第34話 雨上がりの夕焼けと、帰りたくない背中
場内が明るくなり、エンドロールと共に照明が戻る。
俺の長かった「精神修行」も、ようやく終わりを告げた。
「……ん、ふぁ……っ!」
隣で、陽奈がビクッと体を震わせて跳ね起きた。
キョロキョロと周囲を見渡し、最後に俺と目が合う。
彼女は一瞬で状況を理解したのか、慌てて背筋を伸ばし、キリッとした表情を作った。
「す、すごかったね! 最後の大爆発! あんなのアリ!?」
「……ああ。凄かったな」
「主人公がさ、こう、マシンガンをドコドコ撃って! 迫力満点だったね!」
必死に感想を述べているが、彼女が見ていたのは夢の中の爆発だろう。
俺はため息をつき、自分の右頬を指差した。
「……天道。ここ」
「え?」
「跡、ついてるぞ。あと、ちょっとヨダレも」
「うそっ!?」
陽奈は顔を真っ赤にして、ゴシゴシと頬を拭った。
その狼狽えっぷりが、映画のどのシーンよりも面白かったことは、俺だけの秘密にしておこう。
映画館を出て、ショッピングモールの出口へ向かう。
自動ドアを抜けると、そこには劇的な光景が広がっていた。
「わあ……っ」
陽奈が声を上げる。
数時間前まで世界を叩きつけていた豪雨は嘘のように上がり、西の空が燃えるような茜色に染まっていた。
雨上がりの澄んだ空気。
濡れたアスファルトや水たまりが、夕焼けのオレンジ色を反射して、街全体がキラキラと輝いている。
「きれい……」
「ああ、悪くないヴィジュアルだ」
俺たちは並んで駅への道を歩き始めた。
歩道橋の上、伸びる二つの影。
行きよりも歩くスピードが遅いのは、きっと気のせいじゃない。
「……ねえ、軍師くん」
「ん?」
「楽しかったね、今日」
陽奈がぽつりと呟く。
「服も買えたし、お弁当も食べてくれたし、映画も見れたし……」
「……雨にも降られたけどな」
「あはは、それもイベントだよ!」
彼女は笑うが、その声にはいつもの弾けるような勢いがない。
祭りのあとの静けさ。
ゴールデンウィークという「非日常」が終わってしまう寂しさが、二人の間に漂っていた。
駅前の交差点が見えてくる。
あそこで別れれば、明日の朝まで会うことはない。
いつもなら「じゃあな」と手を振って終わるだけの場所が、今日だけは妙に高い壁のように感じられた。
信号が赤に変わる。
俺たちは立ち止まった。
「……明日から、学校だね」
「ああ。課題、終わってるか?」
「うっ……数学がまだかも」
他愛のない会話。
けれど、会話が途切れるたびに、沈黙が重く、そして甘く降り積もる。
左肩には、まだ彼女の頭の重みと温もりが、微かに残っている気がした。
信号が青になる。
けれど、陽奈は足を踏み出さなかった。
「……ねえ、軍師くん」
彼女がくるりと振り返る。
逆光。
燃えるような夕陽を背負った彼女の輪郭が、黄金色に輝いて見える。
影になったその表情は、少しだけ泣きそうで、でも精一杯の笑顔を作っていた。
「GW、付き合ってくれてありがとう。……最高の連休だったよ」
「……俺もだ。退屈はしなかった」
素直じゃない俺の言葉に、陽奈はふふっと笑った。
そして、一歩後ろに下がる。
「じゃあ……また明日、学校でね!」
「ああ。……遅刻するなよ」
「しないもん! 軍師くんこそ寝坊しないでよね!」
陽奈は大きく手を振ると、ポニーテールを夕風になびかせて、通りの方へと駆けていった。
一度だけ振り返り、もう一度手を振って、人混みの中へと消えていく。
俺は一人、交差点に残された。
周囲の喧騒が戻ってくる。
だが、俺の胸の中には、彼女が残していった鮮烈な色彩と温度が、確かに刻まれていた。
「……『退屈しなかった』、か」
我ながら低い評価だ。
俺は自分の左肩にそっと触れた。
そこには、まだ微かに熱が残っているような気がした。
「……訂正するか。人生にしては、悪くないイベントだったな」
俺は小さく呟き、夕焼けに染まる空を見上げた。
明日になれば、また日常が始まる。
あいつがいて、お任せ部があって、騒がしい日々が。
それが少しだけ楽しみだと感じている自分に苦笑しながら、俺は家路についた。
こうして、俺と暴走ポニーテールのゴールデンウィークは、静かに幕を下ろした。
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