女神のキラースマイル
極力残酷な描写は控えてほのぼの路線で行こうと思っていますが、二話以降の話の展開が未定なためどうなるか分かりませんので悪しからず。
そこはこの世のどこかにある、しかしてこの世のどこにもない場所。居場所を無くした者達が集うすべての魂の終着点。通称『極楽浄土』。死後の世界を彩るに相応しい静寂が包み、池には睡蓮が浮かび、至るところには金で造られたきらびやかな建造物が。時折聴こえてくる微かな歌声とともに疲れた魂を癒していく。まさに極上の空間。
しかし今だけはその静寂も消え去り、この世への未練を無くしたださ迷うだけの魂までもが興味深そうに一点を注視している。
そのさきでは、未だに人の形を保ったままの少年が、なにやら興奮ぎみに喚いていた。
「えー、ちょっと待って?つまり、俺のまんまで生き返るのは無理ってこと?」
「いいえ。貴方の大切な思い出も共にありますから、貴方は貴方のままでいられますよ」
少年の問に静かな笑みを浮かべ応えるのは、白と金を基調とした少し心許ない衣服を身に纏う美しい女性。
「でも、身体は別物になっちゃうんだよね?まったく?」
「えぇ。でも人の本質を決めるのは外見だけではないのですよ」
「えぇ、分かってます、分かってますとも」
少年は何やら難しい顔で考え込むが、暫くすると顔を上げ、パカッと口を開くとそこから短く息を吐く。その様子を女性は終始柔らかな笑顔で見守っていた。
「まぁ、いいか……な」
少年はさほど悩みもせず自分の感情に落とし処をつけると気のない声を上げた。
「で、もちろんチートはもらえるんですよね?」
「え?ち、ちーと、とはなんでしょうか?」
「えぇっ?ないんですか?」
少年は自分の耳を疑った。ないはずがないと、すっかり思い込んでいたのだ。
「新しい言葉にはちょっと弱くて……。えれきてるとかならわかるんだけどな。だから、あるかないかは分からないです」
「えと、あの、ようは新しく人生始めるにあたって、魔法の才能を貰ったりだとか、不老不死とかニコポナデポは無いか、あとハーレムつくったりだとか……」
「魔法と不老不死とに、忍法?はーれむ?ですか……?」
欲張りですね、とでもいいたげな視線に狼狽える少年。
「いや、全部とかじゃなくて、痛い思いしなくて良いぐらいに強い力が欲しいとか、異世界で無双したりとか」
「むやみやたらに殺生するのは感心しませんね」
「でも、異世界って言ったら、この世界よりも直接的な身の危険が迫ってくるわけですよね」
「まあ、たしかにその可能性はおおいにあります」
「だったら何かしら身を守る武器が欲しいなぁーなんて」
女性はしばし考え込む。深く冷静に物事を見きわめているのか、苦悩する様子は見られない。
「……それもそうですね」
内心でガッツポーズする少年。
「では、なにが欲しいのか言ってみなさい。私にできる範囲なら、なるべく貴方の望みを叶えましょう」
「あっざまぁす!」
少年は直ぐ様考える。
取り敢えず女の子にはモテたい。お金もたくさんほしい。出来れば強くもなりたい。名誉が欲しい。ギルドのSランクとか、めっちゃ興奮するやん。いや、ちょっと待てよ。なんかすごい魔道具を造る謎の鍛冶職人なんかもいいかも。んで、勇者がその剣で魔王を倒したりして、「あの剣はわしがつくったドヤァ」みたいなのもなかなか。内政チートは、……やめとこ。
「えっとじゃあ、取りあえずは剣の才能とぉ」
そこまでいいかけた少年の口がとまる。
「……?どうしました?」
その時少年の脳裏にはある一つの仮説がたっていた。それは、安心安全な日本での生活ではまず考えないような思考。少年自身、夢想家として過ごした少年期にも一度ほどしか考えなかったこと。すなわち、
(俺、超絶ビビりなのに闘えんのか?)
剣もって接近戦とか、それ以前に殺すKAKUGOがうんねんかんぬん。
「あとニコポでお願いしまぁっす!」
少年は逃げた。
逃げたあげくとんでもないことを口走った。しかし、少年は止まらない。目の前のこの、いかにも清楚で潔白な女性に、「もうっ。男の子ったら」なんて思われたとしても、一度口から出たとこ勝負言葉は二度と戻らないのだ。覆水盆に帰らず。だったら、やりきるしかないさ。後悔はそのあとだ。
転んでもただでは起き上がらないのがこの俺。と脳内でナレーションすると、再び声を張り上げる。
「それも、男にも女にも相当効くやつください!」
言い切った。
少年は晴々しい笑顔で女性を見つめる。まさしく少年にとっても、ニコポなどという少々下心の丸々浮き出たいわく品を、女性に、しかも飛びきりの美人に頼むのはかなり勇気がいる行為であった。しかし、少年は乗りきった。精神的に一回りも二回りも成長した。
今の俺、二割ましでイケメン。
「にこぽ……ってなんでしょう」
少年。再び死地に入る。
「え、えーとニコポというのは」
「というのは?」
「その名のとおり、ニコッと笑ったらあまりの魅力に顔がポッとなるのでして」
「はぁ」
「キラースマイルとでも言いましょうか。まぁ、その、私の場合は念には念を、フッと笑ったらポッと、ニコッと笑ったらボンッ!と爆弾みたいに。そらもう派手に大盤振る舞いに、出血大サービスぅ!?……みたいな?」
女性は少年の話を聞くうちに可哀想なくらいに青ざめガクガク震え、口をパクパクさせていたが、やがて少年が話し逐えると、
「キ、キラースマイル!?ニコッと笑ったらボンッ!?爆弾!?しゅ、出血ぅぅ!?しかも大サービスぅぅ!?」
そう叫んでフラりと床に据わり込んでしまう。
少年は固唾を飲んで事態を見守ったが、やがて、女性はジリキデ立ち上がると、総てを受け入れるかのようなあのいつもの優しげな笑顔で少年をみつめる。先程の狼狽ぶりが悪魔の見せた白昼夢であるかのようだ。
(強い女性だ)
少年はなんとなくそう思った。
「わかりました。貴方の願いを聞き入れます。ですがひとつ約束してください」
「なんですか?」
「決して無暗な殺生はしないと」
少年は女性の言葉に少し引っ掛かりを覚えながらも素直に頷く。最寄、そのための秘策がニコポだ。……後付けだけど。
「わかりました」
女性は頷くと、少年に加護を施した。
「ありがとう女神様」
*****
とある山道を一つの馬車が行く。中には一組の夫妻と母の膝に頭を預けてスヤスヤと眠る愛らしい少女。幼いながらも目鼻立ちのくっきりとした美しい造形は、見るものすべてを引き込むような妖しさを秘めている。その頬を母の優しげな手が撫で上げ、少女は楽しい夢でも見ているのか小さく微笑んだ。
と、その時。突如馬車が大きく揺れる。
直ぐ様父親がそっと外の様子を伺う。そしてその目が見開かれる。バッと馬車から飛び降りると、声を上げた。
「どういうつもりだ!ロイエス!」
馬車の周りをザッと十人ほどの男女が取り囲む。皆それぞれ個性的な格好をしていて統一性がないが、肌を突き刺す空気からこの一人一人が相当な手練れであることがわかる。
横を見ると、従者の青年が胸を矢で貫かれ絶命していた。
集団の中央にたった男が一歩前に踏み出してくる。顔にはにやにやと厭らしい笑みが張り付いている。
「いやなに、遠い長旅から帰ってきてお疲れの兄上をお迎えに上がろうかと」
「そのわりには大層なご挨拶じゃないか」
父である男の顔に焦りは見えない。ただ淡々と、冷静に状況を分析しようと努める。
「そういうことだと、理解して良いんだな?」
代々剣術を究める一族の現当主たる男と、その男に刃をむける弟。つまり、そういうことだった。
「いえいえ別に。私も血の繋がった者を態々殺めようとは思いませんから」
とてもそうは聞こえない口ぶりで話続ける男、ロイエスの目には既に勝利への確信が浮かんでいた。
「だからまずは話し合いをと思いますが」
「生憎とこっちにはてめぇと話すことはねぇな」
「残念ですねぇ」
バッサリと切って捨てる自身の兄たる男の発言にロイエスの笑みがいよいよ深まる。
「では奥様も一緒に死んでもらいましょう」
ロイエスの周りの集団が臨戦体勢に入る。
「安心してください。アリアちゃんは私が大事に育ててあげますよ。私の将来の妻としてね」
「ほざけっ!」
男が怒声と共に投げたナイフは風を切り裂き、ロイエスへと迫る。ロイエスはなんとかそれをかわすが、腰が抜けて尻餅をついたまま立ち上がることが出来ない。
「コイツら金で雇ってんのか?成功報酬か?だったらてめぇ殺せばすぐカタぁつくわな」
そう言って凶悪に笑ってみせる。
「ぶ、ぶっ殺せぇ!」
一斉に迫る刺客をかわし、一気に目標に迫る。
「俺を守れぇ!」
ロイエスがなりふり構わず叫ぶ。
「へっ、腰抜けが。才能も頭のできも容姿も性格も、何一つ俺に勝てないもんなあ」
「だ、黙れぇ」
怒鳴り返そうとするが情けない声しか上がらない。ロイエスは雇った刺客に守られながら徐々に撤退していく。
「しかもてめえのお仲間のコイツらは、最近巷で噂の盗賊団だろ。これがバレたら少なくとも死はまぬがれんな」
「うるさい!」
化け物じみた兄と距離を取り、少しだけ威勢を取り戻す弟。その顔に、ふと笑みが浮かんだ。
「おい!馬車を狙え!中の女を八つ裂きにしてやれ!」
「ちっ」
男が馬車に向かう刺客を追う。
「グレイ!」
「マリア!顔引っ込めろ!絶対に出てくんなよ!うおぉぉあ!」
徐々に徐々にグレイが押されていく。実に九人もの世に悪名を轟かす手練れを相手に一人で奮戦する。今やその刺客も六人に数を落としていた。がしかし、だんだんとグレイの動きも鈍ってくる。
刺客らも既に三人仲間を失った手前、引くに引けない。
そこに好機を見出だしたロイエスが突っ込んできた。
狙うは当主の首ではなく馬車。その扉を無理矢理こじ開ける。
「ロイエェェス!」
「ヒハハ、俺の勝ちだ!」
グレイがロイエスへ向かう。刺客の攻撃を受けながらも怯まず、真っ直ぐに向かってくるその気迫にロイエスの動きが固まる。
そしてグレイな構える剣の切っ先がロイエスに迫る。
が、その刃が届く前。すっかり老け込んだ様子で座り込むロイエスの目の前で、胸から鉄を生やした男が苦悶の表情で立ち尽くす。
「よ、よぉかったぁ」
ロイエスが一瞬安堵で気を弛めるも、次いで響いた悲鳴に踊るように立ち上がった。
「グレイ、いやぁぁぁ!」
「はっはっはあ」
母親の悲鳴に娘がようやく目を覚ます。
「おやおや、あなたが煩くて娘さんが起きてしまいましたよ」
唐突に聞こえてきた声に目を丸くし、続いて自分を囲むように立つ見知らぬ男たち。
一人だけ、父に少しだけ似た、けれど平凡な顔?
父さんの知り合い?
そう考えて、取り敢えず浮かべた愛想笑いという日本人の頃の癖。そう、それは五歳にして初めての家族以外を前に浮かべる笑顔。
擬音で表すならば、
ニコッ
当然それに対応する音と言えば、彼女の場合はそう。
ボンッ!
「……え?」
その声を浮かべたのは娘のほう。不思議な音に釣られ伏せていた顔を上げた母はポカーンとしたまま。
目の前の男たちの頭が綺麗にはぜた。
脳からの指示を失った身体は一斉にだらりと脱力し倒れ伏す。馬車の中は入り口付近だけ綺麗に朱に染まってしまった。
少女は、精神が耐えられる限界以上のショックを受けて遠退く意識の中、あの優しげな女神の御尊顔が浮かんだ。
(ああ、女神様。あんたって人は……!)
ニコポ
それは女神のキラースマイル。