第44話 二人の敗北者と、秘密の評価
処刑場への扉が開かれる。
俺たちは死刑台へと向かう囚人のような足取りで、生徒会室へと足を踏み入れた。
「……失礼します」
陽奈が消え入りそうな声で言う。
部屋の奥、執務机の向こうには、学園の支配者・西園寺ランカが座っていた。
銀縁メガネをかけたその表情は、氷のように冷たく、近寄りがたい威厳を放っている――はずだった。
「……よく来ましたね。お任せ部」
ランカの声は凛としていた。
だが、俺は見逃さなかった。
彼女が書類を持つ手が小刻みに震え、メガネの奥の瞳が、雨に濡れた捨て猫のように潤んでいることを。
(……ん? なんか様子がおかしいぞ?)
俺が違和感を覚えていると、ランカはコホンと咳払いをした。
「……副会長。報告を」
「はい。彼らは、渡り廊下の壁を削り、創立者像の歴史を剥ぎ取り、御神木を前衛芸術へと変貌させた実行犯です」
副会長の東城寺が、タブレット端末に表示された「被害状況写真」を次々とランカに見せる。
スカスカの松、金ピカの像、剥き出しのコンクリ壁。
「うっ……」
そのあまりに悲惨な光景に、陽奈が呻き声を上げて縮こまる。
そして、それを見たランカもまた、ダメージを受けていた。
「……嘆かわしいことです。学園の秩序を守るべき私が、このような破壊活動を許してしまうとは……」
そこまでは、いつもの「氷の女帝」だった。
だが、次の瞬間。
写真を見つめる彼女の手が、空を切るように自分の胸元を探った。
何かを握りしめて落ち着こうとする仕草。
しかし、そこには何もなかった。
「……あっ」
支えを失った彼女の仮面に、ピキリと亀裂が入った。
「……私としたことが……こんな時に『聖遺物』もなくて……このストレスにどう耐えろと……うぅ……」
「……はい?」
陽奈が顔を上げる。
ランカは、机の上に突っ伏したいのを必死に堪えているようだったが、その背中からは隠しきれない「お通夜オーラ」が立ち昇っていた。
「……会長? どうしたんですか?」
「……貴女たちに話しても仕方ありません。これは、私の魂の問題なのです」
ランカは震える手で、制服の胸元からチェーンを取り出した。
その先には――何もついていなかった。空っぽの金具が、虚しく揺れている。
「な、無い……」
ランカの声が裏返った。
「私の……心の支えが……アンジュちゃん(限定スケルトン仕様・非売品)が……いないのです……!」
ガタンッ!
ランカは耐えきれず、机に突っ伏した。
完璧な生徒会長の威厳が、音を立てて崩れ落ちる。
「……え、あの、アンジュちゃんって……魔法少女の?」
陽奈が恐る恐る尋ねると、ランカは幽鬼のように顔を半分だけ上げ、涙目で睨んだ。
「ただの魔法少女ではありません! 『星導のアンジュ』は、闇に堕ちてもなお希望を捨てない、高潔なる魂の象徴……! その限定グッズを失くすなんて……私はもう、生きていけません……!」
早口で捲し立てるその姿は、完全に「ガチ勢」のそれだった。
俺は唖然とした。
あの鉄仮面の生徒会長、中身はこっち側かよ。
「ま、マサヨシぃ……どうしよう……探してぇ……」
極めつけに、ランカは副会長の方を向いて、甘えるような猫なで声を出した。
おい、今マサヨシって呼んだぞ。副会長って下の名前、正義なのか。
「……会長。今は『オン』の時間です。お客様の前ですよ」
副会長は涼しい顔で嗜めるが、その手つきは慣れた様子でランカにハンカチを差し出している。
……なるほど。この完璧超人たち、裏ではこんな感じなのか。
「うぅ……ごめんなさい……。でもぉ、辛いんですぅ……」
ランカがハンカチで鼻を押さえる。
その弱りきった姿を見た瞬間、陽奈の中で何かが共鳴したらしい。
「……わかる。わかります、その気持ち!」
陽奈が一歩踏み出した。
「私も……良かれと思ってやったのに、全部裏目に出ちゃって……。壁は剥げるし、木は丸裸だし……。理想と現実のギャップで押しつぶされそうなんです!」
その言葉に、ランカが反応した。
「……貴女も、ですか?」
「はい! 私なんて、ただの破壊神です!」
「私なんて……ただの『七光り』ですよぉ……」
ランカがズルズルと椅子から崩れ落ち、陽奈の隣に座り込んだ。
二人の美少女が、床で膝を抱えて並ぶ。
「みんな、私が『理事長の孫』だからって期待するんです……。一年生なのに会長とか、無理ゲーですよぉ……」
「わかるぅ! 私なんて『部長』って呼ばれるけど、部員に介護されてるだけだしぃ……」
「完璧演じるの、疲れました……。アンジュちゃんがいないと、MPが保ちません……」
「私もぉ……。勇者やめて、村人Aになりたい……」
(……なんだこの地獄絵図)
俺は乾いた笑いを浮かべた。
学園のトップと、学園のトラブルメーカー。
対極にいるはずの二人が、今、奇妙な「敗北者同盟」を結成している。
副会長が眼鏡をクイッと上げ、俺に耳打ちした。
「……見苦しいものをお見せしました」
「……いや、意外と人間味があって安心したよ」
ひとしきり傷を舐め合った後。
ランカは「ズズッ」と盛大に鼻をかみ、少しスッキリした顔で言った。
「……でも、貴女たち。破壊ばかりではありませんでしたよ」
「え……?」
「渡り廊下の壁……見ました。塗装ごと剥がれて真っ白になってましたが……汚れは一つもありませんでした」
ランカは涙目のまま、少しだけ口元を緩めた。
「私の澱んだ心みたいに、綺麗さっぱりしてました」
「……それ、褒めてます?」
「銅像も……あんな金ピカにするなんて、正気を疑いますが……創立者の威厳より『目立ちたがり』な性格が出ていて、逆に評判が良いです。おじい様が喜んでいました」
「……ええ?」
「松の木も……専門家が『究極のワビサビだ』と絶賛していました。……めちゃくちゃですが、結果的に学園は明るくなりました」
ランカはジト目で陽奈を見た。
「……悔しいですが、お任せ部の活動は『評価』します。……少なくとも、退屈な日常を壊してくれたことは、認めます」
その言葉は、俺たちにとっての免罪符であり、最高の賛辞だった。
死んでいた陽奈のポニーテールが、ピコンッ! と垂直に復活する。
「……ほ、ホントですか!?」
「嘘は言いません。私は生徒会長ですから……グスン」
威厳を保とうとして失敗しているランカ。
陽奈はパァァァッと顔を輝かせ、俺の方を振り返った。
「やった……! やったよ軍師くん! 私、役に立ってた!」
「……まあ、結果オーライだな」
俺はやれやれと肩をすくめた。
元気を取り戻した陽奈は、ビシッとランカを指差した。
「よし! 評価してくれたお礼に、会長の『魂』、私たちが絶対に見つけ出すよ!」
「……え?」
「『聖遺物』なんでしょ? 失くした場所もわからない難易度Sのクエスト……お任せ部に任せて!」
陽奈の力強い宣言。
ランカはポカンと口を開け、それから正義の方をチラリと見て、少しだけ安心したように頬を緩めた。
「……期待せずに、待ってます。……見つけてくれたら、その……友達になっても、いいですよ?」
最後はツンデレで締める会長。
こうして、二人のダメな美少女の間に奇妙な友情が芽生え、俺たちは最後の捜索ミッションへと挑むことになった。




