第3話 最初のクエスト発生と、情報収集(聞き込み)という無理ゲー
部室の入り口に立っていたのは、園芸部のジャージを着た一年生の男子だった。
彼は縋るような目で俺たち――いや、正確には俺の隣でふんぞり返っている天道陽奈を見つめた。
「た、助けてください! 出たんです……!」
悲痛な叫びと共に語られた内容は、こうだ。
ここ数日、夕暮れ時の校庭にある園芸用倉庫の裏から、「ヒュゥゥゥ……」という不気味な呻き声が聞こえるらしい。
さらに、昨日の夕方、水やりに残っていた部員が、闇の中にフワフワと浮く白い人影を目撃。
その部員はショックで高熱を出して寝込んでしまったという。
「……なるほど。園芸倉庫の白い影、ね」
話を聞き終えた陽奈が、腕組みをして頷く。
そのポニーテールが、興味津々といった様子でピョコンと跳ねた。
「来たー!! 最初のクエスト発生だよ軍師くん!」
「いや、俺はパスで。話を聞く限り、ただの疲労による幻覚か、見間違いだろ」
俺は即座に却下した。
オカルトなんて非科学的なバグはこの世に存在しない。もし存在するなら、運営の設計ミスだ。
それに、そんな面倒なことに関わっている暇があったら、イベント周回をしたい。
「そんなこと言っていいの? 一年生がこんなに怯えてるんだよ! ここを解決すれば、『お任せ部』の名が一気に広まるよ! 銅像への第一歩だよ!」
「銅像は諦めろ」
俺は冷たく言い放つが、陽奈は聞く耳を持たない。
彼女は依頼人の一年生に向き直り、ガシッとその肩を掴んだ。
「安心して! この天道陽奈と、優秀な軍師が解決してあげるから!」
「ほ、本当ですか先輩!?」
「待て、勝手に引き受けるな。俺は許可してないぞ」
俺が抗議すると、陽奈は「むぅ」と頬を膨らませた。
それから、何かを閃いたような顔で一年生に向かって言った。
「ねえ君、園芸部だよね? 何か美味しいもの持ってない?」
「えっ?」
「軍師くんを動かすには、『報酬』が必要なの!」
……俺を傭兵か何かだと思ってるのか。
一年生は慌ててジャージのポケットを探り、ビニール袋を取り出した。
「あ、あの……今日収穫したばかりの『朝採れイチゴ』なら……形が悪くて市場に出せないやつなんですけど」
「イチゴ!」
俺の眉がピクリと動いた。
甘酸っぱい香り。ビタミンC豊富。回復アイテムとしては上質だ。
陽奈がニヤリと笑い、俺にその袋を突きつけてくる。
「どう? 軍師くん。クエスト報酬は『完熟イチゴ(山盛り)』だよ?」
「……ふん」
俺はスマホの電卓を弾くフリをして、軽く計算した。
市場価格にして約500円相当。労力に見合うかは微妙だが、初期クエストの報酬としては悪くない。
何より、断れば陽奈がうるさいだろうし、この依頼人の目はマジだ。
「……わかった。商談成立だ」
「やったあ! 交渉成立だね!」
陽奈が依頼人の手をブンブンと振る。
……まったく。イチゴで釣られる軍師なんて聞いたことがない。
「本当にありがとうございます! よろしくお願いします!」
一年生は俺たちに深々と頭を下げると、イチゴの袋を置いて、安心した様子で走り去っていった。
部室に残されたのは、俺と陽奈、そして甘酸っぱい香りのイチゴだけだ。
「……はぁ」
俺は一つため息をつき、気持ちを切り替えた。
引き受けた以上は、手は抜かない。中途半端なプレイはゲーマーの恥だ。
俺はパイプ椅子から立ち上がり、ホワイトボードの前に立った。
「いいか天道。RPGの基本だが、いきなりダンジョンには突っ込まない。まずは『情報収集』だ」
「じょうほうしゅうしゅう?」
「そうだ。その噂がどこまで広がっているのか、他にも目撃者がいないかを確認する。情報の裏付けを取るんだ」
俺は部室を出て、廊下を指差した。
「ちょうどそこに、二年生の女子グループがいるな。彼女たちから話を聞くぞ」
「おっ、了解! じゃあ軍師くん、お手本見せてよ!」
「……は?」
陽奈に背中をバン! と叩かれ、俺は女子グループの前に押し出された。
三人組の女子生徒が、怪訝な顔でこちらを見ている。
ヤバい。
俺の対人スキルは『威圧感』ゼロ、『挙動不審』マックスだ。特に女子という生き物は、俺にとって別次元の種族に等しい。
アホの子の天道ならともかく、普段全く会話のない女子に声を掛けるなど、どう考えても無理ゲーだった。
「あ、あ、あの……そ、その……」
喉が張り付く。視線が泳ぐ。
冷や汗が背中を伝う。
女子Aが「え、なにこいつ……キモ」と小声で囁いたのが聞こえた。
HPゲージが一瞬でレッドゾーンに突入した。
「……む、無理だ。撤退する」
「もう! 何やってんの軍師くん! 見てて!」
俺が白旗を上げた瞬間、陽奈が風のように割り込んだ。
「やっほー! ねえねえ、みんな! 最近さ、園芸倉庫の方で変な噂とか聞いてない? なんでもいいから教えてくれない?」
女子たちは一瞬驚いたが、すぐに表情を緩めた。
「あ、天道さんだ! 噂って、あのお化けの話?」
「そうそう! やっぱ有名なの?」
「有名だよー! 隣のクラスの子も見たって言ってたし!」
「マジで!? 詳しく聞かせて! あ、これお礼のアメちゃんあげる!」
陽奈はポケットから飴玉を取り出し、餌付けしつつ情報を引き出していく。
その手腕たるや、手練れの交渉人のようだ。
わずか三分後。陽奈は大量の情報を抱えて戻ってきた。
「軍師くん、取れたよ! 『風が強い日に出る』『時間は18時前後』『白い煙みたいだった』って!」
陽奈がVサインをする。ポニーテールが得意げに左右に揺れている。
「……ふふっ」
不意に、陽奈が俺の顔を覗き込んで笑った。
「なんだよ、気持ち悪い」
「いやー、なんかさ。私と軍師くんって、実は『最強の相棒』になれるんじゃないかなーって思って!」
「……何言ってんだ」
「だって、私ができないことを君がやって、君ができないことを私がやる。パズルのピースみたいにピッタリじゃん!」
陽奈はニカッと笑い、一歩距離を詰めてきた。
近い。瞳が真っ直ぐすぎる。
「私ね、カンだけはいいの。だからわかるよ。君を選んで正解だったって!」
ドキン。
心臓が不格好に跳ねた。
選んで正解。最強の相棒。
そんな歯の浮くようなセリフを、こいつは本気で言っているのだ。
「……バーカ。調子に乗るな。まだクエストは終わってないぞ」
俺は照れ隠しに顔を背け、早足で歩き出した。
背中越しに、陽奈の楽しそうな笑い声が聞こえる。
まったく、調子が狂う。これだから陽キャは苦手なんだ。
「よし、情報は揃った。……行くぞ、天道。現地調査だ」
「ラジャー! 悪霊退散だよ!」
俺たちは夕暮れの廊下を並んで歩き出したのだった。




