第38話 血涙の銅像・攻城戦と、深夜のプロレス
夜の校舎中庭。
俺たちお任せ部は、懐中電灯の明かりを頼りにターゲットの前に対峙していた。
闇の中に浮かび上がるのは、創立者・西園寺厳三郎の銅像。
威厳あるカイゼル髭を蓄えたその顔からは、噂通り、不気味な赤い液体がツーッと流れ落ち、まるで血の涙を流しているように見えた。
「……くっ、なんて禍々しいオーラ……!」
陽奈がゴクリと喉を鳴らす。
彼女の手には、武器であるタワシと研磨剤のチューブが握りしめられている。
「みんな、気をつけて! あいつと目が合ったら石にされるよ! 視線を合わせずに接近戦に持ち込む!」
陽奈が小声で指示を飛ばす。
前回の「壁破壊」のトラウマがあるのか、その表情は真剣そのものだ。
「いくよ……! 作戦開始!」
陽奈が地面を蹴った。
彼女は正面からは向かわず、素早い動きで銅像の背後へと回り込む。
「死角だぁっ!」
タンッ! と台座を蹴り、陽奈が宙を舞う。
そして、創立者の広い背中にガシッと飛びついた。
「とったぁぁぁっ! スリーパー・ホールドッ!!」
陽奈の右腕が銅像の首に巻き付き、左手でガッチリとロックする。
完璧な絞め技だ。
しかし、彼女が握っているのはタワシである。
「大人しくしろ悪霊め! その汚れた涙を拭ってやる!」
ゴシゴシゴシゴシッ!!
陽奈はヘッドロックの体勢で銅像を締め上げながら、もう片方の手で顔面のペンキ汚れを猛烈な勢いで擦り始めた。
創立者の首がミシミシと悲鳴を上げている気がするが、気のせいだろうか。
「おう! 下半身は俺が抑える!」
続いて金剛が突撃した。
彼はまるでラグビーのタックルのように、銅像の脚部に肩からぶつかっていく。
「逃がさねぇぞ! 足腰を砕いてやる!」
金剛は銅像の太ももにしがみつくと、金属ブラシを取り出し、これまた全力でスネの部分を削り始めた。
ガリガリガリガリッ!
静かな夜の中庭に、金属同士が擦れ合う激しい音が響き渡る。
「……」
俺は少し離れた場所で、懐中電灯係としてその光景を照らしていた。
光の中に浮かび上がるのは、偉人の首を絞める美少女と、偉人の足にタックルするヤンキー。
客観的に見て、これは「掃除」ではない。
「創立者への集団リンチ」だ。警備員が見たら一発で通報案件だろう。
「くっ……! こいつ、暴れるよ!」
陽奈が歯を食いしばって叫ぶ。
いや、銅像は微動だにしていない。お前が揺らしているだけだ。
「さっすがガーゴイル……! 防御力が桁違いだ! 全然削れない!」
「部長! こっちもだ! 鋼のような筋肉してやがる!」
二人は汗だくになりながら叫ぶ。
そりゃそうだ。相手は青銅だ。壁の塗装とは硬度が違う。
だが、その勘違いが功を奏していた。
陽奈は「壊してしまうかもしれない」という恐怖を忘れ、「全力を出さないと勝てない」という思考に切り替わっている。
「負けるもんかぁぁぁ! 私のタワシ・ナックルでぇぇ! 浄化してやるぅぅぅ!」
陽奈の腕が加速する。
摩擦熱で煙が出そうなほどの猛連打。
その気迫に押されるように、頑固にこびりついていた赤いペンキが、少しずつ、しかし確実に剥がれ落ちていく。
ある意味、最強の洗浄機だ。
俺は心の中で「南無」と創立者に合掌しつつ、バケツの水を用意した。




