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第7話 部員不足と、裏庭のレイドボス

 『部室リフォーム大作戦』から一夜明けた、放課後。


 俺たちの拠点である旧校舎の部室は、昨日の激闘(大掃除)の甲斐あって、見違えるように様変わりしていた。

 床の埃は掃き清められ、曇っていた窓ガラスはピカピカに磨かれている。


 だが、根本的な問題(バグ)は解決していなかった。


「……足りない」


 パイプ椅子に座った天道陽奈が、深刻な顔で腕組みをして言った。

 いつもの元気印はどうした。珍しくシリアスな表情だ。


「何がだ? 部費か? それともお前のINT(知力)か?」

「違うよ! 学力はこれから伸びる予定なの! ……そうじゃなくて、部員だよ!」


 陽奈がバン! と机を叩いた。


「生徒会に部活申請を出してきたんだけど、『部員が四名以上いないと認められない』って突き返されちゃったの!」

「ああ、まあ、それはそうだな」


 よくある学校のルールだ。

 現在、部員は部長の陽奈と、平部員(兼軍師)の俺の二人だけ。

 あと二人確保しなければ、このお任せ部は「同好会」ですらなく、ただの「不法占拠集団」として強制退去させられてしまう。


「というわけで軍師くん! 作戦会議だよ! どうやったら優秀な人材(ユニット)を確保できるかな?」

「掲示板で募集をかければいいんじゃないか? 『明るく元気な職場です』とか書いて」

「甘い! そんな待ちの姿勢じゃ、SSR級の逸材は来ないよ!」


 陽奈は立ち上がり、黒板にチョークで荒々しく書き殴った。


 『求ム! 最強の仲間!』


「これから私たちの野望――学園の英雄になり、銅像を建てるためには、どんな困難にも立ち向かえる屈強な仲間が必要なの! 具体的には、魔王の攻撃を受けてもビクともしないような……そう、鉄壁の守り手!」

タンク(盾役)が欲しいってことか」

「そう! クラスで一番強そうな人をスカウトしよう!」


 陽奈の琥珀色の瞳がキラリと光った。

 嫌な予感がする。こいつの「強そう」という基準は、往々にして「物理的にヤバそう」とイコールだ。


「……天道さんや。一応聞くが、心当たりはあるのか?」

「うん! ずっと目をつけてた逸材がいるの!」


 陽奈はニカッと笑い、窓の外――中庭のさらに奥、生徒たちが寄り付かない裏庭の方角を指差した。


金剛 厳夫(こんごう いわお)くん! 彼しかいない!」

「……は?」


 俺は思わずラノベを落としそうになった。


 金剛厳夫。


 俺と同じ二年二組に在籍する、身長190センチ超えの巨漢。

 名前の通り岩のような筋肉と、金髪のリーゼントという昭和の不良漫画から飛び出してきたような威圧感を持つ男。


 通称、『二年二組のレイドボス』。


「待て待て待て! 自殺志願者かお前は! あいつはヤバい。関わったら骨の二、三本は覚悟しなきゃならんぞ」

「えー? そうかな? 話せばわかるかもよ?」

「甘い! 情報不足だ! ちょっと待ってろ、俺がクラスの連中に聞き込みしてくる!」


 俺は立ち上がった。

 陽奈がキョトンとする。


「え、軍師くん大丈夫? こないだ女子に話しかけようとしてフリーズしてたじゃん」

「失敬な。女子という別種族(エイリアン)は無理だが、同じクラスの男子、それもカースト下位の『同志』なら会話コマンドは成立する」


 そう。俺のような陰キャにも、独自のネットワークがある。

 俺は陽奈を部室に残し、教室の隅でカードゲーム談義をしている男子グループに接触した。彼らのような「無害なNPC」相手なら、俺の対人結界は発動しない。


 だが、彼らから得られた情報は、予想以上に絶望的だった。


「金剛? やめとけ笹木。あいつ、先週三年の番長を一睨みで土下座させたらしいぞ」

「俺は見たぜ……給食の牛乳パックを、片手で握りつぶして飲んでたのを……」

「入学式の時、野犬の群れと戦って勝ったって噂だ」

「あいつのリーゼントには、鉄板が仕込まれてるらしい」


 ……だめだ。聞けば聞くほど、人間じゃない。

 完全に別ジャンルのゲーム(格ゲー)の住人だ。


「戻ったぞ、天道。結論から言う。あいつは無理だ。遭遇したら即死する」

「お帰り軍師くん! じゃあ、現地確認(スカウティング)に行こっか!」

「人の話を聞けぇぇぇ!」


 俺の制止も虚しく、陽奈は部室を飛び出した。

 まったく……。タンクを勧誘しに行ってパーティー全滅しました、なんて笑えないバッドエンドだぞ。



 校舎裏。

 焼却炉の近くにある、雑草が生い茂るエリア。

 普段は体育館の裏でタバコを吸うような連中すら、本能的に避けるこの場所に、その男はいた。


 カァ……カァ……


 不吉なカラスの鳴き声が響く。

 カサカサ……と、風に舞う古新聞が足元を通り過ぎる。完全にホラー映画の導入部だ。

 その薄暗い草むらの真ん中に、巨大な影があった。


 金剛厳夫だ。


 夕方の逆光を浴びて、そのシルエットは完全にモンスターのそれだった。

 彼はヤンキー座りをして、地面に向かって何かをしていた。


「……しっ! 静かにね、軍師くん」


 俺たちは校舎の角から、こっそりとその様子を伺う。


「……あいつ、何してるんだ?」

「わかんない。でも、何か一生懸命……土を掘ってる?」


 確かに、金剛の丸太のような太い腕が動いている。

 手にはスコップのようなものが見える。

 地面を掘り、何かを埋め、そして土を被せているようだ。


 ザッ、ザッ……。

 土をかける音が、やけに生々しく響く。


 俺の脳裏に、サスペンスドラマのワンシーンが過ぎった。

 人里離れた山奥。雨の夜。死体を埋める犯人。

 まさか、さっき噂に聞いた「三年の番長」がそこに……?


「……おい、天道。帰ろう。あれは見ちゃいけないやつだ。俺たちのレベルじゃまだ早い」

「えっ、なんで? 園芸かもしれないじゃん」

「あのナリで園芸なわけあるか! どう見ても証拠隠滅だろ! 関わったら俺たちも埋められるぞ!」


 俺が小声で必死に説得していると、金剛が作業を終えて立ち上がった。

 そして、自分が埋めた場所の前で手を合わせ、低く太い声で何かを呟いた。


「……あぁん? 安らかに眠りやがれ……」


 ドスの効いた声が風に乗って聞こえてくる。


「ヒッ……!」


 俺は喉の奥で悲鳴を上げた。

 確定だ。完全にアウトだ。あれは敵対NPCどころか、遭遇したらセーブデータごと消されるレイドボスだ。


 だが。

 隣にいる暴走ポニーテールは違った。


「なるほど……そういうことね」

「おい、何納得してるんだ。よし、静かにバックステップだ……」

「許せない……!」

「は?」


 陽奈が拳を震わせて立ち上がった。その瞳には、正義感という名の炎がメラメラと燃え上がっている。


「か弱いものを土に埋めるなんて! いじめ、ダメ、ゼッタイ!」

「ちょ、待てバカ! 早まるな!」


 俺が止めるよりも早く、陽奈は草むらへ飛び出していった。

 その手には、いつの間にか部室から持ってきた竹刀(どこで拾ってきたんだ)が握られている。


「そこの金髪リーゼントォォォ!! お任せ部部長、天道陽奈が成敗してくれるわ!!」

「……あぁん?」


 金剛がゆっくりと振り返る。

 その顔には、左眉にある古傷と、この世の全てを威圧するような凶悪な眼光があった。


 終わった。


 脳内で『GAME OVER』の赤い文字が点滅しているのが見える。

 竹刀とリーゼントが衝突する0.5秒前。

 凄惨な未来(と、俺の平穏な高校生活の崩壊)を見たくなくて、 ――俺は反射的に目を覆った。

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