第37話 軍師の慰めと、次なる標的
放課後の部室。
そこには、どんよりとした雨雲のようなオーラが漂っていた。
「……私は勇者失格だ……ただの破壊神だ……」
部屋の隅っこで、天道陽奈が体育座りをしている。
膝に顔を埋め、ブツブツとネガティブな言葉を呪詛のように繰り返していた。
自慢のポニーテールは重力に負けてダラリと垂れ下がり、まるで萎れた観葉植物のようだ。
「壁を直すつもりが……削り取っちゃった……。先生たち、困ってた……。私のせいで……」
昨日の「ミミック討伐事件」のショックは、予想以上に深刻だった。
普段のポジティブさが嘘のように、彼女のメンタルは底値を更新し続けている。
クルミがオロオロしながら「あ、あの……元気出してくださいぃ……」と声をかけるが、陽奈の耳には届いていない。
……まったく。
俺はため息をつき、彼女の隣にしゃがみ込んだ。
ここでリーダーが潰れてもらっては困る。まだクエストは残っているのだ。
「……天道。顔を上げろ」
「ぐんしくん……。私、もうダメかも……。力の制御ができない……」
「気にするな。あれはお前のミスじゃない」
俺は淡々と言った。
「あれは『バグ』だ」
「……え? バグ?」
陽奈が少しだけ顔を上げる。
「そうだ。昨日の壁だが、汚れと壁の『当たり判定』が重なっていたんだ。システム側の設定ミスだよ」
「……せってい、みす?」
「ああ。お前の攻撃力が高すぎたせいで、物理エンジンが誤作動を起こして、テクスチャごと剥がれる処理になっちまったんだ。運営の設計が甘かっただけだ」
俺はもっともらしい顔で、デタラメなゲーム理論を並べ立てた。
普通なら「なわけあるか」と一蹴される言い訳だ。
だが、単純な彼女には効果てきめんだった。
「そ、そうなんだ……。私のせいじゃなくて、バグのせいなんだ……?」
「そうだ。クソゲーにはよくある理不尽な挙動だ。プレイヤーが気に病む必要はない」
陽奈の瞳に、少しだけ光が戻る。
そこへ、空気を読んだ(?)金剛が、ドカッと足を踏み鳴らして近づいてきた。
「おう、そうだぜ部長。それに、次はもっと気楽にいける」
「……次?」
「第二のターゲット、『血涙のガーゴイル』だ」
金剛はニヤリと笑い、自分の拳をバシッと叩いた。
「あいつは石と青銅の塊だ。壁みてぇな柔な塗装じゃねえ。……つまり、どんだけ削っても『剥がれねぇ』ってことだ」
「……!」
「いくらでも力任せに磨けるぞ。削り放題だ」
なんという脳筋理論。
だが、その言葉は陽奈の心にクリティカルヒットしたらしい。
「き、金属なら……剥げない?」
「ああ。むしろ磨けば磨くほど輝くはずだ」
「そっか……。そうだよね! 金属だもんね!」
陽奈がガバッと立ち上がった。
垂れ下がっていたポニーテールが、ピョコンと上を向く。
「バグなら仕方ない! 次は金属相手なら、私のフルパワーでも大丈夫だね!」
陽奈はパンパンと頬を叩き、無理やり笑顔を作った。
「よーし! リベンジだよ! 待ってろガーゴイル! 今度こそ完璧に討伐してやるんだから!」
いつもの元気な声が戻る。
クルミも「よ、よかったですぅ!」と安堵し、金剛も満足げに頷く。
だが。
俺は見てしまった。
拳を突き上げる陽奈の手が、微かに震えているのを。
(……まだ、怖がっているな)
無理にテンションを上げているが、失敗の恐怖は消えていない。「また壊してしまうかもしれない」という不安が、その小さな背中に張り付いている。
それでも前に進もうとする姿は立派だが……この危うさが、次の悲劇を生まなければいいのだが。
一抹の不安を抱えつつ、俺たちは夜の帳が下りるのを待って、中庭へと向かうことにした。




