第42話 丸裸の御神木と、勇者の引退危機
旧校舎の裏庭に、パチン、という最後の剪定音が響いた。
「……おわ、った……」
陽奈がその場にへたり込む。
月明かりの下、彼女は高枝切りバサミを掲げ、満足げに笑った。
「見て、軍師くん! 全部の触手を落としてやったよ! これでもう、誰も襲われない!」
「……ああ。ミッションコンプリートだ。早く帰って寝よう。明日は平日だぞ」
「うん! あー、スッキリした!」
俺たちは達成感に包まれながら、暗闇に佇む松の木の「全貌」を確認することなく、眠気眼で家路についた。
それが、間違いだった。
翌朝。
俺と陽奈は、重い瞼を擦りながら登校した。
校門をくぐり、旧校舎の方へ向かうと、そこには異様な人だかりができていた。
「あれ? なんか騒がしいね?」
「……なんだ。事件か?」
陽奈が不思議そうに首をかしげる。
俺たちは人混みをかき分け、最前列へと進み出た。
「あ……」
陽奈の声が漏れた。
そこには、昨夜俺たちが戦った「松の木」があった。
いや、「あった」と表現するのは正しくないかもしれない。
幹から伸びる太い枝は辛うじて残っているものの、そこにあるはずの小枝や葉が、極限まで削ぎ落とされていた。
枝の先端にだけ、申し訳程度の緑の束がちょこんと残されている。
その姿は、威厳ある「松」ではない。
毛を刈りすぎたプードルか、あるいは緑のポンポンを持った巨大なサボテンだ。
「剪定」という言葉の限界を超えた、あまりにも寒々しい「スカスカ状態」だった。
「ひ、ひどい……! 誰がこんなことを……!」
木の根元で、園芸部の女子生徒が泣き崩れていた。
彼女は、見るも無惨な姿になった松の木にすがりついている。
「ウチの部で代々見守ってきた『長寿の松』が……! こんな貧相な姿にぃぃぃっ!?」
「こりゃひでぇな……」
「枯れはしないだろうけど、みっともねぇ……」
周囲の生徒たちも、同情と呆れの混じった声を上げている。
もちろん、誰も犯人が俺たちだとは気づいていない。
だが、その事実こそが、陽奈の心臓を鋭く抉った。
「……やり、すぎた……?」
陽奈の顔から、サァーッと血の気が引いていく。
彼女の脳裏に、これまでの「戦果」が走馬灯のように駆け巡った。
――塗装ごと削り取られ、コンクリートが剥き出しになった渡り廊下。
――歴史あるサビを失い、成金趣味の金ピカになった銅像。
――そして、見るも無惨な姿になった松の木。
三戦全敗。いや、三戦全壊。
良かれと思ってやったことが、すべて裏目に出ている。
「あ……あぁ……」
陽奈はその場に崩れ落ちそうになり、慌てて俺が支えた。
彼女の手は氷のように冷たい。
「違う……。私は、みんなに喜んでもらいたくて……。役に立ちたくて……」
「お、おい、天道。しっかりしろ」
「……ごめんなさい……」
陽奈の目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。
「壁を壊し……銅像を安っぽくし……木を殺した……。私は英雄じゃない……」
彼女は掠れた声で、自分自身に烙印を押した。
「……ただの、破壊神だ……」
その言葉は、あまりにも重かった。
俺は周囲を警戒しながら、小声で必死にフォローを入れた。
「ま、待て! よく見ろ! 風通しは最高に良くなったぞ! 日当たりも良好だ! 光合成効率がアップするはずだ!」
俺は必死にゲーム的メリットを力説した。
だが、今の彼女には何の慰めにもならなかった。
「……私なんて……私なんて……」
完全に心がポッキリと折れていた。
もはや再起不能寸前。
騒然とする生徒たちの中で、ただ二人、真実を知る俺たちは、かつてないほどのどん底の空気に包まれていた。




