第9話 小さな魔法少女と、花壇の守護者
最強のタンク・金剛厳夫の加入により、お任せ部の武力指数は飛躍的に向上した。
なんせ、身長190センチの金髪巨漢が、部室の小さなパイプ椅子に窮屈そうに座っているのだ。その威圧感たるや、部室の空気が物理的に重い。
「……おい、軍師。いつまで俺をここに座らせとく気だ」
「諦めろ、金剛。部活申請が通るまでは、お前も共犯者だ」
「ちッ……俺は『もふネコ』のイベント周回があるんだよ……」
金剛は文句を垂れつつも、手元のスマホでファンシーなネコのパズルを真剣な顔で消している。意外と義理堅い男だ。
現在、部員は三名。
部への昇格条件である「四名」まで、あと一人。
「ふっふっふ……! 勇者、軍師、重戦士。だいぶパーティーらしくなってきたね!」
陽奈が黒板の前で満足げに頷く。
「でも、RPGの黄金構成を完成させるには、まだ足りないピースがあるわ」
「……回復役、あるいは魔法使いだな」
俺が答えると、陽奈はパチンと指を鳴らした。
「その通り! 物理攻撃だけじゃ倒せない敵もいる。戦況を覆す強力な魔法、そして傷ついた仲間を癒やす慈愛の心……そんな魔法少女が必要なの!」
「魔法少女なんて、深夜アニメの中にしかいないぞ」
「ノンノン! 実は私、目をつけてる『ちっちゃな魔法少女』がいるの」
陽奈は声を弾ませて言った。
「ウチのクラスの、夢咲クルミちゃん。マスコットみたいな子だよ!」
「……マスコット?」
「うん! こないだ中庭で、お花に内緒話してるの見たし! それに、いつもクマの使い魔を連れてるんだよ!? あれは絶対、自然と精霊の声を聞く魔法少女だよ!」
「それはただの園芸好きと、ファンシーグッズ好きだろ」
俺と金剛は顔を見合わせた。
夢咲クルミ。名前と顔は一致する。
クラスで一番小柄で、いつも教室の隅でちょこんとしている女子生徒だ。あまりに静かで目立たないため、俺のような陰キャですら会話した記憶がない。
「あいつか……。いつもビクビクしてて、ハムスターみてぇなヤツだな」
「金剛、お前の見た目でそれを言うと捕食者だぞ」
「とにかく確認だよ! 癒やしの力をスカウトしに行くよ!」
陽奈号令の下、俺たち『魔王と軍師と暴走勇者』の異色パーティーは、再び校内探索へと繰り出した。
放課後の中庭。
俺たちはターゲットである夢咲クルミを発見した。
「……なんだあの生き物は」
俺は思わず呟いた。遠目に見ても、そのキャラクターデザインは異質だった。
まず目につくのは、色素の薄いふわふわとした銀髪のボブカット。まるでタンポポの綿毛だ。
制服はサイズを間違えたのか、袖が長すぎて指先しか見えていない。いわゆる「萌え袖」だが、ここまでいくと「装備のサイズミス」レベルだ。
そして肩からは、陽奈が「使い魔」と呼んでいた、妙にリアルなクマのぬいぐるみがついたポシェットを提げている。本体よりもデカいんじゃないか、あれ。
そんな存在感たっぷりなポシェットの隅っこで、ちょこんと揺れるキーホルダが、これまた可愛らしい。
そんな「歩く萌え要素の塊」のような彼女は、花壇の前で、自分の体と同じくらい大きなブリキの如雨露を持って立っていた。
「あ、いたいた! クルミちゃーん!」
陽奈が大きく手を振りながら、元気いっぱいに駆け寄る。
だが、それは悪手だった。
今の我々のパーティー編成を見てほしい。
・テンションMAXで突進してくるポニーテール(陽奈)。
・死んだ魚の目をした生気のない陰キャ(俺)。
・眉間にシワを寄せた金髪の巨人(金剛)。
客観的に見て、これは「勧誘」ではない。「襲撃」だ。
「あ、天道さん……!? ひっ!?」
遠目に陽奈を見つけ、さらに後ろに控える俺たちを見た瞬間。
クルミはビクッ! と大きく震え、涙目になった。
「ひゃ、ひゃああああっ!?」
彼女は脱兎のごとく走り出した。
如雨露を放り出し、とんでもない初速で。
「えっ!? 逃げられた!?」
「当たり前だ。お前みたいな台風と、俺たちみたいなモンスターが近づいてきたら、小動物は本能で逃げる」
「待ってぇぇ! 怪しいものじゃないよぉぉ!」
陽奈が慌てて追いかけるが、クルミは迷路のように入り組んだ植え込みの中に飛び込み、瞬く間に姿を消してしまった。
速い。そして小さい。
あの一瞬で視界から消えるとは、相当な隠密スキルの持ち主だ。
「くっ、見失った! どこ行ったの!?」
陽奈がキョロキョロと辺りを見回す。
だが、ただ闇雲に探しても、怯えた小動物を見つけるのは至難の業だ。
俺はニヤリと不敵に笑った。
――面白い。
ただの勧誘だと思っていたが、こうなれば話は別だ。
これは、広大なフィールドに隠れたレアモンスターを見つけ出す、高難易度の探索クエストだ。
「天道、金剛。フォーメーションを変更する」
俺は二人に指示を飛ばした。
「これより、ターゲット『夢咲クルミ』の捕獲作戦『オペレーション・ハムスター』を開始する!」
「おおーっ! なんか燃えてきた!」
「あぁん? なんで俺まで……」
「文句を言うな、もふもふ番長。お前の『威圧』で追い込み、天道の『敏捷』で捕まえる。俺が『索敵』で指示を出す」
俺は地面に残された小さな足跡を見つめた。
逃げても無駄だ。ゲーマーの執念を甘く見るなよ。
こうして、放課後の校庭を舞台にした、お任せ部VS小さな魔法少女の、壮大な鬼ごっこが幕を開けた。




