第45話 名探偵のプロファイリングと、空からの略奪者
お任せ部と生徒会による『アンジュ捜索隊』が結成された。
場所は、校舎裏の人気のない中庭。
ここが、生徒会長・西園寺ランカが「魂」を失った現場だ。
「……では、現場検証を始める」
俺、笹木慧は腕組みをして、探偵のような口調で告げた。
「被害者。失くした時の状況を詳しく教えてくれ。何をしていて、いつ気付いたんだ?」
俺の質問に、ランカはビクリと肩を震わせた。
彼女は顔を真っ赤にして、視線を泳がせている。
「え、えっと……その……」
「正確なプロファイルが必要だ。再現してくれ」
「さ、再現……ですか……?」
ランカが助けを求めるように副会長を見るが、彼は「捜査のためです」と無表情で目を逸らした。
逃げ場はない。
ランカは観念したように、深いため息をついた。
「……わ、わかりました。笑ったら、生徒会権限で消しますからね……」
彼女はおずおずと中庭の中央に立った。
だが、まだ躊躇している。
彼女は震える指先で、自身の銀縁メガネのブリッジに触れた。
「……この『拘束具』を着けたままでは、キレが出せません」
スッ。
ランカが、メガネを外した。
その瞬間。
「うおっ!? なんだ今の画質向上パッチは! いきなり解像度が8Kになったぞ!?」
「わぁぁ……! 会長、すっごく綺麗! お人形さんみたい!」
俺と陽奈の声が重なった。
そこにいたのは、いつもの冷徹な「氷の女帝」ではなかった。
メガネという威厳ある仮面を外した彼女の素顔。
それは、誰もが振り返らずにはいられない、正真正銘の「正統派美少女」だった。
冷たさは消え失せ、隠されていたぱっちりとした瞳と、整いすぎた目鼻立ちが露わになる。
近寄りがたいオーラが霧散し、代わりに「全人類から愛されるヒロイン」としての圧倒的な輝きが放たれた。
(……なるほど。こりゃあメガネで封印しないと、ファンクラブの会員数が膨れ上がりすぎて、学園機能が麻痺するわけだ)
俺はその破壊力に慄いた。
陽奈とはまたベクトルの違う、完成された美の暴力だ。
彼女は「オン」から「オフ(というかガチ)」へとモードを切り替えていた。
「……こ、ここで、アンジュちゃんの『覚醒ポーズ』の練習をしていました」
「覚醒ポーズ?」
「……いきます」
陽奈がキョトンとする前で、ランカが動いた。
バッと右手を天に突き上げ、左手を胸に当て、クルリと華麗すぎるターンを決める。
「――『闇を切り裂く星の導き! スターライト・イリュージョン! 今こそ目覚めよ、私の小宇宙!』……っ!」
ビシッ!
幼い頃からの英才教育で鍛え上げられた体幹と、極限まで洗練された体術の無駄遣い。
プロのダンサー顔負けのキレのある動きと、恥ずかしい台詞で、完璧な変身ポーズが決まった。
風圧すら発生しそうな勢いだ。
「おぉーっ! カッコいい! キレッキレだね会長!」
陽奈だけが純粋に拍手を送っている。
ランカはポーズを決めたまま静止し、そして――。
「……はっ!?」
我に返り、慌ててポケットからメガネを取り出して装着した。
一瞬で「解像度」が戻り、いつもの厳格な生徒会長の顔が復活する。
彼女は耳まで真っ赤にして、その場にうずくまった。
「……うぅ……死にたい……」
「何を言う。見事なモーションだったぞ」
俺は真顔で称賛した。
「体幹のブレなさ、指先の角度。フレーム単位での完璧な原作再現だ。……その情熱、尊敬に値する」
「え……? そ、そうですか……?」
ランカが意外そうに顔を上げる。
俺は小さく頷き、即座に意識を切り替えた。
「さて、状況は理解した」
俺は冷静に分析を始めた。
「激しい回転動作。遠心力でチェーンが外れ、マスコットが吹き飛んだ可能性が高い」
「で、でも、すぐに探したんです! 地面を這いつくばって……でも、どこにもなくて……!」
ランカが涙目で訴える。
確かに、この周囲は芝生だ。落ちていればすぐに見つかるはず。
風で飛ばされたか? いや、マスコットにはそれなりの重量がある。
地面にないなら……。
「……上か」
俺は視線を上げた。
中庭には、背の高いケヤキの木が植えられている。
西日に照らされた枝葉の隙間。
俺の目は、高い枝の上に作られた『巣』のようなものの中に、キラリと光るものを捉えた。
「……見つけたぞ」
「えっ!?」
「あそこだ。あの木の枝」
俺が指差した先。
そこには、小枝やハンガーで作られた鳥の巣があった。そしてその中に、銀色のチェーンらしき輝きが見える。
「あ、あれは……!」
「カラスの巣だ。光り物を集める習性がある」
俺がそう告げた、その時だった。
バサササッ!
頭上から黒い影が舞い降りた。
それは巣の縁に止まり、俺たちを見下ろすように「カアッ!」と太い鳴き声を上げた。
学園のゴミ捨て場を荒らすことで有名な、巨大なボスガラス――通称『黒騎士』だ。
その嘴には、ピンク色の可愛らしいマスコットが挟まれていた。
「ああっ!!」
ランカが悲鳴を上げた。
「あ、アンジュちゃん!? 私の魂が! 嘴で挟まれてるぅぅぅ!」
「犯人はあいつか!」
陽奈が身を乗り出す。
黒騎士は俺たちを嘲笑うかのように、器用にマスコットを足で掴み直すと、バサリと翼を広げた。
「ま、待って! それを返してぇぇ!」
ランカがなりふり構わず駆け寄る。
だが、黒騎士は嘲笑うかのように「カアッ!」と一声鳴くと、力強く翼を羽ばたかせた。
バササッ!
黒い影は一気に高度を上げ、夕日に染まる校舎の向こう側へと飛び去ってしまった。
「あ……あぁ……」
ランカが力なく空へ手を伸ばす。
「逃げられた……!」
陽奈が悔しそうに地団駄を踏むが、相手は空の支配者だ。人間の足で追いかけても追いつけるはずがない。
「……深追いは無駄だ。見失った以上、闇雲に走っても捕まえられないぞ」
俺は冷静に告げた。
「うぅ……私のアンジュちゃんが……巣に持ち帰られて、カラスのコレクションに……」
ランカが絶望の淵に沈みかけている。
副会長が眼鏡を押し上げ、提案した。
「会長。一度、生徒会室に戻りましょう。地図を使って包囲網を敷く必要があります。……このままでは終わりませんよ」
「……そう、ですね」
ランカは涙を拭い、キッと顔を上げた。
「……絶対に取り戻します。私の権限(とプライド)にかけて!」
一行は対策を練るため、重い足取りで――しかし瞳には決意を宿して、生徒会室へと戻ることにした。




