第47話 学園包囲網と、暴走パルクール
「総員、配置につけ! 作戦開始だ!」
俺の合図と共に、静まり返っていた放課後の校舎が、一気に戦場へと変わった。
ターゲットは、三階の渡り廊下を低空飛行で逃げる黒い影――『黒騎士』だ。
「カアッ!」
カラスは鋭い爪でマスコットを掴んだまま、悠々と廊下を滑空する。
だが、その進路には既に「壁」が立ちはだかっていた。
「あぁん? こっちは通行止めだオラァ!!」
ドゴォォォォン!!
金剛巌が、鉄板のような胸板を張って仁王立ちし、空気が震えるほどの咆哮を上げた。
その背後には、不動明王のようなオーラが見える(気がする)。
さすがのボスガラスも、野生の勘で「コイツはやべぇ」と悟ったのか、急ブレーキをかけて反転した。
「進路変更! 東階段へ向かいましたぁ!」
すかさず、窓際で見張っていた夢咲クルミが叫ぶ。
彼女の動体視力は、高速移動する黒い影を完璧に捉えていた。
「よし! 副会長、東側の封鎖を!」
「了解。……第三班、閉鎖」
東城寺がトランシーバーで指示を飛ばす。
ガシャン! バタン!
待ち構えていた生徒会役員たちが、一斉に窓と防火扉を閉め切った。
「カアッ!?」
逃げ場を失ったカラスが旋回する。
完璧だ。地上の猛獣(金剛)、千里眼、そして組織力(生徒会)。
俺の描いた包囲網は、カラスを完全に『籠』の中に閉じ込めた――はずだった。
だが、相手は空の支配者だった。
カラスは天井近くにある、換気用の小さな排気口を見つけると、翼を畳んで弾丸のように突っ込んだのだ。
「なっ……!?」
「カアッ!」
スポンッ!
黒い影は排気口をすり抜け、校舎の外へと飛び出してしまった。
「くそっ、外に逃げられたら手が出ない!」
「空を飛ばれたら終わりだぞ!」
生徒会役員たちが悔しげに叫ぶ。
窓から見上げれば、カラスは勝利を確信したように、外壁の配管に止まって羽根を休めていた。
ここからでは届かない。ハシゴを持ってくる間に逃げられる。
万事休すか。
誰もがそう思った時だった。
「……逃がすかぁぁぁっ!」
ただ一人、諦めの悪いバカがいた。
天道陽奈だ。
「私が止める!」
言うが早いか、彼女は開いていた窓枠を蹴り、身を乗り出した。
そこは三階だ。
「おい天道!? 落ちるぞ!」
「大丈夫! 足場はある!」
陽奈は迷いなく跳んだ。
彼女が着地したのは、外壁に這わせられたわずか数センチ幅の配管の上だった。
「ふんっ! はっ!」
タンッ、タンッ、ガシッ!
陽奈はまるで猿のような身軽さで配管を駆け上がり、エアコンの室外機を足場にして、垂直の壁をよじ登っていく。
いわゆる『パルクール』と呼ばれる動きだ。だが、女子高生が制服でやっていい動きではない。
「ちょ、待ちなさい! 一人じゃ危険です!」
窓から身を乗り出したランカが悲鳴を上げる。
しかし、陽奈は振り返らない。
「だって、会長の大事な友達なんでしょ! 私が絶対に取り返す!」
その言葉に、ランカが息を呑む。
自分のために、危険を顧みず壁を登る少女。
その姿に、ランカの中の何かが弾けた。
ここで見てるだけでいいのか。守られるだけの「お姫様」で終わっていいのか。
――否。
ランカは、スッとメガネの位置を直した。
その瞳に、陽奈と同じ「戦う者」の光が宿る。
「……正義。靴を」
彼女は短く命じた。
副会長は「心得ております」と、鞄から準備していたスニーカーを取り出した。
ランカはローファーを脱ぎ捨て、素早く運動靴に履き替える。
そして。
バサッ!
躊躇なくスカートの裾をまくり上げ、腰で結んだ。
その下には、黒のスパッツが着用されている。準備万端だ。
「……行きますよ」
「会長!? まさか……!」
役員たちがどよめく中、ランカもまた、窓枠に足をかけた。
幼少期からの英才教育。護身術に体術、あらゆる「お稽古」で鍛え上げられた彼女のスペックは、陽奈に引けを取らない。
「待ってなさい、バカ勇者! ……私も戦います!」
タンッ!
ランカが空へ舞う。
優雅にして力強い跳躍で配管に飛び移り、陽奈の後を追う。
夕暮れの校舎を舞台に、二人の美少女による、常識外れの屋上チェイスが幕を開けた。




