知らない声
※この作品は、全5話の短編です。
主人公は、親友と妻の裏切りにあいます。
そこから少しずつ明かされていく“裏側”と、
壊れていく人間関係を描いた物語です。
いわゆる「ざまぁ」要素を含みますが、
単純な勧善懲悪ではなく、それぞれの弱さや歪みも描いています。
軽く読める構成にしていますので、
最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。
俺は、リビングのソファに深く腰沈め、午前中のプレゼン成功の余韻に浸っていた。
独立して初めての大きな仕事。張り詰めていた糸が解け、心地よい疲労が体を支配していく。
その静寂を、スマホの無機質な着信音がぶち壊した。
表示されたのは、見知らぬ番号。
(……誰だ、こんな時間に? 仕事関係か……?)
忌々しく思いながらも、俺は無視できずに通話ボタンをタップした。
「……はい、井上です」
『もしもし。……私。久しぶりね』
鼓膜を震わせたのは、聞き覚えのある、けれど毒気を含んだ女の声。
「……えーと、どちら様ですか?」
『もう、タケシったら。……りえこよ』
(……何? マジかよ!?)
全身の血が逆流し、心臓が跳ね上がる。
『ちょっと会って話がしたいの。ねえ、いいでしょ?』
(コイツ、どんな神経してるんだ……?)
それは、二年前。俺を徹底的に馬鹿にし、間男と共謀して家庭を叩き壊して出ていった元妻・りえこだった。
「断る。……リョウマはどうした。俺とは二度と会わないと決めたはずだ!」
ヤバい臭いしかしない。逃げ場のない空気が部屋に満ちる。
『そんな事言わないでよ! 私、本当に大切なのはタケシだっって事に気づいたの!』
『ねえタケシ、お願い……もう一度チャンスをくれない? 私、反省してるの』
「無理無理無理無理」
反射的に言葉が漏れる。だが、りえこの声はさらに湿り気を帯びて、俺の耳に絡みついた。
『私……知っているのよ。優しいだけの貴方が、私のためにジムで体を鍛えて、仕事も独立したって……』
(……ダメだコイツ。クスリでもやってんのか?)
今のりえこには、かつての面影など微塵もなかった。
昔のりえこは、こんな風に支離滅裂な怪物ではなかったはずだ。
おっとりとした美しい女性で、何より、誰よりも優しい人だったのに……。
――あれは、三年前。
「ただいま、りえこ!」
「お帰りなさい、タケシ君!」
玄関を開ければ、そこには陽だまりのような笑顔があった。
「お疲れさま。ご飯できてるよ? 先にお風呂にする? それとも……」
(……りえこ。なんて、良い子なんだ)
この小さな幸せ、この温かな家庭を、俺は一生をかけて守り抜くと、あの時、誓いを立てたんだ――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
短い物語でしたが、楽しんでいただけたでしょうか。
登場人物それぞれの選択や感情について、
少しでも何か感じていただけたなら嬉しいです。
もしよければ、感想や評価などいただけると励みになります。
本当にありがとうございました。




