第43話 沈黙の生徒会と、招集命令
放課後の部室。
そこは、まるで世界の終わりかのような静寂に包まれていた。
「…………」
部屋の隅、ロッカーの陰。
天道陽奈は膝を抱えて座り込み、完全に「引きこもりモード」に入っていた。
かつては元気よく跳ねていたポニーテールは、干からびた筆のようにダラリと垂れ下がっている。
彼女の周りだけ、重力が三倍くらいになっている気がする。
「……もう、廃部でいいよ」
陽奈が、消え入りそうな声で呟く。
「私なんて……ただの迷惑な破壊神だもん。壁を削り、歴史を塗り替え、木を丸裸にして……。みんなに合わせる顔がないよ」
「部長……そんなことないですぅ……」
「そうだぜ。結果的にインパクトは残せたじゃねぇか」
クルミと金剛が声をかけるが、陽奈は首を横に振るだけだ。
その瞳からは、いつもの「なんとかなる精神」の輝きが完全に失われていた。
「軍師くん……ごめんね。無理やり巻き込んで。……もう、解放してあげるから」
陽奈が投げやりな言葉を吐く。
その言葉を聞いた瞬間、俺の中でカチリと何かのスイッチが入った。
――解放してあげる。
それは、以前の俺なら飛び上がって喜ぶ言葉だったはずだ。
平穏なモブライフへの帰還。面倒事からの解放。
だが……今は、なぜか無性に腹が立った。
「……解放とか言うな」
俺は陽奈の前に歩み寄り、立ったまま見下ろした。
「……え?」
「勝手に巻き込んでおいて、勝手に終わらせるな。俺はまだ、ログアウトするなんて言ってないぞ」
俺はしゃがみ込み、彼女と目線の高さを合わせた。
「天道。俺はずっと、この現実はバグだらけの『クソゲー』だと思っていた。理不尽で、バランスが悪くて、やる価値もないとな」
「……うん。軍師くん、いつもそう言ってた」
「ああ。だが……」
俺は言葉を探した。
キャラじゃない。気恥ずかしい。でも、今言わなきゃ、このバカな勇者は本当にゲームを投げてしまう。
「……お前という『特大のバグ』が紛れ込んでから、このクソゲーのジャンルが変わったんだ」
「……変わった?」
「ああ。壁を削ったり、銅像とプロレスしたり、木に飛び乗ったり……。めちゃくちゃで、カオスで、攻略不能だ」
俺は、陽奈の目を真っ直ぐに見た。
「だが……退屈はしなかった。……いや、正直に言えば、少しは楽しかったんだ」
陽奈の瞳が、僅かに揺れる。
「俺の灰色の日常を、無理やりカラーに変えたのはお前だろ。俺の世界を面白くしたのはお前だ。……だから、責任を取れ」
俺は、あの日、彼女に手を引かれた時のことを思い出しながら、今度は俺から手を差し出した。
「俺はまだ、お前との攻略を続けたいと思ってる。……だから、こんなところで逃げるな」
陽奈が息を呑む。
その目から、じわりと涙が溢れ出した。
「ぐ、軍師くん……。でも……でもぉ……」
陽奈はグスッと鼻をすすり、俺の手を見つめた。
「私、失敗ばっかりだよ……? また壊しちゃうかも……」
「その時は俺がフォローする。俺は軍師だからな」
「うぅ……ぐすっ……」
陽奈が震える手を、俺の手に伸ばそうとした、その時だった。
コン、コン。
無慈悲なノック音が、感動的な空気を切り裂いた。
ビクリと肩を震かせる陽奈。
ドアが開き、入ってきたのは――黒縁メガネを厳格に佇ませた生徒会副会長・東城寺だった。
「…………」
副会長は、俺と陽奈が手を握り合おうとしている(ように見える)状況を一瞥し、眉をひそめたが、すぐに冷徹な表情に戻った。
「失礼。……お任せ部全員に、招集命令です」
その声は、死刑宣告のように響いた。
「生徒会長が、生徒会室でお待ちです。……『三大怪奇・破壊事件』についての弁明を聞きたいと」
陽奈の顔から、再び血の気が引いていく。
伸ばしかけた手が引っ込められる。
「……終わった」
「年貢の納め時か……」
誰もがそう思った。
やはり、破壊活動は許されなかったのだ。これから断罪され、廃部を言い渡されるのだ。
「……行こう、天道」
俺は立ち上がり、震える陽奈の背中をポンと叩いた。
「どんな処分が下されようと、最後まで付き合う」
「……うん……」
陽奈は力なく頷き、フラフラと立ち上がった。
俺たちお任せ部は、重い足取りで廊下を歩き出す。
向かうは処刑場――生徒会室。
だが、俺たちはまだ知らなかった。そこで待っているのが、断罪の裁判官ではなく、同じく心に傷を負った『同志』だということを。




