1 終了宣告ですか!
世界は、結構、変化を起こすものらしい。
何を言っているのか、わからないかもしれないが、理解できなくても大丈夫だ。
言っている僕も、全くわかっていない。
ともかく、今の状況を整理してみよう。
ここは、部屋の中だ。部屋の形は円形で、材質は石だろう。天井は土がむき出しだ。全体的に灰色に統一されている。一人でいる分には、広いとも言えるし、広くないとも言える。その場所は、僕以外に誰もいない。
光源は、周囲の壁で燃えている炎だ。照明用の明かりとして、壁面に取り付けられている。ランプのように見える。四つの赤い光が、部屋の中を包んでいる。
僕の周囲には、白い煙が漂っていた。座り込んでいる僕の体をほとんど隠すほどに濃い煙が立ち込めている。その煙の中に石ころが転がっているようだが、煙に隠れていて、その様子はよく見えない。
不思議な雰囲気だった。
今までにこんな場所を経験したことがないから、よくわかっていないが、穴のような自然の地形に、人が手を加えて整えたのだろうか。少なくとも現代的な建物ではないと感じた。
少し肌寒い。
「へっくぅしょん!」
くしゃみが出た。
訂正させてください。かなり寒いです。
なぜ、そう感じるのか。理由は、明白だ。
僕は、服を着ていなかった。裸だった。真っ裸だった。生まれたままの姿で、床の上に座っていた。
なぜ、こうなったのか。
記憶を思い返してみよう。
………………
…………
……
僕の名前は、芳川勇太。この名前は、おっちゃんが付けてくれた。勇ましく、図太く生きるようにと言う意味だったはずだ。これまで生きてきた約十五年間で、そんな人間になれた気は、全くしない。
ちなみにおっちゃんというのは、うちの施設の施設長の愛称だ。
僕は、中学の卒業式が終わって、皆のいる家に帰ったはずだ。義務教育も無事に修了し、多少なりともめでたい日であったのだが、帰って来た僕に、おっちゃんはそんなことを関係ないかのように、仕事を押しつけた。
押しつけられた仕事は、畑仕事だった。施設内に作られている小さな畑だ。家庭菜園と言うには少し大掛かりだが、そんなに広くはない。作物も、家にいる皆で食べるぐらいしか育てていない。
本格的に温かくなる前に、いろいろやっておきたいのだろう。僕は、畝を作る手伝いを皆としていた。僕は、皆よりも多少、時間がかかって予定の仕事を終わらせた。
太陽の照りつける下で力仕事をすれば、体からは自然と汗が出る。汗まみれになったために、皆で一度風呂に入ると言う話になった。仕事を遅れて終わらせた僕は、ほとんど皆が出る頃になってから風呂に入った。
それから湯船につかって、一人でくつろいでいたはずだ。
………………
…………
……
おかしい。
どう考えても、状況が繋がらない。常識的に言って、こんな事態はおかしい。
なぜ、風呂に入ってくつろいでいて、気づくと円形の石造りの部屋にいるのか。
そもそも、こんな部屋を僕は知らない。僕は、自分の知らない部屋にいるのだ。夢であっても、記憶にない場所には行けないだろう。
僕の体は、水に濡れている。先ほどまでの記憶が正しければ、濡れているのは、風呂に入っていたからだとわかる。僕の記憶が、どこかで途切れている訳ではない。時間が、繋がっていることは間違いない。
他に、体に変化らしい変化は出ていない。
何か部活に入っていた訳ではないから、あまり自慢できるような体つきでもないが、太めという訳でもない。
その辺りは、あまり想像はしないでください。恥ずかしいし、何より男の裸なんて見ても面白くも嬉しくもないでしょ? 嬉しくなんてないよね?
ともかく、今の状況は、絶対におかしい。
僕が困惑していると、この部屋に繋がる唯一の扉が開いた。鉄製で出来ているらしく、重苦しい金属音を引きながら、その扉がゆっくりと開いてゆく。
扉が大きく開き、そこに現れたのは、黒い服を着た男性だった。頭は白く、服の色と相まって、白さが目立っている。年を取っている印象は持つが、背筋を伸ばし、老いているようには感じない。
白髪の男性に続いて、もう一人、男性が入って来た。青い髪で、整えられた身なりをしている。青年と言ったところだろうか。僕よりは、年上に感じる。装飾過多ではないかと思うような服装を身につけているが、とてもよく似合っていた。
青い髪に疑問を持ちながらも僕は、まず警戒した。
今の状況を、客観的に見てみよう。
一つの部屋の中に、男が三人。
一人は白髪で、しっかりとした初老の男性。
一人は青髪で、豪華な服に身を包む青年。
そして僕は、裸である。
(いやぁー!)
僕は、心の中で悲鳴を上げた。
(これって、僕の立場、かなり危ないじゃないですか! 知らない部屋で真っ裸ですよ! いったいどこの変態ですか! 完全にアウトですよ!)
さらに先ほどの二人は、ノックもせずに部屋に入って来た。普通に考えて、この部屋、もしくは建物の所有者だ。僕にはわからないが、何か外に変化が伝わって、この部屋の様子を見に来た可能性がある。
(アウトもアウト、パーフェクトアウトですよ!)
一体この状況から、どうやって挽回すればいいのか。冷静に考えることができない。そもそも、冷静になどなれない。動転しまくっている。
動転している僕に、白髪の男性が一礼した。頭を下げたままで続ける。
「突然のことで申し訳ありません」
(え、すでに終了宣告ですか!)
「いろいろと聞きたいことはあるかと存じますが、まずは、私どもに従っていただけないでしょうか?」
(えっ、こちらの言い分も聞いてもらえませんか!)
「ここでは話をするにもふさわしくなく、それ用に部屋をご準備しております。そちらに足をお運びください」
(ええー、尋問ですか! 拷問ですか! ナニ問ですか!)
僕は、完全に冷静さを失っていた。
冷静に聞けば、何ということはないのだが、残念ながら、そんな場合ではなかった。
僕は、すぐに視界を動かし、頭の中で自分の位置を確認した。
この部屋に出入口は一つしかない。前に二人の人物がおり、正面とやや左手側に立っている。そのうちの一人は、頭を下げて視界が下を向いていて、もう一人は、やや僕から視線をそらしている。その方向は、頭を下げているもう一人の側のようだ。
そこまでを一瞬で考察し、行動を確定した。
逃げよう。
僕は、低い姿勢で腰を浮かせて、両足に力を込める。その低い姿勢のまま、腕を振り、体を前に倒して、足を動かした。人のいない右手側を、全力で走る。
目的地であった出入り口には、すぐに辿り着いた。
「お待ちください!」
全力で走る僕の背後から、制止の声が聞こえる。
逃げる僕は、そんな声に構ってはいられない。
部屋を出るとすぐ目の前は、上り階段だった。壁に囲まれて他に道はなく、一気に階段を駆け上がる。
螺旋を描く上り階段は、どこまで続いているのかわからない。先に見えるのは壁はかりで、視界は閉じている。それでもそこを走るしか道はなかった。
螺旋階段を駆け上っていると、ふと上から何かが来る気配があった。石階段を下りる、誰かの足音が響いてくる。
僕は、迷った。
この階段の幅は狭く、人一人が歩くのがやっとだ。前から来る人と簡単にはすれ違えない。どうやってやり過ごせばいいのか。
迷っている僕とは違って、上から来る人物は、そんな考えは持っていない。一気に駆け下りてくる。階段に響く足音が、近づいて来る。
僕とその人物がぶつかるのに、時間はかからなかった。
駆け下りて来た少女は、僕の目の前で立ち止まった。
その少女の前で、僕も同じく立ち止まる。
とても綺麗な少女だと思った。僕の思考が、目の前にいる少女によって、思わず停止してしまうほどに。
流れる金色の髪が、一つに結えられ、腰のあたりまで伸びている。金髪を振り乱し、ここまで急いで来たのがうかがえた。その顔には、驚きの表情が張り付いている。そんな表情でも綺麗だと思ってしまうのだから、他の表情の時に会っていたら、僕はどう思っていたのだろうか。
その少女の表情が、変化する。
一気に顔が朱に染まったと思ったら、目尻を上げて目つきを鋭くする。口を引き結び、頑なな表情に変わった。
その表情から腰を回し、腕を伸ばし、握りしめた拳を突き出す。
少女の前面へ、僕の立っている場所へ。
僕は、呆けて突っ立っていたうえに、かなり切れの良いその拳を避けることはかなわなかった。少女の拳を無抵抗に顔面に受けて、情けなく吹き飛びながら階段を転がった。
吹き飛ばされた僕は、突然襲って来た痛みと自分の顔がゆがむ音の中で意識を保っていることができない。
そんな中、最後に僕は、少女の口の動きを見ていた。
しっかりと聞きとれた訳ではないけれど、きっとこう言っていたのだと思う。
「変態!」
まあ、突然目の前に裸の男が現れれば、そんな反応にもなりますよね。
僕は、階段の途中で、情けない姿で意識を失った。
これが、僕が、異世界に最初に降り立った時の出来事である。正直なところ、忘れたい。
◇ ◇ ◇
読んで頂き有難うございます。
今後、後書き部分を利用して、異世界の解説などを行なっていきたいと思います。詳しく説明が欲しい所などありましたらば、感想などでお知らせください。出来る限り対応して、記述していきたいと思います。