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第9話:『ヘルプ地獄と、おしゃべりすぎる小物たち』


週末の『LUXE』は地獄だった。


「東さん!! 三番卓ヘルプ足りません!」

「レンさん卓シャンパン入りましたー!」

「七番卓キャスト被りです!」

「新人飛びました!!」


店内を飛び交う怒号とコール。ネオン。 酒。 香水。 笑い声。


そして――。


『おい!! 十一番卓の客、もう酔い始めてるぞ!!』

『七番卓の姉ちゃん、さっきから元彼のLINE五回見返してる!! 地雷臭!!』

『レンのジャケット限界!! 汗吸いすぎ!!』


小人の声。



忠敬はこめかみを押さえた。

(うるせぇ……!!)


その時、黒服の東が鬼の形相で飛んできた。


「クロノ!! ヘルプ回れ!!」

「また!?」

「今日のお前、便利すぎるんだよ!!」


気づけば忠敬は、 自卓に座る時間より 他卓を回っている時間の方が長かった。





最初に放り込まれたのは、 泥酔寸前の三番卓。


「クロノくぅ〜ん♡」

「やっと来たぁ〜♡」


テーブルには空シャンパンが三本。

完全に酔いが回っている。


卓上のアイスペールの小人が忠敬に泣きついた。

『助けて!! この卓もう“感情のジェットコースター”始まってる!!』

『さっきまで元彼の悪口大会だったのに今は恋愛相談フェーズ!!』

『あと左の女の子、トイレで泣いてマスカラ崩壊済み!!』


(情報量多すぎるだろ……)


さらに、 女性のブランドバッグの金具小人まで参戦する。

『この人、“今日は散財して忘れるぞ”モードだ!』

『財布の紐が死んでる!!』

『でも本当は誰かに“大丈夫”って言ってほしいだけ!!』


(ホストクラブってカウンセリング施設か?)



忠敬は席につき、 騒ぎすぎていた空気を少し落ち着かせるように水を配った。


「飲みすぎですよ」

「クロノくん冷たーい」

「でも優しい〜♡」


グラスの小人が感動していた。

『出た!! “水を自然に差し込む技”!!』

『この男、酔い管理うますぎる!!』

『酔客事故率を下げる男!!』



(なんだその評価)





しかし、地獄はここからだった。


「クロノー!! 八番卓!!」

「今度はなんですか」

「客同士で空気悪くなった!!」


移動。


八番卓。そこには、 明らかにバチバチしている女性二人。笑顔なのに怖い。


香水瓶の小人たちが震えていた。

『やばい!! 女の戦争だ!!』

『“誰がレンを長く独占したか選手権”始まってる!!』

『しかも両方プライド高い!!』


テーブルクロスの小人まで青ざめる。

『空気重すぎて皺寄る!!』



(帰りたい……)


事情を聞くまでもない。片方がレンに長く触っていた。 もう片方が気に食わない。


ただそれだけ。


だが、 ホストクラブでは普通に戦争案件だった。


すると、レンのネクタイの小人が、 遠くの卓から全力疾走してきた。

『頼む!! うちの王子を助けて!!』

『あの人いま“営業スマイルで核爆弾処理”してる!!』


(レンも大変だな……)




忠敬は静かに席へ座る。


「……レン、東さん呼んでましたよ」

「えっ?」

「かなり急ぎっぽかったです」

「マジ!? ごめんちょっと行ってくる!」


レン退避。

一瞬で空気が変わる。女性二人は微妙に冷静さを取り戻した。そこへ忠敬が絶妙なタイミングで、 別方向の話題を差し込む。


「そういえば、二人って仲良いですよね」

「え?」

「服の趣味似てるし」


すると、二人のピアス小人同士が盛り上がり始めた。

『ほんとだー!!』

『今日どっちも“強め綺麗系”コーデ!!』

『実は系統被ってる!!』


気まずかった空気が、 少しだけ緩む。その隙を見て、 忠敬はさりげなく酒を薄め、 会話を分散させた。



数分後。


東が遠くから感心した顔をしていた。


「……なんで収まるんだよ」

「知らないです」

「お前、“火消し性能”高すぎるだろ」





だが、 真の地獄卓は最後に待っていた。


「クロノ!! 十五番卓!! 今すぐ!!」

「今度はなんです」

「客が完全にクロノ目当て」


「…………は?」


案内された卓には、 静かな女性が一人座っていた。年齢は三十前後くらい。酒はほとんど減っていない。だが、クロノが席についた瞬間。


女性のスマホケースの小人が、 涙目で叫んだ。

『来たぁぁぁ!!』

『この人三週間前からずっと動画見返してた!!』

『“クロノさん今日いるかな……”って予約画面五回開いて閉じてた!!』


(重い!!)


さらに、 バッグの中のリップの小人も興奮している。

『今日のために色変えてきた!!』

『服も二時間悩んだ!!』


(やめろ!! 本人に聞かせる情報量じゃない!!)


女性は静かに笑った。


「……やっと話せた」

「え?」

「ずっと人気で、全然タイミング合わなかったから」


忠敬は嫌な予感しかしなかった。


すると彼女の香水瓶の小人が、 とんでもないことを暴露した。

『この人ね!!』

『前回来店したあと!!』

『“あの人、自分だけガツガツ営業してこなかった……”って泣いてた!!』


(やめろォ!!)


『あと!!』

『寝る前に“クロノさんって絶対寝不足だよね……”って心配してた!!』


(プライバシー!!!!)


忠敬は表情だけ必死に平静を保った。


「……今日は楽しめそうですか」

「うん。なんか、会ったら安心した」


その瞬間。

卓のキャンドルライトの小人が、 じーん……としていた。


『うわぁ……』

『この店で“安心”って感情出るんだ……』



(なんなんだこの空間)





閉店後。

ソファに沈む忠敬。


「……疲れた」

「今日はマジで助かったわ」


レンが笑いながら缶コーヒーを投げる。

東も珍しく頷いていた。


「クロノ、お前今日ヘルプ何卓回ったと思う?」

「知りません」

「十三卓」

「は?」


バックヤードのハンガー小人たちが拍手していた。

『歴代記録レベル!!』

『普通ヘルプでそんな空気変わらねぇぞ!!』


レンが腹を抱えて笑う。


「しかも全部“揉め事処理”なの笑う」

「なんで毎回厄介事なんですかね……」

「お前、“面倒な客が安心する顔”してんだよ」


意味が分からなかった。


その時、クロノのスマホが震える。店の予約通知。

【次回予約】 【クロノ指名】


さらに追加。


【クロノ指名】

【クロノ指名】

【クロノ指名】


スマホの小人が、 呆れたように肩をすくめた。


『あーあ』

『また増えたぞ、“静かな沼客”』


忠敬は深く、 深くため息を吐いた。どう考えても、 この仕事は向いていない。


なのに何故か、 指名だけは増え続けていた。


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