第40話 連続する失敗(バグ)と、最後の砦
放課後の部室。
そこは、お通夜のような静寂に包まれていた。
「……もう、ダメだ……」
部屋の隅っこ、一番暗い場所で、天道陽奈が小さくなっていた。
体育座りで膝に顔を埋め、その背中からは目に見えるほどの負のオーラが立ち昇っている。
比喩ではなく、本当に湿気でキノコが生えてきそうな落ち込みようだ。
「壁を削り……歴史を削り……。私が触れると、みんな壊れちゃう……。私は勇者じゃない……ただのクラッシャーだ……」
昨日の「金ピカ銅像事件」は、彼女の心に決定的なヒビを入れていた。
生徒たちの「趣味悪い」「ダサい」という言葉が、呪いのように彼女を蝕んでいるのだ。
「ぶ、部長……! 元気出してください! あの銅像、夜道でも目立って安全ですし……!」
「そ、そうだぜ! 魔除けになりそうな輝きだったじゃねぇか!」
クルミと金剛が必死に励ますが、陽奈はピクリとも動かない。
トレードマークのポニーテールは、干からびた野菜のように力なく垂れている。
……まずいな。
俺、笹木慧は腕組みをして天井を仰いだ。
このままでは、クエスト失敗どころか、お任せ部自体が空中分解しかねない。
俺は意を決して、陽奈の前にしゃがみ込んだ。
「……天道。いつまで腐っているつもりだ」
「ぐんしくん……。だって……私のせいで……」
「お前のせいじゃない。あれは『テクスチャのバグ』だ」
俺は断言した。
「てくすちゃ……?」
「そうだ。お前の研磨スキルが高すぎたせいで、銅像の表面データの読み込みエラーが起きたんだ。運営のレンダリング処理が追いつかず、デフォルトの『金色のポリゴン』が表示されちまっただけだ」
「……」
苦しすぎる言い訳だ。
だが、今の彼女に必要なのは真実ではなく、自分を許すためのロジックだ。
「クソゲーにはよくある挙動だ。お前の行動自体は間違っていない。ただ、システムが古くて対応できなかっただけだ」
「……ホントに? 私が壊したんじゃないの?」
「ああ。不可抗力だ」
陽奈がゆっくりと顔を上げる。
その瞳は赤く腫れ、いつもの力強い光は消え失せていた。
「……そっか。バグなら……仕方ない、のかな」
陽奈はフラフラと立ち上がった。
だが、その足取りは危なっかしい。
彼女はホワイトボードに残された、最後のターゲットを見つめた。
『千手のトレント』
「……次が、最後だね」
陽奈が消え入りそうな声で呟く。
「軍師くん。私……次も失敗したら、お任せ部を辞めるよ」
その言葉に、部室の空気が凍りついた。
「おい、天道……」
「私には、部長の資格なんてないもん。……みんなに迷惑かけて、学校も壊して……これ以上、私のワガママに付き合わせられないよ」
冗談ではない。本気だ。
彼女の瞳には、諦めの色が濃厚に漂っている。
……冗談じゃないぞ。
ここでコイツに辞められたら、俺の平穏な日常が戻ってくる……はずだが、胸の奥がざわついた。
ここまで巻き込んでおいて、勝手にバッドエンドで終わらせるつもりか。
そんなクソゲー、俺は認めない。
「……分かった」
俺は短く答えた。
「だが、辞めるのは全て終わってからにしろ。まだ最後のクエストが残っている」
「……うん」
「行くぞ。最後の戦いだ」
俺たちは部室を出た。
向かうは旧校舎裏。最後のターゲット『千手のトレント』が待つ場所だ。
(……絶対に成功させる)
俺は拳を握りしめた。
壁、銅像と続いてきた失敗。
この流れを断ち切り、彼女に自信を取り戻させるには、完璧な勝利が必要だ。
俺は軍師としての全演算能力を、ただの「木の剪定」に注ぎ込む覚悟を決めた。




