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11 全敗かな

 ◇



 僕は、思考の定まらない頭で背後を振り返り、子供たちの歓声に包まれているアルを視界に入れた。

 アルは、不敵な笑顔で僕に向かって口を開く。


「へへん、俺の勝ちだ!」


 そのアルの表情を見ると、自然と気持ちも思考も落ち着いた。


「そうみたいだな」


 僕は、ただそれを素直に認めた。僕が認めようと認めなかろうと、この状況で僕の言葉にあまり意味はない。勝敗を覆すような必要もない。


「ずいぶんとあっさりしてるんだな?」


「そりゃ、僕は勇者じゃないって信じてもらえればいいだけだから」


 もともと勝負になる前の話は、それで言い合いをしていたはずだ。僕にとって勝負の勝敗は二の次だった。


「それで、僕は勇者じゃないってことでいいよな?」


「まあ、勇者としてはちょっと頼りない感じだな」


「今度は、僕と勝負しよう!」


 考えて答えているアルのそばで、歓声を上げていた子供のうちの一人が手を上げた。

 勇者であろうとなかろうと、子供には関係ない。ただの面白そうな遊び相手が出来ただけだった。周囲に集まる子供たちの反応は、手を上げた一人と大差ない。

 僕は、この状況に仕方がないと諦めて、手を上げた子供に返答する。


「じゃあ、やるか?」


「うん!」


 明るく返事をした子供が、アルから魔工品を受け取ろうと騒ぎ始めた。

 アルはそれを落ち着かせながら、身につけている魔工品を外している。

 僕は子供が準備を進めている間に、ウィルの所へ向かった。とっさに始まったこの勝負の謝罪のためだ。ウィルがどう思っているかは知らないが、巻き込んでしまったのを悪いと思っている。


「付き合わせてしまって、すみません」


「いえ、自分は構いません。もともとは自分の失言からの事ですし、ここに来ればこのくらいの騒ぎはいつもの事です」


 ウィルの顔には無理のない笑顔が浮かんでいる。遊び相手になっているのは、僕だけではないみたいだ。


「こらーっ!」


 僕たちが話をしていると、叫び声が聞こえた。声の聞こえたほうに首を向けると、孤児院の建物から女性が、慌ててこちらへ駆けてくる。孤児院の管理をしている人だろうか。

 怒りながら、子供たちの元へ向かっている。


「迷惑をかけるんじゃないの!」


「ええー、別に迷惑をかけてないよー」


 叱りつける女性に子供たちからは、不満の声が上がった。

 不満の声は上がるが、それで騒がしくなる雰囲気ではない。ただ、女性に信じてもらおうと意見を口にしただけで、子供たちはおとなしくなっていく。

 女性は、子供たちのおとなしくなっていく様子を見て、それ以上の追及をせず、今度は僕たちへ向きを変えた。そして、頭を深々と下げた。


「子供たちが無茶なお願いをして、申し訳ありません」


 慌てたように頭を下げる女性を、ウィルが制止した。


「謝らないでください。こちらも好きでしていることです」


「そう言っていただけると助かりますが、本日は確か……」


「ええ、私たちは別件でして、間もなくいらっしゃるかと思います」


「そうですか」


 ウィルと女性の間で話が続いていく。

 二人で話をしていて暇になった僕は、先ほど勝負をしたアルへ近づいた。

 アルは、魔工品を外して、身軽になっていた。その隣では次に勝負をすると言っていた子供が、魔工品を手伝ってもらいながら身につけている。


「なあ、今日って何かあるのか?」


 先ほどのウィルと女性の話の内容が気になったので、アルに尋ねてみた。孤児院に関係することならば、アルも知っているかもしれないと思ったのだ。


「今日は、姫様がいらっしゃる日なんだよ」


「へえ」


 だとすると、僕が孤児院に来たのは時期尚早だったか。ここで姫に見つかると何をされるかわからない。せっかく、姫に見つかる前に城を向け出して来たというのに。

 そんな話をしていると、孤児院の塀の外側に何かが往来する音がする。その音は、塀に沿って進み、孤児院の入口へと向かった。

 音につられて入口へ視線を向けると、馬車が孤児院に入って来る所だった。馬車の他にも四頭の馬と四人の兵士が見える。

 孤児院の入口近くで止まった馬車は、木製で自然の木の色そのままの色をしていた。箱型の馬車に馬が一頭、繋がれている。その造りは、しっかりしていて、車内は見えないように窓にカーテンがかけられていた。


「大変! 到着されましたね!」


 ウィルと立ち話をしていた女性が、僕たちに礼をして馬車へと急いで駆けていく。出迎えなどがあるのだろう。

 さて、僕は、どうするか。


「じゃあ、次の勝負をしようか」


「はーい!」


 子供たちに声をかけると、元気な声が返って来る。

 僕は、孤児院に到着した馬車に気付かなかったふりをして、勝負を続けることにした。向こうも気づいていないだろうから、気づかなかったことにすればきっと大丈夫だ。



 ◇ ◇ ◇



 馬車の中は、それなりに心地良い乗り心地だった。王族が使用しているのだから、高級品だったり、高機能だったりするのだろう。その辺りのことは、詳しくはわからないが。

 僕は、そんな馬車の中に座っていた。特に身動きせず、無言で座っている。

 馬車に乗っているのは、僕の意思では当然ない。この状況になったのは、そうされた理由がある。

 馬車が孤児院に到着した時の僕は、コルニス姫と直接顔を合わせないように馬車から背を向けて、できる限り隠れるように行動していた。だから、姫の目には止まっていないだろうと考えていた。

 子供たちとの勝負を何回かこなして帰る時には、何くわぬ顔で出ていこうと決めていた。

 だが、僕が孤児院を出ていこうとした時、馬車と共に来ていた兵士に呼び止められてしまった。

 僕は、いろいろと理由を連ねて何とか出ていこうとしたのだが、兵士は退かなかった。


「姫様の命令です」


 そう言って兵士は、僕の前に立ちふさがった。

 僕は、言葉でダメでも諦めずに隙を見て逃げようとしたのだが、それも兵士に止められた。


「姫様の命令です」


 そう言って兵士は、僕の前に立ちふさがった。

 引くに引けなくなった僕は、強引に兵士を抜こうとしたが、それも兵士に止められた。


「姫様の命令です」


 そう言って兵士は、僕の体を紐でぐるぐる巻きに縛り上げてしまった。

 そして、馬車に連れ込まれ、現在に至る。

 ちなみにウィルは、ここにはいない。すでに城へ向かって帰路を歩いているはずだ。


(……何でこんなことに)


 僕としては、ただ嘆くしかなかった。

 この状況は、馬車の扉が開くまで続いた。誰ひとりとして助けてくれなかった。

 馬車の扉が開いた時、僕は無気力な状態で開いた先に瞳を向けた。

 開いた扉の先から二人の女性が乗り込んできた。

 一人は、使用人でいわゆるメイド服に身を包んでいる。

 そして、もう一人は、薄い緑のやや落ち着いた色合いのドレスに身を包んでいた。髪は特に縛ってはいなく、背中まで素直に伸びている。その胸元には、小さな装飾品が輝いていた。


(……誰だ?)


 僕が、その女性を見た時、誰なのかすぐにはわからなかった。薄く化粧もしていたので、大人びて見えていたせいもあるかもしれない。


「どうしたの?」


「……ああ、コルニスか」


 その女性から声を掛けられて僕は、初めてそれがコルニス姫だと気付いた。

 剣や手甲などを身に着けていなかったり、髪を結んでいなかったりするから、城にいる時とは印象がかなり違う。着飾っているから気付かなかった。対外的には、こちらのほうが正装だと思うが。

 僕の言葉に、対角線上に座るメイドが厳しい視線を向けた。


(……しまったな)


 投げやりな思考になっていために、敬称を付けずに呼び捨てにしてしまった。特に何も言ってはこないが、あまり心象は良くないだろう。

 正面に座るコルニス姫は、僕の失言を気に留めず、他のことに注視していた。


「何で縛られてるの?」


「さあ、何ででしょうねえ?」


 そんなことは、自分の胸に手を当てて考えて欲しい。

 二人が馬車に乗り込んだことで、姫様ご一行は孤児院を出発する。

 走り出した馬車の進行は、かなり快適だった。バネ状なのか板状なのかは知らないが、馬車のサスペンションもしっかりと機能していて、舗装されていない土の道でも問題ない。舗装されていないと言っても、土はしっかりと踏み固められているから悪路と言うほどではないが、ここは馬車の性能を誉めるべきだろう。

 僕は、縛られたままだが、それ以外は比較的快適な道のりだ。


「子供たちと勝負したんだって?」


 正面に座る姫は、面白い話を聞いたという様子で微笑んでいる。


「まあ、成り行きでね」


「それで、どうだったの?」


「良かったんじゃないかな。楽しそうだったし」


 相手をした子供たちからは不満らしい表情は見られなかったし、相手をした僕としても不満はない。遊びとしては少しどうかと思うが、この世界ではありだろう。

 そんな僕の返事は、姫には納得できなかったらしい。不満そうな視線を向けた。


「そうじゃなくて、勝ったの? 負けたの?」


「う〜ん……」


 勝敗を聞かれて、少し思い起こしてみる。

 僕が子供たちを対戦した回数は全部で四回だった。まだ勝負をしたい子供はいたのだが、子供たちの自由時間は終わったために四回までとなった。

 僕は、そのすべての対戦を思い起こした。


「うん、全敗かな」


 僕の簡潔な報告に姫の肩が、ガクリと下がった。

 僕の報告した結果は、予想外だったらしい。


「……さすがに全敗はないと思うよ」


「いや、みんな容赦がなくて。スキルとか遠慮なく使ってくるから」


「うーん、まあ、訓練してる子はそうなるかな……」


 コルニス姫の表情が、仕方がないと思い至ったように変化した。


「冒険者になる子は、腕試しのつもりだろうし」


「冒険者って、簡単になれるものなのか?」


 冒険者という言葉の響きからは、荒事に向いた人物や才能が必要な印象がある。子供が夢見るくらいなら良いが、実際になるのは大変ではないのだろうか。


「冒険者ギルドに登録するための基準は、レベルが20以上あることだけだから、難しくはないよ。すごく頑張れば、子供でもなれると思う。確か、アル君とかキール君が、もうすぐじゃなかったかな?」


 姫の言葉の中に出て来たアルは、最初に対戦した子供だ。

 キールのほうは、アルと一緒に魔工品を取りに行った子供だったはずだ。

 その二人ともう一人、女の子を混ぜた三人が仲良さそうにしていた。訓練も一緒にしていたりするのかもしれない。


「それで、子供でもちゃんと仕事になるのか?」


「採取系統の依頼は、危険が少ないのも多いし、ギルドでも年に数回の合同訓練を開いて戦力の底上げもしてるから、ちゃんと考えて仕事を受ければ大丈夫だよ」


「ふーん。それなら、少しは納得できるかな」


「孤児院の子たちが、独り立ちするには、冒険者が一番手っ取り早い職業だからね」


「国で雇ったりはしないのか?」


「その場合は、冒険者よりも基準が難しくなって、いろいろ必要になるんだよ。そのためのお金を貯めるのにも結局、何か職に就かないといけなくなるから、最初は冒険者で落ち着いちゃうみたい」


「そういうものか」


 この世界の孤児院は、子供たち自身が独り立ちする時を決める。そのために、早いうちから訓練などに励んでいる。

 これだけならば、自由に進路を選んでいると聞こえるかもしれないが、その進路を進むためには自分で切り開かなければならない。誰かに頼るのは間違っている。そう考えれば、少し厳しいように思う。

 僕は、軽い気持ちで勝負に応じたけれど、もしかしたら子供たちは、もっと強い気持ちを抱いていたのかもしれない。


「冒険者になって、ある程度のお金を貯めて、なりたい職業の師匠を見つけて弟子入りするって子が多いかな。中には冒険者で強くなって、故郷を見に行く子もいるけどね」


「故郷を見に行く?」


「孤児院にいるのは、故郷を離れている子がほとんどだからね。魔物に襲われて、この町に来てからそれっきりって子も多い。もう一度、故郷を見たいと思うのは、仕方がないよ」


(故郷に戻る、とは言わないんだな)


 魔物に襲われたとなると、おそらく住めない場所になっているのだろう。町や家々が原形を残していれば良いが、何も残っていない可能性もある。

 そんな場所に戻るのは、大変な困難だ。時間をかければ出来るのかもしれないが、この国は防戦一方だと聞いた。人手を割くことは難しいはずだ。元に戻せるはずがない。

 コルニス姫が、真っ直ぐに僕を見ている。

 僕は、正面から視線を避けた。外へと視線を変える。


「……いろいろあるわけだ」


 馬車に取り付けられた窓は、カーテンが引かれて外の景色を見ることはできない。それでも僕は、その布の先へ意識を向けた。

 僕が視線を避けたのは、ただ単に姫のことを見られなかったからだ。

 コルニス姫は、真剣な表情で口を開いた。


「私は、旅に出たい。これは、ユータにも話したよね」


 姫は、隣でメイドが聞いているのもかまわずにしっかりとした口調で宣言した。

 それを聞いたメイドは、ただ静かに座っている。すでに城の中でも広まっている話なのだろう。初めて聞く話ではないから、慌てもしない。

 僕は横目で姫の様子を確認して、一つ頷いて返した。


「旅に出て、私は、いま起こっている争いを止めたい。そうすれば、争いで家族を亡くすことも、家を失うこともなくなる。故郷を離れる必要もない。すぐにそれが出来るとは思わないけれど、動かなければ何も変わらない。だから、私は絶対に旅に出る」


「……そんな方法があるのか?」


 傍から聞いている分には、広範囲で争いが広がっているように聞こえる。

 そんな争いを止める方法があるとは思えない。少なくとも個人の力では無理だと思う。そういうことは、政治的な判断とかで無理やり止めるような印象しかない。


「あるよ」


 そんな僕の考えは、一言で否定されてしまった。

 口にしたコルニス姫は、自信をみなぎらせていた。


「魔王を倒せばいい。そうすれば、魔物は活動できなくなる」


 僕は、それをただ黙って聞いた。


(魔族の王で、魔王か)


 僕がこの世界に召喚された時にも聞いた話だ。魔族の王を倒して欲しいと。

 それが、どんな結果になるのかは知らない。馬鹿げた話だと思わなくもない。

 だが、それを真剣な顔で語る者を頭ごなしに否定する気もない。

 だから、僕が口にするのは、全く違うことだ。


「僕は、戦う気はない。魔王を倒すとか、魔物がどうとか言われても、どうしようもない。僕は、帰らせてもらう」


 僕の力のこもっていない告白を、姫たちがどう聞いたのかはわからない。僕は、外の景色を遮るカーテンへ視線を固めていて、正面には向けていなかったから。

 ただ、僕自身もかなりひどいことを言っている自覚がある。人の決意を聞いている態度ではないだろう。姫から見たら急変したようにも見えるかもしれない。

 だけど、真剣な様子を見せている姫の前で、また、はぐらかす気にはなれなかった。僕が吐露したのは、そんな理由だと思う。


「それでも私は、諦めない」


 コルニス姫の決意に満ちた言葉が馬車の中に満ちた。

 馬車は、間もなく城へ到着する。



 ◇ ◇ ◇



 読んで頂き有難うございます。

 今回の解説コーナーは、冒険者についてです。


 『冒険者になる者』

 この世界で冒険者になる者は多い。それは、冒険者としてギルドに登録していながら、他の職業についている者がいるためだ。一生を冒険者で勤める者は、ごくまれである。

 冒険者になるための必須要件は、レベルのみであり、ほぼ誰でもなれるというのも大きい。若いうちは冒険者として外へ出て、様々な経験を経てから終の職業を選ぶ者も少なくない。それは長い先を見据えることが必要になるが、危険を計算すれば、決して悪い選択ではない。

 もちろん終始冒険者として活躍する者もいる。そのような者は、その地域のエキスパートだったり、特定の魔物を倒すことを得意としている者が多い。また、名声を得るような大業を成した者もいる。冒険者と一般的に言えば、そう言った者たちを思い浮かべる。

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