12 僕用?
◇ ◇ ◇
あれから数日が経過した。
本日も平和な授業を終え、僕は図書館の出入口へと向かう。
授業の内容は、この世界の文字から少しずつこの世界の事柄へと移っていっている。あくまで文字を覚えるのが趣旨ではあるのだが、その過程で一緒に教えてもらっていた。
おかげで少しずつ異世界のことがわかって来ている。十分に理解をしているとは思えないが、最初の時から考えれば、かなりましになっていると思う。
異世界の生活に少しずつ慣れて行く中、僕の頭を悩ませている問題がいくつかある。
僕は、図書館の出入り口で立ち止まった。
(……さて)
目の前にある扉を静かに引く。扉を少しだけ引いて、生まれた隙間から外の様子を窺った。
今日の空は晴れ渡り、庭園の様子も穏やかだ。外の様子は、いたって平和だった。
だが、油断はできない。
僕は、できる限り音をたてないように注意して、図書館の外に出た。左右を注意深く観察する。
右手側には城が見える。そして同時に、怪しい影も見えた。機械の塊のようなものだ。
柱の陰にほとんど隠れているが、どう見てもポロム王子の車椅子だろう。
このまま素直に城に向かっては、確実に見つかってしまう。城に向かうために僕は、図書館の陰に隠れて大回りをすることに決めた。
僕は、城から離れるようにあとずさる。ポロム王子の車椅子から視線を外さないように、反対側へと向かってゆっくりと後退する。
図書館の幅は、普通に歩く分には距離は感じないのだが、警戒しながらゆっくり歩くとなると長く感じる。こちらから姿が見えると言うことは、向こうも気づける距離だと言える。どれだけ警戒しても足りない。
ゆっくりと後退していき、もうすぐ図書館の端と言う所までなんとか来た。そこまで来れば、後は壁の後ろに隠れるだけだ。
僕は、小さく呼吸を整えて、車椅子の見えない所へ体を隠した。
そこで僕の視界に影が差す。
「あっ……」
気づいた時にはすでに遅し。僕の体に金属性の無数のアームが伸びてくる。
アームが、僕の体に巻き付き、縛りつけ、体を棒のように固められてしまった。
アームによって僕の体は、拘束された。肩から足元までを抑えられ、直立した姿から動かせなくなった。
何とか動かせる首を左右に振って、状態を確認する。
僕の体を拘束しているのは、無数のアームを持った魔工品だった。僕の体に抱きつくようにして取りついている。
「くっそ」
僕は何とか振りほどけないかと体をねじってみたが、びくともしない。
「ふっふっふ、かかったね」
車椅子に乗ったポロム王子が、僕の前にゆっくりと現れた。黒い笑顔を浮かべている。
「それじゃあ、早速行こうか」
そうポロム王子が言葉にすると、僕を拘束する魔工品が倒れた。地面の上に横倒しになる。
そして、無数のアームを足として歩き始めた。僕を拘束している魔工品は、多脚型の運搬機か何かだろうか。傍目に見たら節足生物だ。
僕はこのまま研究所へと運ばれることになる。
そんな僕たちのほうへ、急いで向かってくる人物がいた。
「あーっ!」
少し離れた所から大声を上げて残念がっている。
そんな声の届く距離まで近づけば、その人物の顔をはっきりと確認できた。いつものことなので、確認するまでもないのだが。
コルニス姫が、僕たちの元へ駆けて来た。
「ポロムの勝ち?」
「そういうことだね」
「むー」
「姉さんも、もう少し考えないと駄目だよ」
「今日は、どうしても抜けられなかったんだもの」
この二人が何をしているかと言うと、僕のことを取り合っていた。取り合うなんて表現は、もっと別の機会に使いたかった。こんなところで使っても何も感じない。
別の言い方をすると二人は、毎日のように僕に会いに来ていた。目的はそれぞれ別なのだが、僕が協力する必要があるのは共通している。姫は勇者で、弟王子は研究が目的だ。
おかげで僕は、疲労がたまっていた。
最初はまだ良かった。二人が競うような事態にはなっていなかったから。
それが今となっては、先を争う事態になっていた。
それは僕が疲労から、付き合うのは一日にどちらか一人にすると言ってしまったのが原因だ。今となっては軽はずみな発言だったと思っているが、他に方法があったかと言われると何も思いつかない。
「それじゃあ今日は僕が借りるから」
「しょうがない、明日は負けないからね」
二人は、さわやかに言葉を交わしている。
それを聞いている僕は、魔工品に拘束されたまま、少しずつ研究所へ運搬されていく。この状況をすでに諦めていた。一応、僕が逃げ切れたら自由になると言う話になっているのだが、逃げ切れたことは一度もない。
城中で何人も巻き込んだ追いかけっこになるのよりは、よっぽど良いですよね?
◇ ◇ ◇
研究所の一室で僕は、静かに寝かされていた。
部屋の中にあるのは、ベッドと幾つかの魔工品だけだ。魔工品は、すべて検査用だと説明された。
部屋に入ってから時間がたつが、説明された以外に特に何か起こることはない。魔工品が起動しているのはわずかな振動や音から感じ取れるが、ベッドにいる僕に何か起こるようなことはなかった。
いままでに実験に付き合わされて、こんなに静かだったことは初めてだ。
少し不気味に感じていると、部屋の中にポロム王子が入ってきた。
「これで終わりだよ」
「今回は、ずいぶんと落ち着いているんだな」
僕は体をベッドから起して、部屋に入ってきた弟王子に視線を向けた。終わったと言っても、まだ何かあるかもしれないから警戒しないわけにはいかない。
近づいて来た弟王子の姿に、特に変わった様子はない。逆に僕の様子に心配をしているようだった。
「最終チェックだけだから、もうやることなんてないよ」
「最終チェック?」
「そう」
ベッドの隣まで移動したポロム王子は、その手に何かを握っていた。握っているのは、手の平ほどの大きさの物体。それを僕の前に差し出した。
差し出されたのは、[ステータスピクチャー]だった。
「これは、ユータ用に調整した[ステータスピクチャー]だよ。今までの実験は、これの調整用にデータを取っていたんだ」
「僕用?」
「そう。だから、これあげる」
そう言ってポロム王子は、手にある魔工品を僕に向かって放り投げた。
いきなり投げられた魔工品を、僕は何とか受け止めた。
受け取った[ステータスピクチャー]は、見た目が色鮮やかに変わっていた。前に受け取った物は黒一色だったのだが、今回の物はカラフルに色づけされている。
見た目で変わっているのはそれだけで、何が調整されているのかまではわからない。
「何か変わったのか?」
「使っている魔石が増えたかな」
「色が増えたってこと?」
「そうそう。データを取った結果、ユータは魔石との親和性が高いみたいだから七色全部入れてみた」
「それは、またすごいな」
魔石は通常、色で分類される。
その色は、全部で七色。それぞれに名前や効果が別れていて、使えるスキルにも影響する。
身に着ける魔石は、普通は、得意な色と好きな色の二色を身に着ける。魔法使い系のクラスになると、いろいろできないと困るため、多くの色を身に着けるのが普通だ。
「そこは、七色も使えるユータがすごいんだけどね」
「そう言われても、僕はスキルを覚えてないしね」
僕は、いまだにスキルを一つも覚えていない。《ボックス収納》とか、《鑑定》とかあったら便利だと思わなくもないが、それだけで枠の半分以上を使うとなると躊躇してしまう。
「それでも火をおこしたりはできるから、七色も使えるのは便利だと思うよ」
魔石は、基本的にスキルや魔工品として利用するが、そのままでも効果を発揮する。とは言え、その効果はスキルや魔工品と比べれば微々たるもので、種火として使ったり、水から氷粒を作ったりするくらいしかできない。とても戦闘では役に立たない。
「これで僕の実験は終わりだから、もう付き合わせることはなくなるよ」
「それじゃあ、今までのは、これのためにわざわざ?」
「勝手に呼び出しておいて、それだけじゃ足りないかもしれないけど、僕にできるのはこれくらいだしね」
ポロム王子は、力を抜いて背中を車椅子に完全に預けた。魔工品の制作が終わって、気が抜けたような格好だ。
それを見ると申し訳なく思う。
「僕は、帰るのにこんなことしなくてもいいんじゃないかな?」
「帰還するって言っても、まだ時間がかかりそうなのは知ってるだろ?」
「それは、そうだけどね」
元の世界へ帰還することで話は進んでいるはずだが、バラス王子や大臣とは最初に会った時以来会っていない。何かと忙しいらしい。
ちなみにサイフィルム王国の王様は、現在、床に伏せている。
前回の召喚の儀式を行なった影響で倒れられて、それ以降、公の場所には姿を現していない。それが六年ほど前のことになる。
その後の国の政治面は、バラス王子が取り行っていると言う。大臣もその補助で動き回っていた。
そういう事情があるので、兄王子や大臣に会えないのは仕方がないと思っている。それと帰還の話は別だしね。
召喚の儀式、及び、帰還の儀式には、特殊な魔石が必要だ。これは図書館の授業で勉強したから知っている。
通常の魔石は、色で分類することが可能だが、この特殊な魔石は色で分類されていない魔石になる。実物を見たことがないから詳しくは知らないが、色が決まっておらず、変化したり、そもそも色がなかったりするそうだ。
その特殊な魔石は大変貴重で、取れる場所が決まっているため、取り寄せるしかないらしい。
僕が帰還できないでいるのは、その特殊な魔石が運ばれて来るのを待っている状態だからだ。
「ここにいる間は、不自由させないようにするつもりだから、受け取っといて」
「わかった」
僕は、新しい[ステータスピクチャー]を受け取った。もともと使っていたほうの[ステータスピクチャー]は、ポロム王子に返しておく。いくつもあっても役には立たないだろう。
「明日からは、相手をしてもらうのは姉さんだけになるから」
「はははっ……」
僕の口からは、乾いた笑い声が出た。相手をするのが、一人に減っても嬉しくない。
単純に考えれば、僕の負担が半分になるように思えるが、実際にはそうではない。いまは一日にどちらかに付き合うと決めてあるのだから、これが一人になっても負担は軽減されない。
むしろ、姫のほうが精神的にも肉体的にも疲労するぶん、大変かもしれない。
あの馬車でのこと以来、姫に会うのは気まずく感じていた。姫の様子は、一層気合を入れて接して来ていて、必死さは十二分に伝わってきている。
おかげで、この世界の情勢は理解できた。正確には、姫から見た世界情勢になるが。
この異世界は、魔族の進行で人族の住む領地が減っているそうだ。積極的に魔族が侵略をして来ていると言う。
魔族の尖兵として活動しているのは、魔物たちだ。国の国境近くに現れるのは、ほとんどが魔物だ。
魔族と魔物は違う生物なのだが、魔物は比較的魔族の命令に従っている。
その理由は、瘴気にある。
瘴気とは空気中に含まれている成分の一種だ。人族にとっては毒となる成分なのだが、魔族と魔物にとってはそうではない。特に魔物にとっては、必要不可欠な成分だ。
魔族の治める国、その中核部分には瘴気を増幅する装置があるらしい。その装置の恩恵を受けるため、魔物は魔族に従っているらしい。
詳しいことは伝聞しかないために定かではないが、ともかく、この異世界は魔族と魔物によって制圧されつつあると言うことだ。
「……なんか、悪い気がするんだけどな」
こうやって何かをしてもらうのも、姫に期待をさせているのも。僕にはそれらに対して、返せるものを何も持っていない。
ポロム王子は、部屋の中の検査用の魔工品を止めながら、僕の独り言に答えを返す。
「別に気にしなくていいよ。悪いことをしているのは、こっちなんだから」
僕は、その言葉を聞くだけで何も答えようがない。
「ユータは、今日も孤児院に行くの?」
「……ああ、子供たちに招待されてるから」
一度、孤児院に行った後、何を思ったのか、子供たちが僕と勝負をせがむようになってしまった。ほとんど遊び相手と変わらない扱いだが、暇をしている身では断る理由はない。おかげで、戦闘経験だけは積み重なって来ている。それでも、まだまだ弱いのだが。
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
「ああ」
僕は、弟王子と軽く挨拶だけして部屋を出た。
研究所から出る前に、新しくなった[ステータスピクチャー]の調子を確かめる。歩きながらステータスを表示させた。
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名前 芳川勇太
性別 男
年齢 15歳
種族 人族 人間種
職業 学生
状態 健康
カラー ブラック
クラス アタッカー
空き
パラメータ レベル 17
HP 121/121
MP 61/63
SP 72/72
心 ■■■
技 ■■■■■
体 ■■■■■
知 ■■
感 ■■■■
徳 ■■■■■■■
スキル 空き
空き
空き
称号 異世界の住人
疾走する変態
自爆芸人
無策の連敗者
王国の実験台
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称号については、何も聞かないでください。もう諦めました。
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読んで頂き有難うございます。
今回の解説コーナーは、特殊な魔石についてです。
『特殊魔石』
魔石ではあるが、色で分類されない魔石が三種類ある。その魔石は色がないために色では分類されない。
また、通常の色の魔石とは産出される場所が限られ、入手が大変困難である。
特殊魔石を使った儀式や魔工品もあり、必要とする国は他国との交易で入手するほかない。
天空魔石……透明で透き通った魔石。転送や移動に関する効果を発揮する。主に高山地帯で取れる。
海洋魔石……透明であるが内部に液体を含んだ魔石。再生や回復に関する効果を発揮する。主に海底で取れる。
砂岩魔石……石と見た目が変わらず、地域によって色の変わる魔石。結界や封印に関する効果を発揮する。主に砂漠で取れる。