第31話 通り雨の襲来と、映画館への緊急退避
ザァァァァァッ!!
世界が白く染まるほどの豪雨だった。
天気予報ハズレすぎだろ。これは「雨」じゃない。「ワールドイベント大洪水」だ。
「わああっ! 冷たっ! 軍師くん、走って走って!」
「分かってる! 転ぶなよ!」
俺たちは公園の芝生を蹴り、道路を横断して、目の前にそびえ立つショッピングモールを目指した。
アスファルトを叩く雨粒が、足元から跳ね返ってくる。
視界が悪い。だが、陽奈はあの巨大リュックを背負っているとは思えないスピードで駆けていく。
「入り口、あそこだよ!」
「了解! ……っ、あと少し!」
自動ドアが見えた。
俺たちは滑り込むようにして、店内へと飛び込んだ。
「……っ、ふぅー! セーフ!」
陽奈が大きく息を吐き、濡れた前髪をかき上げる。
店内は冷房が効いていて、走り火照った体にひんやりとした空気が張り付く。
周囲には、同じように雨宿りで逃げ込んできた人々が数名いた。
「酷い目に遭ったな……」
「へへ、びしょ濡れだね」
俺たちは互いの姿を見て、苦笑した。
俺のパーカーは水を吸って重くなり、陽奈のオーバーオールも色が変わるほど濡れている。
ポニーテールがしっとりと濡れ、水滴が彼女の瑞々しい首筋を伝って落ちていくのが見えた。
「……っ」
俺はとっさに視線を逸らした。
雨に濡れた女子というのは、なぜこうも……防御貫通性能が高いのか。
Tシャツが肌に張り付いているのを見てはいけない。俺は紳士だ。
「あ、そうだ! 軍師くん、じっとしてて!」
陽奈がリュックを下ろし、ガサゴソと中身を漁り始めた。
取り出したのは、ふかふかの大きなフェイスタオルだ。
「じゃーん! 持っててよかった救急セット……の横に入ってたタオル!」
「準備良すぎだろ。ド◯えもんかお前は」
「はい、まずは軍師くんから!」
陽奈はタオルを広げると、俺の頭にバサッと被せた。
そして、ワシャワシャと力強く拭き始めた。
「ちょ、痛い! 力が強い!」
「じっとしてて! 風邪引いちゃうでしょ!」
彼女の手が、タオル越しに俺の頭を包み込む。
近い。
雨の冷たい匂いと、彼女の甘い体臭が混ざり合って、鼻腔をくすぐる。
されるがままになりながら、俺の心臓は早鐘を打っていた。
「……よし! 次は私!」
陽奈は俺からタオルを取ると、今度は自分の顔や髪を拭き始めた。
無防備だ。俺が使ったタオルをそのまま使うことに、何の躊躇もないのか。
俺は赤くなりそうな顔を隠すように、スマホを取り出して天気予報アプリを開いた。
「……ダメだ。雨雲レーダーが真っ赤だぞ。あと二時間は止まない」
「えー、うそぉ。外で遊べないじゃん」
陽奈が濡れた髪を拭きながら、残念そうに唇を尖らせる。
せっかくのGW最終日。このまま入り口で雨宿りして終了というのは、あまりに味気ない。
俺はふと、館内マップに目をやった。
「……天道。ここ、三階に映画館があるぞ」
「え?」
「雨が止むまで二時間。映画一本分だ。……どうする?」
俺の提案に、陽奈の目が輝いた。
「見る! 映画館行きたい!」
「よし、なら善は急げだ。席が埋まる前に移動するぞ」
俺たちは濡れた服を少し気にしながらも、エスカレーターで三階へと向かった。
映画館のロビーは、薄暗く落ち着いた照明に包まれていた。
キャラメルポップコーンの甘く香ばしい匂いが漂っている。
「さーて、何を見るか……」
俺たちは壁一面に貼られたポスターの前に立った。
ラインナップは豊富だ。だが、この「男女二人」というパーティ編成において、映画選びは地雷原を歩くようなものだ。
「あ、これとかどう? 『放課後はつ恋日記』!」
陽奈が指差したのは、制服姿の男女が背中合わせに立っている、キラキラした青春恋愛映画だった。
キャッチコピーは『君の涙で、世界は色づく』。
「……却下だ」
「えー、なんで? 人気だよ?」
「恋愛シミュレーションを見るのは好きだが、リアルの恋愛映画は直視できない。それに、隣でお前が大号泣したら俺の処理落ちが確定する」
「うっ……たしかに、予告編だけで泣きそう」
陽奈は素直に引き下がった。危ないところだった。気まずさで死ぬところだ。
「じゃあ、こっちは?」
次に彼女が目をつけたのは、薄暗い井戸から白い手が伸びているポスター。『呪いの古井戸・増量版』。
「……おい。お前、オバケ耐性はマイナスだろ」
「だ、だいじょうぶだよ! 映画だし! それにホラー映画って、吊り橋効果? とかあるし!」
「震えてるぞ」
「……やっぱやめよ。物理攻撃が効かない敵はクソゲーだもんね」
陽奈はポスターを見ただけで青ざめて後ずさった。園芸倉庫でのトラウマが蘇ったらしい。
「もっとこう、分かりやすいのがいいなー。頭使わなくて、スカッとするやつ!」
「頭使わない、か……。なら、これ一択だな」
俺が指差した先には、燃え盛るビルを背景に、ムキムキの男がマシンガンをぶっ放しているポスターがあった。
タイトルは『爆筋都市5 メガトンマッスル・クライシス』。
キャッチコピーは『爆発! 筋肉! マッハ3!!』。偏差値2くらいの語彙力だ。
「おおーっ! 爆発!」
陽奈の目が輝いた。
「これだよ軍師くん! この人が悪党をドカンとやるやつだよね!」
「ああ。ストーリーは恐らく『敵を倒す』、それだけだ。IQ3でも理解できる神ゲー仕様だ」
「最高じゃん! これにしよ!」
即決だった。
恋愛要素なし、複雑な伏線なし、あるのは火薬と筋肉のみ。
俺たち「お任せ部」のデート(仮)にはお似合いの作品だ。
チケットを購入し、上映開始時間を待つ。
外の豪雨が嘘のような、静かで特別な空間。
俺たちは「シアター4」の扉をくぐり、暗闇の中へと足を踏み入れた。
これが、GW最後のイベント。
そして、俺の理性が試される「精神修行」の始まりだった。




