逃げ場はない
※第4話です。
ここから、物語は大きく動きます。
これまで積み重なってきた違和感や選択が、
ひとつの形となって現れます。
どういう結末に繋がるのか、
見届けていただければと思います。
第4話
「……どうしたの、りえちゃん。顔色悪いよ」
朝の光が差し込む部屋の中で、リョウマはいつもと変わらない穏やかな声で言った。
「……昨日のこと……」
りえこの声は震えていた。
思い出そうとすると、胸の奥がざわつく。断片的な記憶が、うまく繋がらない。
「……なかったことに、できないよね……?」
絞り出すような問い。
リョウマは一瞬だけ目を細める。
「……そうだな」
静かにスマホを手に取る。
「でも、“なかったこと”にはならないよ」
画面が、りえこの方へ向けられる。
「……え?」
そこに映っていたものを理解した瞬間、血の気が引いた。
「……なんで……これ……」
指先が震える。
視線を逸らそうとしても、逸らせない。
「ちゃんと残しておかないとさ」
リョウマは淡々と言った。
「……何かあった時、困るだろ?」
「……やめて……」
「大丈夫だよ。困るようなことにはしない」
優しい声だった。
けれど、その言葉は何一つ安心を与えなかった。
「これ……消して……お願い……」
「無理だな」
即答だった。
「バックアップもあるし」
呼吸が浅くなる。
逃げ場がない。
「変なことしなければ、何も問題ない」
「……変なことって……」
「タケシに言うとか」
さらりとした口調。
「……言わない……言えるわけない……」
「だろ?」
満足そうに笑う。
「じゃあ、大丈夫だ」
「……どうして……こんなこと……」
「どうしてって?」
リョウマは首をかしげる。
「りえちゃん、可愛いし」
「……そういうことじゃ……」
「それに」
声が少し低くなる。
「タケシの大事なものだしな」
その一言で、空気が変わった。
「……え?」
「俺さ、ずっと見てたんだよ」
「……何を……」
「全部」
その目は、もう優しくなかった。
「沙里奈、知ってるよな」
「……うん……」
「俺のこと、見てないんだよ」
淡々とした声。
「いつも、どこか別のところ見てる」
沈黙。
「誰見てると思う?」
答えなくても、分かってしまう。
「……タケシだよ」
その名前が出た瞬間、胸の奥が強く締め付けられた。
「……だから」
リョウマは笑った。
「壊してやろうと思ってさ」
視線が、りえこに向けられる。
「……最低……」
「そうかもな」
あっさりと認める。
一歩、距離が詰まる。
「でもさ」
低く、静かな声。
「もう、りえちゃんはこっち側だろ?」
「……違う……!」
「違わない」
即座に否定される。
「証拠、あるし」
スマホを軽く持ち上げる。
言葉が出ない。
「タケシに見せたら、どうなるかな」
楽しそうな声だった。
「仕事も終わりだな」
「……やめて……」
「全部、壊れる」
沈黙。
逃げ場は、どこにもなかった。
「……どうすれば……いいの……」
その言葉は、ほとんど囁きだった。
リョウマは、ゆっくりと口元を歪める。
「簡単だよ」
そして――
歪んだ笑みを浮かべた。
「俺の言うことを聞けばいい」
りえこは、目を閉じた。
考えることを、やめた。
その瞬間、全てが決まった。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第4話では、これまで曖昧だったものが
はっきりとした形になりました。
それぞれの立場や感情が交錯し、
もう後戻りできない地点に来ています。
次はいよいよ最終話となります。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです




