止まりの小部屋を探して、そこを利用する。

 僕たちは、一度通路から出て、空洞の方で集まった。


「さて、ここからどちらに進むべきでしょうか?」


 兵士の一人が、そんなことを口にした。

 ここまで何事もなく前進してきたが、目的は行方不明者の捜索だ。何の道筋もなく探すわけにはいかない。もたもたしていて取り返しのつかない事態になっては困る。


「そうですね……」


 これには、行動力に溢れるコルニス姫も即断はできない。

 そんなところで、僕は手を上げた。


「下へ向かいましょう」


「どうして?」


「孤児院の子供たちが、そう言っていたので」


「何の話ですか?」


 兵士の怪訝な表情が、明かりに照らされる。


「いや、孤児院でアルたちが何か話していなかったのかと思って、いろいろ聞いて来たんです。それで、どうやらアルたちは、下のほうの小部屋へ向かったらしいので」


 正確にはアルの父親が、下のほうの小部屋を魔石の回復場所として使っていた。そのことをアルが、孤児院で話していたのだ。だから目的地は、下の方にある小部屋のはずだ。


「何か手掛かりが見つかるかもしれませんし、どうでしょうか?」


「そうね。最初は下へ行きましょう。それで何もなければ、上に向かうことにしましょう」


 コルニス姫が、方向性を提示する。

 それに反論を唱える者はいなかった。他に指針になるものもない。

 先頭を歩く兵士が、今後の方針を確認する。


「では、下へ降ります。隊列は変わらず――」


「上に何かいる!」


 確認の説明に割りこんで、いきなり誰かが大声を上げた。

 それに合わせて、すぐに兵士たちが武器を構えた。姫を中心にして警戒態勢に入る。

 守られる形になったコルニス姫も剣に手を添えて、すぐに戦闘をできる体勢になっている。

 僕は、姫の近くにいたために、兵士たちの作る円の内側にいた。


「キギャー!」


 空洞の中に奇声が響き渡った。

 奇声の発せられた方向、僕たちが立つ場所から、らせん通路の二段ほど上を見ると、そこに黒い小柄な影があった。

 暗闇の中だから黒いのではなく、肌の色が黒っぽいのだ。小柄な体だが、頭部がやや大きく、威圧感を感じる。その手には松明と剣を握っていた。


「ゴブリンです!」


 どうやらあれは、ゴブリンらしい。ファンタジーの物語ではよく登場する生物だ。この世界にもいたらしい。いや、名前が同じなだけで、全く異なる生物である可能性はあるが。


「ゴブリンって魔物?」


「魔物よ!」


 僕の質問に姫が乱暴に答えた。

 始めて見た魔物が、ゴブリンなのは運が良いのか悪いのか。魔物のことを何も知らないから判断がつかない。これからの授業では、魔物のことも教えてもらった方が良い気がする。帰ったら、先生に相談するとしよう。


(どう対処するのか)


 この状況では、打って出るのか、それとも後ろに下がるのか、どちらの判断もあり得る。

 そう考えていると、ゴブリンが通路を走り下りながら近づいてくる。ある程度らせん通路を走ったところで飛んだ。


「ギャッ!」


 ゴブリンが、空中を飛んで空洞を横切って接近してきた。走るよりも通路を飛んだほうがはるかに速い。

 目の前にゴブリンが現れたことで、打って出ることに決まった。


「はあっ!」


 すぐ近くで構えていた兵士が、ゴブリンに切りかかる。

 ゴブリンはそれを正面から剣で払った。

 兵士とゴブリンは、何度か剣を交えていく。


「キギャー!」


 今度の奇声は、別の方向から上がった。

 最初に現れたゴブリンとは間逆の方向。下からゴブリンが上がって来る。

 それをまた、兵士が前に出て迎え撃つ。


「キギャー!」


「キギャー!」


 どんどん奇声が増えていく。


「さすがにこんな場所だと数がいる!」


 ゴブリンの上げる奇声は、仲間に知らせる役割があるらしい。一つの奇声が、いつもの奇声を連れてくる。このままでは、増える一方だ。


「ここは退きましょう!」


 その言葉に従って、元来た通路へ向かおうと振り返った。


「キギャー!」


 今度の奇声が上がったのは、戻ろうとした通路の先からだった。すでに目視できる所までゴブリンが近づいてきている。

 通って来た通路は、一本道ではなかったようだ。どこからか回り込まれてしまった。


(やるか!)


 僕は、覚悟を決めて前に踏み出した。

 視界に移るすべての情報をすぐさま読み取る。

 迫るゴブリンは、一体。ただし、後方から増援が現れることを注意。

 持つ武器は、剣と松明。

 通路は、十分な広さがある。


「はあっ!」


 僕は、先手必勝で槍を振った。魔工品に付属している刃で切りつける。

 それをゴブリンは、剣で弾いて防ぐ。

 だが、刃を防いでも終わらない。

 槍をはじいたゴブリンが、何かに酔ったように体を揺らした。

 魔工品の効果だ。瘴気の濃度が下がったことで、ゴブリンが一時的に酸欠のような状態になったのだろう。

 僕は、その隙を見逃さずに胴を切り裂く。

 切り裂かれたゴブリンは、目を大きく見開いて動かなくなり、体が粉々になった。粉になって空中へと解けていく。

 ゴブリンのいた場所には、剣と松明、身に着けていた衣服だけが残った。


(魔物を倒すと消えるのか)


 死体のような物は残らないらしい。


「キギャー!」


 さらに通路の奥からゴブリンが現れた。


「下がってください!」


 僕の後ろから兵士が二人、僕を追い抜いて通路へ躍り出た。

 そのまま兵士が、通路から迫りくるゴブリンに相対する。

 僕は、指示に従って、少し下がった。そして、後ろから魔工品で援護する。

 背負う魔工品の本体、その左右の管から瘴気を薄める成分を飛ばす。飛ばした時、少し背中に反動があった。

 走っていたゴブリンが、足をもつれさせて転ぶ。

 転んだ隙に兵士が、ゴブリンの背中を切りつけて、とどめを刺す。

 ゴブリンは、何もすることなく粉となって消えた。

 魔工品による援護は、かなり有用らしい。


「キギャー!」


「弓兵だ!」


 空洞からの叫び声に僕は、驚いて振り返った。

 らせん通路の向かい側には、いつの間にか複数のゴブリンが並び、弓を引き絞っていた。狙いを定めた矢が、ばらばらに放たれる。

 狙われた姫と兵士たちは、剣を振って矢を叩き落としていく。

 ゴブリンたちは、弓を引く者と矢をつがえる者で役割を分担しており、休む暇なく矢を放つ。


「うっ」


 運悪く兵士の一人に矢が刺さった。バランスを崩して地下の空洞へと落ちていく。

 僕は、弓を引くゴブリンに魔工品を向けて、調子を崩させる。だが、それで狙いを崩せても、攻撃手段ではないため手数は減らない。


「《ファイア》!」


 コルニス姫が、スキルを唱える。胸の前に掲げた剣の先から火球が飛び出し、弓を構えるゴブリンに襲い掛かる。

 僕は、姫を援護するために弓兵のゴブリン達に狙いを定めた。

 弓兵は四体。

 矢筒を持つ者も四体。

 隙間なく並んでいるため、左右に動くことはない。

 距離は、十メートルほど。魔工品はギリギリ届く。

 僕は、空洞へ出て正面のゴブリンから狙って、瘴気の濃度を下げていく。

 狙われたゴブリンは、無理に矢を放とうとするが、狙いが定まらずに矢が届かなかったり、あさっての方向へ飛んだりする。

 その間に姫が、遠距離からゴブリンたちを仕留める。


「《ファイア》!」


 炎の爆発が起こるたびに、確実にゴブリンの数が減っていく。

 左右では、剣戟の音が響いている。

 状況は良いのか、悪いのか。

 気になって見渡すと、ゴブリンの持っていたと思われる松明がいくつも転がっている。

 [カンカンテラ]が一つ地面の上に置かれ、そのそばに兵士が一人うずくまっていた。


(どこかを崩さないと退くに退けないか)


 僕たちは、完全に囲まれている。負傷した兵士を置いてはいけないだろう。どうにかして逃げ切る算段をつけないといけない。

 考える間も弓兵のゴブリンは、順調に減っていく。


「よし! 弓兵制圧!」


 コルニス姫が、周囲に聞こえるように声をかけた。

 僕もその声を聞いて、接近して来るゴブリンに注意を向けるために、体をひるがえした。

 その時、突然足下のバランスが崩れた。


(はっ?)


 スローモーションのように僕の体が傾いていく。

 空洞の中央へ。

 通路のない空中へ。

 このまま傾きが深くなれば、何の抵抗もなく下へと落ちる。

 結果は容易に想像できるが、体は僕の意思に反して傾き続けた。


「ユータ!」


 そばにいたコルニス姫が、傾く僕の腕をとっさに掴んだ。そこから引っ張るように力を入れる。

 だが、傾いたバランスを元に戻すには、遅かった。僕の傾きは止まらない。

 そればかりでなく、引っ張っていたコルニス姫までが傾き、バランスを崩してしまった。

 空洞の地下へ、僕の体が引っ張られ、その後を追ってコルニス姫の驚きの表情が迫って来る。

 もう、落ちることは変えられない。


「くそっ」


 僕は、落ち始めた空中でコルニス姫の体を引きよせて、せめて姫を守ろうとその体を強く抱きしめた。

 僕と姫は、一気に地下へ落ちていった。



 ◇



 読んで頂き有難うございます。

 今回の解説コーナーは、[カンカンテラ]です。


 『魔工品[カンカンテラ]』

 緋炎魔石を核とした、周囲を明るく照らし出す照明器具である。

 古くから使われており、生産数も多い。冒険者や行商人だけでなく、一般家庭にも広く使われている。

 その理由は、環境に多少の影響を与えられる部分にある。

 [カンカンテラ]は、古くから使われているため、改良も施されている。核は緋炎魔石だが、それに加えて氷蒼魔石を使うと、[カンカンテラ]に照らされた範囲の気温を変化させることができる。冷暖房器具としての機能が追加されるのだ。

 他に深緑魔石を加えると、HP回復効果が付き、白銀魔石を加えると、瘴気浄化能力の強化がされる。

 [カンカンテラ]は、応用幅の広い魔工品として様々な場所で見かけることができる。

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