第9話:『ヘルプ地獄と、おしゃべりすぎる小物たち』
週末の『LUXE』は地獄だった。
「東さん!! 三番卓ヘルプ足りません!」
「レンさん卓シャンパン入りましたー!」
「七番卓キャスト被りです!」
「新人飛びました!!」
店内を飛び交う怒号とコール。ネオン。 酒。 香水。 笑い声。
そして――。
『おい!! 十一番卓の客、もう酔い始めてるぞ!!』
『七番卓の姉ちゃん、さっきから元彼のLINE五回見返してる!! 地雷臭!!』
『レンのジャケット限界!! 汗吸いすぎ!!』
小人の声。
忠敬はこめかみを押さえた。
(うるせぇ……!!)
その時、黒服の東が鬼の形相で飛んできた。
「クロノ!! ヘルプ回れ!!」
「また!?」
「今日のお前、便利すぎるんだよ!!」
気づけば忠敬は、 自卓に座る時間より 他卓を回っている時間の方が長かった。
*
最初に放り込まれたのは、 泥酔寸前の三番卓。
「クロノくぅ〜ん♡」
「やっと来たぁ〜♡」
テーブルには空シャンパンが三本。
完全に酔いが回っている。
卓上のアイスペールの小人が忠敬に泣きついた。
『助けて!! この卓もう“感情のジェットコースター”始まってる!!』
『さっきまで元彼の悪口大会だったのに今は恋愛相談フェーズ!!』
『あと左の女の子、トイレで泣いてマスカラ崩壊済み!!』
(情報量多すぎるだろ……)
さらに、 女性のブランドバッグの金具小人まで参戦する。
『この人、“今日は散財して忘れるぞ”モードだ!』
『財布の紐が死んでる!!』
『でも本当は誰かに“大丈夫”って言ってほしいだけ!!』
(ホストクラブってカウンセリング施設か?)
忠敬は席につき、 騒ぎすぎていた空気を少し落ち着かせるように水を配った。
「飲みすぎですよ」
「クロノくん冷たーい」
「でも優しい〜♡」
グラスの小人が感動していた。
『出た!! “水を自然に差し込む技”!!』
『この男、酔い管理うますぎる!!』
『酔客事故率を下げる男!!』
(なんだその評価)
*
しかし、地獄はここからだった。
「クロノー!! 八番卓!!」
「今度はなんですか」
「客同士で空気悪くなった!!」
移動。
八番卓。そこには、 明らかにバチバチしている女性二人。笑顔なのに怖い。
香水瓶の小人たちが震えていた。
『やばい!! 女の戦争だ!!』
『“誰がレンを長く独占したか選手権”始まってる!!』
『しかも両方プライド高い!!』
テーブルクロスの小人まで青ざめる。
『空気重すぎて皺寄る!!』
(帰りたい……)
事情を聞くまでもない。片方がレンに長く触っていた。 もう片方が気に食わない。
ただそれだけ。
だが、 ホストクラブでは普通に戦争案件だった。
すると、レンのネクタイの小人が、 遠くの卓から全力疾走してきた。
『頼む!! うちの王子を助けて!!』
『あの人いま“営業スマイルで核爆弾処理”してる!!』
(レンも大変だな……)
忠敬は静かに席へ座る。
「……レン、東さん呼んでましたよ」
「えっ?」
「かなり急ぎっぽかったです」
「マジ!? ごめんちょっと行ってくる!」
レン退避。
一瞬で空気が変わる。女性二人は微妙に冷静さを取り戻した。そこへ忠敬が絶妙なタイミングで、 別方向の話題を差し込む。
「そういえば、二人って仲良いですよね」
「え?」
「服の趣味似てるし」
すると、二人のピアス小人同士が盛り上がり始めた。
『ほんとだー!!』
『今日どっちも“強め綺麗系”コーデ!!』
『実は系統被ってる!!』
気まずかった空気が、 少しだけ緩む。その隙を見て、 忠敬はさりげなく酒を薄め、 会話を分散させた。
数分後。
東が遠くから感心した顔をしていた。
「……なんで収まるんだよ」
「知らないです」
「お前、“火消し性能”高すぎるだろ」
*
だが、 真の地獄卓は最後に待っていた。
「クロノ!! 十五番卓!! 今すぐ!!」
「今度はなんです」
「客が完全にクロノ目当て」
「…………は?」
案内された卓には、 静かな女性が一人座っていた。年齢は三十前後くらい。酒はほとんど減っていない。だが、クロノが席についた瞬間。
女性のスマホケースの小人が、 涙目で叫んだ。
『来たぁぁぁ!!』
『この人三週間前からずっと動画見返してた!!』
『“クロノさん今日いるかな……”って予約画面五回開いて閉じてた!!』
(重い!!)
さらに、 バッグの中のリップの小人も興奮している。
『今日のために色変えてきた!!』
『服も二時間悩んだ!!』
(やめろ!! 本人に聞かせる情報量じゃない!!)
女性は静かに笑った。
「……やっと話せた」
「え?」
「ずっと人気で、全然タイミング合わなかったから」
忠敬は嫌な予感しかしなかった。
すると彼女の香水瓶の小人が、 とんでもないことを暴露した。
『この人ね!!』
『前回来店したあと!!』
『“あの人、自分だけガツガツ営業してこなかった……”って泣いてた!!』
(やめろォ!!)
『あと!!』
『寝る前に“クロノさんって絶対寝不足だよね……”って心配してた!!』
(プライバシー!!!!)
忠敬は表情だけ必死に平静を保った。
「……今日は楽しめそうですか」
「うん。なんか、会ったら安心した」
その瞬間。
卓のキャンドルライトの小人が、 じーん……としていた。
『うわぁ……』
『この店で“安心”って感情出るんだ……』
(なんなんだこの空間)
*
閉店後。
ソファに沈む忠敬。
「……疲れた」
「今日はマジで助かったわ」
レンが笑いながら缶コーヒーを投げる。
東も珍しく頷いていた。
「クロノ、お前今日ヘルプ何卓回ったと思う?」
「知りません」
「十三卓」
「は?」
バックヤードのハンガー小人たちが拍手していた。
『歴代記録レベル!!』
『普通ヘルプでそんな空気変わらねぇぞ!!』
レンが腹を抱えて笑う。
「しかも全部“揉め事処理”なの笑う」
「なんで毎回厄介事なんですかね……」
「お前、“面倒な客が安心する顔”してんだよ」
意味が分からなかった。
その時、クロノのスマホが震える。店の予約通知。
【次回予約】 【クロノ指名】
さらに追加。
【クロノ指名】
【クロノ指名】
【クロノ指名】
スマホの小人が、 呆れたように肩をすくめた。
『あーあ』
『また増えたぞ、“静かな沼客”』
忠敬は深く、 深くため息を吐いた。どう考えても、 この仕事は向いていない。
なのに何故か、 指名だけは増え続けていた。




