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15 後悔すると思うから



 ◇



「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど……」


 ポロム王子が、僕に率直な疑問を投げかける。


「何?」


「ユータは、何でそんなに、これに関わろうとしてるの?」


 ポロム王子が、疑問を持ってしまうのも当然かもしれない。端から見ていては、関わる理由はないように見える。


「正義感とかじゃないよね? それなら兄さんの話を拒否したりしないし。お人好しだからとかは、理由としてちょっと弱い気がするし。ユータは魔物と遭った経験もないから戦闘目的とかでもないし。それじゃあ、責任感とか? それもないよね?」


 ポロム王子は、考え得る可能性を口にしていくが、それをすぐに自分で否定していく。どんどんと外堀を埋めるようにして迫っていく。

 僕としても今後のことを考えれば、この疑問には答えておきたい。だが、僕の中でも明確な形となっているわけではないため、うまく言葉にできない。


(言い訳っぽくなるかな)


 仕方なく、いま思い描く輪郭を言葉にするしかない。


「アルたちが、行方不明になった要因が僕にもあるんだ」


「うん?」


 ポロム王子が、小さく首をかしげる。僕の言葉の意味が、伝わっていないようだ。


「訓練場のおじいちゃんに言われたことなんだけど、僕との対戦をするのは、訓練としてかなり効率がいいらしいんだ。どんな基準でそう言ってるのかは知らないけど、レベルが上がりやすいんだって」


「経験効率か……」


 ぼそりとポロム王子が口にした。それが、どういった意味を持つのか、僕は知らない。

 それを聞きたい気持ちはあったが、いまは理由を話すのが先だろう。このまま話を続ける。


「だから、僕が孤児院に行かなければ、勝負を続けなければ、アルたちが冒険者になることはなかったのかなって」


 冒険者になるために必要な条件は、レベルだけだ。それを満たすだけで冒険者になれてしまう。

 そのための後押しを、僕はしてしまった。実際に、僕との勝負でキールのレベルが上がり、条件を達成している。


「それは、いずれなったことだろ?」


「少なくとも、この時期にはなれなかった。もっと時期が遅ければ、廃鉱山の調査依頼のレベルも引き上げられていたはずだし、そもそも調査依頼を受けなかったかもしれない」


 これは僕に関わりのある問題だと思っている。弟王子は、なぜ関わるのかと言ったが、僕からすれば、すでに関わっている話なのだ。


「それは、結果論にすぎないよ。少し考え過ぎじゃないのかな?」


「そうかもしれない。でも、そう思ってしまったら、もう他の考えには切り替えられない。これをそのままにしたら、後悔すると思うから」


 僕の理由は、これですべてだ。弟王子にどう伝わったのかは心配だが、これ以外に話せることはない。

 話を聞いたポロム王子は、思案顔でモニターへ視線を向けた。


「そういうことなら、ちょっと頼みたいことがある」


「頼み?」


「研究所の魔工品を持って行ってくれないか?」


「魔工品を? 持って行く?」


 ポロム王子は、唐突に話を始めた。僕には何の話なのかわからない。そのまま弟王子の説明が続く。


「試作品レベルなんだけど、稼働は問題ないし、実地でのデータも欲しいから、ちょうどいい機会だと思ってね」


「魔工品の性能テストか?」


「そうそう」


「そんなことをさせてもいいのか?」


 僕は、研究者でも何でもない。ただの素人だ。そんな僕が、魔工品の性能テストなどできるだろうか。


「大丈夫。データは、勝手に魔工品の中に蓄積されるようにしておくから。実地で使って、持ち帰ってくればいいんだ。それに、ユータは魔石との親和性が高いんだから、魔工品とも相性がいい。性能を引き出すのにはちょうどいいんだよ」


 ポロム王子は、僕のことを実験要員として使いたいらしい。

 それは良いのだが、そうなると僕は現地に行くことになる。僕からすれば、それはありがたい話なのだが、それを考えて弟王子は話をしているのだろうか。

 断る理由のない話に、僕は頷いた。


「言いたいことはわかった。それで、何をすればいいんだ?」


「ユータに持って行ってもらう魔工品は、瘴気の濃度を変化させる魔工品だよ。瘴気を浄化させる魔工品は、いくつも種類があるんだけど、濃度を変化させるのは初だからいろいろとデータが必要なんだ」


「それって、何か意味があるのか?」


 浄化と濃度の変化。この二つの役割は、全く違う。

 しかし、実際の使用ではどう考えても浄化のほうが良いだろう。

 濃度を下げることができても、瘴気が消えるわけではない。

 それならば、浄化で瘴気を消してしまったほうが安全なはずだ。


「普通に考えると意味はないんだけど、浄化よりも広い範囲に影響を及ぼせるし、局地的な変化も可能なんだ。要するに、使い方次第だね」


「ふーん」


 ポロム王子から見れば、明確な違いがあるらしい。僕に、その辺りは理解できていない。


「まあ、実際に使って見ればユータなら大丈夫だよ」


 ポロム王子は、モニター室のパネルを操作しつつ、自身の座る車椅子のパネルも操作して、複数の作業を進めて行く。これで話は終了らしい。

 こうして僕は、ポロム王子の推薦で、廃鉱山の捜索隊に加わることになった。



 ◇ ◇ ◇



 廃鉱山に向かう捜索隊は、コルニス姫によって編成が進められた。総数約100人。その中には交代部隊や補給部隊も含まれ、すべてが捜索に投入されるわけではないが、一日で集めたのだから充分な人数だろう。

 捜索隊は、編成されたその日のうちに城を出発し、廃鉱山へ向かった。

 捜索隊の本部は、アルサット宿場町の西側に陣を広げた。

 アルサット宿場町は、廃鉱山に一番近い町だ。

 この辺りで活動する冒険者たちは、ここを拠点とする。そのため、宿屋が多く営まれている。町の施設は機能が乏しいが、近くの城下町と交通が盛んなため、そこまで困ることもない。宿と馬車交通の発達した町である。

 廃鉱山は、アルサットから西側に進んだ山にある。小さな森を抜ければ、すぐに辿り着ける。アルサットからも確認することのできる距離だ。

 今日は、ここまでの行軍で暗くなっているため、夜が明けてから廃鉱山の捜索に入ることになった。

 僕は、そんな野営に入った隊の中で、一人居場所もなく立ち尽くしていた。

 周囲では兵士たちが、忙しく野営の準備を進めている。


(……やることがない)


 いまの僕の状態は、一言で言えばそういうことだ。

 研究所からの推薦でここにいる僕が、兵士たちと同じ仕事を割り振られるわけもない。

 研究所班としてテントも一つ割り当てられているが、研究所から来た人員は僕以外にはおらず、魔工品を運び込んでそれっきりだ。ちなみに寝るのもそのテントである。

 僕は、仕方なく、テントで弟王子から預けられた魔工品の情報を確認していた。

 魔工品の情報は、事前に[ステータスピクチャー]の中に保存してくれている。

 それを眺めていると、どうやら魔工品は、本体部分を背負って運ぶようだ。

 本体の左右には、穴のあいた筒状の突起があり、それが前方に向けられている。これが魔工品の効果を出力する部分のようである。その筒状の突起から、瘴気の濃度を変化させる物質だか成分だかを飛ばすらしい。

 他には、手に槍のような装置を持つことになる。棒の先、その左右に刃を取りつけているので槍と言って間違いはない。

 だが、その刃は補助的なもので、主目的は瘴気の濃度の変化である。槍の先には刃だけでなく、小さな魔工品も取り付けられており、それを振るった場所の瘴気の濃度を変化させることができる。

 魔工品には、遠距離と近距離で瘴気に対応する方法が準備されていた。


(これで、どうするんだか)


 魔工品の使用法は、これで魔物の動きを抑えて、優位に戦闘を進められるようにすることのようだ。

 考え方はわかるが、実際にどれほどの効果があるかは、情報がない。実地試験はこれからなのだ。情報がないのは当たり前だが、予測情報ぐらいはあってもいいのではないだろうか。正確な情報ではないから予測情報はない方が良いと判断して、渡してくれなかったのかもしれないが。

 なんにしても、僕にできることは少なそうだ。

 魔工品の確認を一通り終え、もう一度読み返そうとした頃、テントの外に誰かが立っていることに気付いた。


「失礼します!」


 断りの言葉と共に入口の垂れ幕をめくって、一人の兵士が現れた。

 兵士は、入口から一歩進み、その場で直立した。やや緊張した面持ちで、口を開く。


「伝令で参りました!」


「……お聞きします」


 別に大層な立場ではないのだから、そんなに緊張しなくてもいいのではないかと思いながらも、僕も目の前の兵士にならって、姿勢をただして向かい合った。


「姫様がお呼びです! 直ちに来るようにとおっしゃられております!」


「わかりました」


 呼び出しがかかったらしい。呼びに来た兵士に細かな場所を聞き、すぐに向かうことにする。

 僕は、身軽な格好で外に出た。作業をしている兵士たちの邪魔にならないように注意しながら、教えてもらったテントへ向かう。

 そんな広くもない場所なので、目的地にはすぐに辿り着いた。

 テントの入口には見張り役の兵士が立っている。その兵士たちに挨拶をして、中へ通してもらった。

 テントの中は、会議室のようになっていた。広いとは言えないテントの中に机や地図などが配置されている。椅子は邪魔になるのか、置かれていなかった。


「よくぞ参られた。好きな場所でくつろいでくれ」


 僕にそう声をかけたのは、厳つい顔をした兵士だった。確か、この捜索隊の指揮を任されている人物だ。捜索隊の隊長になる。

 好きな場所と言われたが、選択できるほどの場所はない。目の前に空いている机の前に進んだ。ちょうど隊長の正面になる。


「どうぞ」


 僕が場所を決めると、目の前にお茶が出された。


「どうも」


 礼を言って、一口頂いた。

 お茶を出してくれたのは、使用人の女性だ。こんな場所だが、メイド服を着ていた。僕にお茶を出した後は、姫の側に控えて身動きしない。

 そのメイドを連れているコルニス姫は、僕たちから少し離れた場所で目を閉じていた。綺麗に背筋を伸ばしている。何かに集中しているようにも見えるが、気を張っているようにも見える。

 このテントの中にいるのは、正面にいる隊長と、お茶を出してくれたメイドと、僕を呼び出した姫の三人。それに僕を混ぜて、四人になる。


「さて、ユータ殿もご存じかと思うが、明日から本格的に捜索を開始する」


「はい」


「素直に廃鉱山へ捜索に向かってもいいのだが、周囲の状況が確認の取れないのでは、危険が伴う」


「確かに」


「そのため、廃鉱山へ向かう部隊と、周囲の調査を行なう部隊に分けて、捜索を行なう。ユータ殿は、廃鉱山へ向かう部隊に加わっていただく」


「わかりました」


 その後は細かい事柄の話をして、今後の確認を続けた。

 僕と隊長が確認を続ける間、姫は何も言ってこなかった。

 何も言わないことが、逆に怖い。

 コルニス姫は、初めから変わらずに目を閉じて、行儀良くしていた。


「それでは、明日は頼むぞ」


「はい」


 話が終わった隊長は、姫へ向き直って臣下の礼をとった。


「私は、別の所を回ってまいります」


「よろしくお願いします」


「はっ!」


 隊長は、素早くテントから出て行った。

 残された僕は、どうすれば良いのだろう。


「それじゃあ、呼び出した用件を話しましょうか……」


 コルニス姫が、厳かに口を開いた。


「え?」


 隊長と話していたのが、呼び出された要件ではなかったようだ。先ほどまでの話は、ついでだったらしい。

 でも、そんなことは、どうでもいい。問題なのは、この先の話だ。


「まずは、協力をしてくれてありがとう」


「まあ、それは……」


 それは、僕の個人的な事情にも関わる。協力については、礼を言われるほどではない。むしろ、礼を言われるほどの成果を出せる気がしない。足を引っ張るのではないかと心配になるくらいだ。


「それは、それとして。どうして研究所からなの?」


「それは、情報収集で研究所に行った時の流れで」


「情報収集ならこっちでも直接してたんだから、こっちに来るでしょ?」


「いや、どこに行ったらいいかわからなくて」


「どこにって、そんなの聞けばいいじゃない!」


「いや、急いでいたから手っ取り早い所をと思って」


「それで何で研究所になるの!」


「いや、ポロム王子が立場的にいろいろ知ってるかなあと思って、研究所も何度も行ったことがあるし」


「立場だったら私だって同じだし、お城だってずっと住んでるじゃないの」


「まあ、そうなんだけど」


「むうぅー」


 コルニス姫が、僕を睨んでうなっている。

 僕は正直に説明をしているはずなのだが、姫に伝わっている気がしない。


(なんだ、これ?)


 僕は、ここまで自分の正しいと思う行動をして来た。ここまで、正解だと思っていた。変な魔工品を押しつけられたりしているが、その位は誤差の範囲内だ。問題ないだろう。

 それが、こんな状態になるとは予想はおろか、予感もしていなかった。

 そもそも、姫が前線にまで出てくるとは思っていなかった。その時点で、僕の考えは通用していない。


「それはそうと、姫は何でここにいるんでしょうね?」


「ん? 私が請け負ったんだから、私が足を運ぶのは当然でしょ?」


 確かに孤児院で捜索の話を請け負ったのは姫だ。姫の言い分は理解できる。理解できるが、そんな簡単にいく話なのだろうか。


「城の人たちが許さないんじゃないかと思って」


「うるさく言って来る人は多いけど、城の中で一番強いのは私だし、危ないことはしないって約束すれば、大抵は許してもらえるよ」


 その、うるさく言う人が、本当に許しているのかは疑問が残るが、姫の言葉が偽りと言うことではないだろう。実際に城の兵士と比べて、姫が強いのは事実だ。強さを理由に許されている面はあると思う。

 そう考えると、僕はかなり異質だ。


「僕だと足を引っ張りそうな強さだからなー。姫以上に危ないことはできないのかな」


「それは、そうかも」


 コルニス姫は、僕の呟きに律儀に返してくれた。

 城の中で一番の強者から賛同を得てしまいましたよ。これは、僕の存在が、一気に不安要素に急浮上ですよ。


「でも、大丈夫だよ。ちゃんと私の言うことを聞けば、ユータのことを守ってあげるから」


「う、うーん」


「だから、ちゃんと私の言うことを聞いてね。いいよね?」


「……わかった」


 一抹の不安を感じるが、僕は姫に頷いた。

 姫の言葉に間違っている部分はないのだし、元から僕が一人で動ける状態ではない。言うことを聞くのは、初めから必要なことだ。それを改めて確認しただけだから、素直に了解する。

 コルニス姫は、一つ頷いてから僕に改めて視線を向けた。


「よし。それじゃあ、話はこれくらいで。いまの話、忘れないでね」


 こちらが何か言う前に、コルニス姫はテントから出て行く。それに付き添ってメイドもいなくなった。

 テントの中に一人残された。周囲を見ても地図やちょっとした機材があるだけだ。


(どうするかなー)


 僕は、必要なことを終わらせて、元のテントへ戻った。



 ◇ ◇ ◇




 読んで頂き有難うございます。

 今回の解説コーナーは、瘴気についてです。


 『瘴気』

 瘴気は、空気中に含まれる無味無臭透明な気体である。また実験により、かなり重い気体であることが確認されており、地面に近い場所で瘴気が濃くなりやすい。

 瘴気の分布は、ある程度決まっており、その分布に沿って魔物が活動している。

 魔物に瘴気は必要不可欠である。魔物は、瘴気のない場所では死亡してしまう。人間にとって、酸素のような役割を持っている。そのため、魔物が侵攻する時には、瘴気も共に広がりを見せる。

 魔物には必要な瘴気だが、人族には毒となる。多少の吸い込みで体がしびれたり、めまいを起こす。吸い込み過ぎれば死に至る。

 ちなみに魔族は、瘴気の中でも外でも活動可能である。それでも瘴気の中の方が慣れているのか、外に出てくることは少ない。人族と魔族の最も異なる部分は、ここにある。

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