第33話 スリープモード(爆睡)と、重なる体温
ドゴォォォォォン!!
ダダダダダダダッ!!
スクリーンの中では、筋肉ダルマの主人公が、ロケットランチャー片手に敵の要塞を壊滅させていた。
爆発。銃撃。また爆発。
『爆筋都市5』の名に恥じぬ、IQの低いドンパチ映画だ。
本来なら、俺のような男子高校生は大喜びする展開のはずだ。
だが。
上映開始から15分。
俺の意識は、スクリーンではなく、左隣の存在に完全に奪われていた。
(……静かすぎる)
さっきまで「うおおっ!」とか「あぶなっ!」とか小声でリアクションしていた陽奈が、ここ数分、ピクリとも動かない。
ふと、横目でチラリと見る。
カクン。
陽奈の頭が、船を漕いでいた。
まぶたが重そうに閉じかけ、頭が前に倒れては、ハッと気づいて戻す。
その繰り返しだ。
(……限界か)
無理もない。
彼女は今日のために、朝四時に起きて弁当を作ったと言っていた。
さらに、俺との「殺人バドミントン」で体力を使い果たし、雨の中を全力疾走したのだ。
暗い部屋、座り心地の良い椅子、そして満腹感。
このコンボに耐えられるはずがない。
カクン、カクン……。
揺れが大きくなっていく。
スクリーンでは主人公が「死ぬなァァッ! 起きろォォッ!」と叫んでいるが、こちらのヒロインは今まさに永い眠りに入ろうとしていた。
そして。
その瞬間は、スローモーションのように訪れた。
ぐらり、と陽奈の上体が大きく右に傾いた。
「……あ」
俺が声を出す間もなかった。
コテン。
柔らかい感触と、確かな重みが、俺の左肩に乗った。
「……ッ!!」
俺の体は石像のように硬直した。
陽奈の頭だ。
彼女のサラサラした髪が、俺の首筋や頬をくすぐる。
パーカー越しに、彼女の体温がじわりと伝わってくる。
(お、おい……嘘だろ……?)
動けない。
もし動けば、彼女を起こしてしまう。
俺は視線だけを、恐る恐る左下に向けた。
そこには、無防備すぎる寝顔があった。
長いまつ毛が頬に影を落としている。
いつも元気よく動いている唇が、今は少しだけ開いていて、そこから規則正しい寝息が漏れていた。
スー、スー……。
安らかなリズム。
スクリーンで爆弾が爆発しようが、ビルが倒壊しようが、彼女の世界は平和そのものだ。
甘い。
さっきまでのポップコーンの匂いなんて比じゃない。
彼女の髪から漂うシャンプーの香りが、至近距離から俺の嗅覚を占領する。
柑橘系のような、フローラルのような……女の子特有の、柔らかい香り。
それが、吸い込むたびに脳髄を痺れさせていく。
(……落ち着け。ただの睡眠現象だ。物理的な接触にすぎない)
俺は必死に自分に言い聞かせ、スクリーンの銃撃戦に集中しようとした。
だが、無理だ。
肩にかかる心地よい重みが、「今、君の隣にいるよ」と主張し続けている。
俺の心臓は、映画の重低音よりも激しく暴れ回っていた。
ドクン、ドクン、ドクン。
うるさい。この音が、肩を通して彼女に伝わってしまうんじゃないかと本気で心配になるレベルだ。
ふにゅ。
陽奈が寝心地を調整するように、俺の肩に頬を擦り付けた。
その仕草が、飼い主に甘える猫のようで。
「……っ」
俺は奥歯を噛み締め、シートの肘掛けを握りしめた。
可愛い。
悔しいけれど、どうしようもなく可愛い。
普段の「軍師くん!」と元気に引っ張っていく姿とのギャップ。
俺の隣で、俺を信頼しきって眠る、無防備な姿。
俺は小さく息を吐き、強張っていた体の力を少しだけ抜いた。
彼女が起きないように。彼女の枕として、最適な硬度を保てるように。
(……残り、1時間45分か)
これは「映画鑑賞」ではない。
理性を保ち、鼓動を悟られず、彼女の安眠を守り抜くための、過酷な「精神修行」だ。
スクリーンの中のヒーローは世界を救うために戦っているが、俺はこの甘い重みと戦わなければならない。
俺は暗闇の中、微動だにせず、ただひたすらに耐え続けた。
肩に感じる温もりが、生涯忘れられない記憶になることを予感しながら。
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