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第36話 剥がれた結界(塗装)と、白すぎる敗北

 洗剤まみれでツルツル滑る渡り廊下。

 そこは、お任せ部と『嘆きの壁(ミミック)』の死闘の場と化していた。


「くっ……! こいつ、硬い! 防御力が高いよ!」


 陽奈がスクレイパーを壁に押し当てながら叫ぶ。

 足元が滑るせいで踏ん張りが効かず、攻撃が上滑りしているのだ。


「粘液でこちらの体勢を崩しつつ、硬化して耐えるなんて……! さすがは中ボス級だよ!」

「いや、コンクリートだからな。硬くて当たり前だ」


 俺は滑らないようにソロリソロリと歩きながらツッコミを入れるが、戦闘モードの陽奈には届かない。

 彼女は焦っていた。このままでは時間切れになる。

 陽奈の瞳に、決死の覚悟が宿った。


「金剛くん! 私を支えて!」

「おう! 任せろ!」


 金剛が四つん這いになり、人間車止めとなる。

 陽奈はその背中に足をかけ、ガッチリと踏ん張った。


「ありがとう! これなら全力が出せる!」


 陽奈がスクレイパーを両手で握りしめ、大きく振りかぶる。

 全身のバネを使い、一点突破の突きを繰り出す構えだ。


「この一撃で……その分厚い殻(よごれ)を貫くっ!」

「おい待て、嫌な予感がする! 力加減を――」


 俺の制止は遅かった。


「必殺! ギガント・スクレイパー・ブレイクッ!!」


 ドゴォッ!!

 まず、壁に鈍い衝撃音が響いた。

 続いて、耳を覆いたくなるような破壊音が轟く。


 ガリガリガリガリガリッ!!

 陽奈の怪力が乗った金属ヘラが、壁の表面を深々と抉りながら走る。

 黒ずんだ手形も、長年の汚れも、それらは一瞬で消し飛んだ。


 だが、それだけでは止まらなかった。

 バリバリバリッ!


 「あっ」


 誰かが声を上げた。

 スクレイパーが通り過ぎた後。

 そこには、汚れ一つない綺麗な面が現れていた。


 ……あまりにも、綺麗すぎた。

 クリーム色だった塗装は完全に剥ぎ取られ、無機質で冷たい灰色の下地(コンクリート)が、生々しく露出していたのだ。

 それはまるで、皮膚を削ぎ落とされた傷跡のようだった。


「…………え?」


 陽奈が動きを止める。

 廊下に静寂が戻る。

 ポタ、ポタと、スクレイパーの先から塗装の破片が落ちる音だけが響く。


「おぉ……すげぇ威力だ。汚れごと根こそぎイきやがった」


 金剛が感心したように唸る。

 しかし、陽奈の顔色は見る見るうちに青ざめていった。


「あ……あ……」

 彼女は震える手で、剥き出しになったコンクリートに触れた。

 ザラザラとした感触。

 それは紛れもなく、「破壊」の証拠だった。


「や、やっちゃった……」


 陽奈がへなへなと座り込む。


「汚れだけ落とすつもりが……壁ごと……学校の備品を……」

「……まあ、手形(ミミック)は消滅したな。物理的にな」


 俺は努めて冷静に言ったが、現場の惨状は隠しようがなかった。

 廊下の一角だけ、爆撃を受けたかのように塗装が剥げている。

 これは「掃除」ではない。「工事」だ。



 翌日。

 渡り廊下には人だかりができていた。


「おい見ろよこれ」

「うわっ、壁が抉れてる」

「老朽化か? それとも誰かがやったのか?」


 通りかかった教師が、腕組みをして渋い顔をしている。


「むぅ……これは酷い。修繕が必要だな。一体誰がこんな乱暴なことを……」


 その様子を、少し離れた柱の陰から覗いている人影があった。


 天道陽奈だ。

 昨日の覇気は完全に消え失せ、ポニーテールは地面に着きそうなほど垂れ下がっている。

 彼女はどんよりとしたオーラを纏い、蚊の鳴くような声で呟いた。


「……討伐、失敗だ……」


 彼女はガックリと項垂れた。


「モンスターは倒したけど……(学校)まで壊しちゃった……。これじゃ勇者じゃないよ……ただの破壊神だよぉ……」


 ミミック討伐戦。

 結果:敵の殲滅には成功したが、甚大な被害(器物損壊)により、陽奈のメンタルは大破した。

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