絶対に笑ってはいけない人生スタート
齢五歳となり、唐突に前世の記憶を思い出した少年は、床に手をついて絶望していた。
「女かよっ」
少年、もとい少女はこみ上げるものをこらえ、キッと前を見据える。
「まぁ、そこはいいよ。全然納得できないけどこの際おいておくよ」
その先には幾人かの人間の死体。なぜか頭が抉られたかのようにない。しかし、少女にはこの惨状を生み出した心当たりがあった。
「このニコポ強すぎだよぉぉぉっ!」
少女が吠える。遠くで狼の遠吠えが返ってきた。
少女はただ愛想よく笑ったつもりだった。ただ少しばかり剣呑な雰囲気に、上手に笑えるか心配だった。その程度の認識だった。
ただ笑っただけ。
少女はただ笑っただけで、男どもに惨たらしい死を与えたのだ。
「はぁ。疲れた、寝よ」
現実から目を背け、目を瞑る。
幸い、後ろから少女を抱く母親は、余りの衝撃に意識をとばしているようだし、自分もつい先ほどまで同じ状態であった。
絶対に笑ってはいけない人生、とか。どんだけハードモードだよ。
少女の嘆きを聞いたものはいない。
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つい先日12歳となった少年、スカイには密かな楽しみがあった。それは、今隣に座って頬杖をつく少女アリアのことだ。
アリアは、スカイがまだ六歳になったばかりのころに村にやって来た少女だ。
ここら辺ではあまり見かけない黒い髪に黒い瞳。母親ににて整った顔立ち。少しつり目で、冷たい印象を持つが意外に優しくて、村の外れの少し古い家に母親と二人で暮らしている。
父親の話を聞いたことはないが、同じ片親同士としてシンパシーを感じたスカイが、アリアと仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
スカイの父親は冒険家だった。スカイが生まれてすぐ、秘境に旅立ったきり帰ってこなくなった。
父親との思い出なんてまるでないが、少年たちにとって冒険家とは夢のある仕事であったため、スカイにとって父親は自分の誇りだ。
村の少年少女はみんなスカイを羨ましがり、また、同年代の子供よりも大人びていて力も強かったので人気者でもあった。
村の子供のリーダー。それがスカイで、スカイ自信も、村にいる子供は皆自分を尊敬して当たり前。そう思っていた。
ただ、アリアはちがった。
村の誰よりも早く木のてっぺんまで登ってみせても、アリアは無表情で立っているだけ。口からは周りに合わせてか、称賛の声を出すが、本当はそうは思ってないのは明らかだった。
どんな遊びをしても、どんなにふざけて、それで皆が大笑いしても、アリアは笑わなかった。つまんなく思っているわけでもなさそうだった。鬼遊びでは、夢中になって逃げるし、かくれんぼだっていつも真剣だ。
一度だけアリアになぜ笑わないのか聞いたことがあった。
その時のアリアは辛そうな表情をしていて、幼いながらそれ以上は聞いてはいけない気がして、スカイは聞くのを止めたのだった。
そんなアリアが笑ったのは何時だったか。
二人でこっそり山に入って、村に悪さする魔物を探す。そんな感じのことを言って、いもしない魔物を探して山中を駆け回った。アリアを引っ張って。
確かその時、草むらがガサガサ音を立てて、出てきた兎に腰を抜かしてしまったスカイをみて、アリアが思わずといったふうに、微かに笑ったのだ。
その時急に、顔が熱くなったのを覚えている。それからどうしようもなく恥ずかしくなった。アリアの前でカッコ悪いとこ見せちゃったな。そう思った。
思ってから、あれ?ってなった。
もしかしたら俺、アリアのこと好きなのかな。
アリアが何処から来たのかは知らないが、村の娘とはどこか違う雰囲気があったし、村の誰よりも可愛いのは認める。実際、村の少年は口ではあれこれ言いつつもみんなアリアに多かれ少なかれそういう想いを持っているのも知っている。
けど、自分は今までそんなの全然なかったのに。
アリアが笑うのを見たら。
その後は、アリアが何故か妙に慌ててて、なにかいろいろ聞かれたがあやふやな答えしか返せなかった。ただ、アリアが落ち込んでいたのは覚えている。
それからアリアは、スカイの前でだけは小さく笑うようになった。まるで何かを怖がっているみたいに恐る恐るではあるが、笑うようになった。
自分の前でだけだけ見せてくれるアリアの笑顔。自分はそれを見るたびに体が熱くなって、アリアの頼みなら何でも聞いてしまう、そんな風に思ってしまうのだが。
それでもこれが今のところ、スカイの一番の楽しみであった。
スカイとアリアは今、村では一生お目にかかれないような上等な馬車に揺られていた。
馬車はアリアの迎えで、スカイは護衛という名目で同乗している。
前々からアリアが、ただの少女ではないと思っていたが、もしかしたらお姫様とかなのか。
そう考えると、急にアリアとの距離が遠退いた気がして、不安になった。
昨日、12回目の誕生日を迎えたアリアは始めて村をでて、町にいる祖父に会いにいくのだ。
アリアの祖父は、剣術の「りゅうは」の「しはん」だとかで、よくアリアに会いに村へと来る。そして何故か村に来る度、スカイに稽古をつけて帰っていくのだ。
スカイは、筋が良いと誉められて良い気はしたが、始めは釈然としない思いだった。
ただ、冒険家になりたいスカイにとって戦えるようになるのは必要なことだったし、普段の様子とはかけ離れて、なんだか興奮ぎみに嬉しそうな顔で木刀を握るアリアに、女には負けられないと意気込んだりもした。
しかし、アリアは意外に強かった。
今まで、負ける何てことは一度も無かっただけに悔しく、それ以来スカイは、剣にどっぷり嵌まっていった。それを見て、アリアの祖父は嬉しそうに笑うのだ。