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第28話 お弁当クエスト発生と、決死のピクニック

 5月6日。ゴールデンウィーク最終日。

 世間一般の学生にとっては、「明日から学校か……」と憂鬱になる日だろう。


 だが、俺・笹木慧にとっては違う。


 今日は、俺の生命活動が維持できるかどうかの瀬戸際――『決戦の日』だ。

 俺は自室(聖域)の鏡の前で、装備の最終確認を行っていた。


「……胃腸薬A(攻撃力ダウン系)、整腸剤B(防御力アップ系)、そして水500ミリリットル」


 ポケットにねじ込んだのは、薬局で厳選した強力な胃薬たち。


 これはデートではない。デスゲームだ。


 先日、天道陽奈が宣言した「手作りお弁当」という名の、未確認物質(ダークマター)摂取ミッション。

 脳裏に焼き付いているのは、その際に彼女が放った『料理は火力と気合い!』という不穏なワードだ。


 舞台セットを蹴り壊し、人を物理的に吹き飛ばす彼女のステータスで生成される料理が、まともな可食物(アイテム)である保証はどこにもない。


「……行くか。生存(クリア)だけを考えろ」


 俺は遺書を書くような気持ちで、部屋を出た。


 

 待ち合わせ場所は、市内を流れる大きな川の河川敷にある「せせらぎ公園」。

 雲ひとつない快晴。絶好のピクニック日和だ。

 川面がキラキラと輝き、平和な光景が広がっている。


 その土手の上に、俺は立っていた。


「おーい! 軍師くーん!」


 遠くから、元気な声が聞こえた。

 俺は振り返り――そして、二度見した。


「……なんだ、あれは」


 陽奈が走ってくる。

 ポニーテールを揺らし、満面の笑みで。

 だが、その背中には、彼女の華奢な体躯に見合わない、超巨大な登山用リュックサックが鎮座していた。

 家出か? それともウ◯バー的な何かなのか?


「お待たせー! へへ、走ってきたから暑い!」


 俺の目の前で急停止した陽奈は、額にうっすらと汗を浮かべていた。

 今日の服装は、先日買ったばかりのオーバーオールにTシャツ。活動限界MAXのスタイルだ。


「……天道。その背中の質量(オブジェクト)はなんだ。僕らはヒマラヤにでも行くのか?」

「え? これ?」


 陽奈はよっこらしょ、とリュックを下ろした。


 ズズン……。

 地面から重低音が響いた。中身は鉛か?


「お弁当と、あと遊び道具! バドミントンにフリスビーに、サッカーボールも持ってきたよ!」

「トライアスロンでもする気か」

「だってGW最後だよ? 燃え尽きるまで遊ばなきゃ!」


 陽奈はニカッと笑うと、リュックから何かを取り出した。

 救急箱だ。しかも業務用のデカいやつ。


「あと、念のために救急セットも持ってきた!」

「……お前、自覚があるのか?」

「え? 運動して怪我した時のためだよ? 軍師くん、ひ弱そうだし」

「……そうだな。食後の腹痛(スリップダメージ)用じゃないならいいんだ」


 俺は安堵と不安が入り混じった溜息をついた。

 陽奈は俺の手を引いて、芝生の広場へと駆け出した。


「ここにしよ! 桜の木の下!」


 葉桜になった木の下に陣取る。

 陽奈がレジャーシートを広げようとした瞬間、川風が吹き抜けた。


 バサァッ!

 シートが風に煽られ、宙を舞う。


「ああっ! 待てー!」

「とぉっ!」


 陽奈がシートを追いかけてダイビングキャッチ。

 そのまま俺の足元にスライディングしてきて、勢い余って俺の脛をローキックする形になった。


「ぐはっ!?」

「あ、ごめん! 確保したよ!」

「……シートを敷くだけで、なぜダメージ判定が発生するんだ」


 前途多難だ。

 なんとかシートを固定し、俺たちは並んで座った。

 肩が触れそうな距離。陽奈からはほんのりと制汗スプレーの爽やかな香りがする。


「じゃーん! 見て見て!」


 陽奈が、リュックの底から風呂敷包みを恭しく取り出した。


「昨日の夜から仕込みして、今朝四時に起きて作ったんだよ!」

「よ、四時……?」

「うん! お姉ちゃんにレシピ聞いて、何回も練習したの!」

「……味見はしたのか?」


 俺が恐る恐る尋ねると、陽奈は自信満々に頷いた。


「もちろん! 何回も味見したよ! ……途中から舌がピリピリして味が分からなくなったけど、たぶん大丈夫!」

「おい待て。それは味見じゃない、人体実験だ」


 舌が痺れる料理とはなんだ。麻痺毒(パラライズ)か?

 俺の「危険察知スキル」が最大音量で警報を鳴らしている。

 風呂敷から漂ってくる匂いが……なんというか、香ばしい。いや、「焦げ臭い」と「酸っぱい」が同居したカオスな香りだ。


「これが『天道特製・勇者弁当』だよ! 元気が出る食材を全部ぶち込んだの!」

「ぶち込んだ、って言ったか今」

「さあさあ、オープン!」


 陽奈が風呂敷の結び目をほどく。

 俺はポケットの中の胃薬を強く握りしめた。

 パンドラの箱が開かれる。中から出てくるのは、希望か、絶望か。


(来い……! どんな暗黒物質でも、俺が受け止めてやる……!)


 俺の悲壮な覚悟を知ってか知らずか。

 陽奈は「せーのっ!」と楽しげに叫び、お弁当箱の蓋を高らかに開け放った。

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