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第26話 試着室のファッションショーと、見えざる会心の一撃

 ショッピングモール三階。

 そこは、俺のような陰キャ男子にとっては、魔王城の最深部よりも難易度の高いダンジョンだった。


 レディースファッションフロア。

 視界を埋め尽くすパステルカラー。漂う甘いフローラルな香り。

 そして、楽しそうに談笑しながら服を選ぶ、キラキラした女子たちの群れ。


「……帰りたい」


 俺はショップの入り口で、フリーズしていた。

 場違い感が凄まじい。俺の『隠密』スキルも、ここでは逆に不審者として悪目立ちするだけだ。


「なーに固まってるの! 行くよ!」

「待て。ここは男子禁制の聖域(サンクチュアリ)だろ。俺は外で待機任務を――」

「だーめ! プロデューサーは現場にいなきゃ!」


 陽奈が俺の背中をグイグイと押す。

 抵抗虚しく、俺は甘い匂いの結界内部へと押し込まれた。

 店内は、まさに「服の迷宮」だった。

 トップス、ボトムス、アウター、その他用途不明の布切れが所狭しと並んでいる。


「うわぁ、可愛いのがいっぱいあるねぇ!」


 陽奈は水を得た魚のように目を輝かせ、ラックの間を飛び回る。

 ポニーテールがメトロノームのように左右に揺れている。


「軍師くん! これとかどう?」


 彼女が手に取ったのは、蛍光イエローの派手なTシャツだった。英字で『HAPPY』と書いてある。


「……視認性は高いな。迷彩効果は皆無だが」

「戦場に行くんじゃないってば! もっとこう、デザインとか!」

「デザイン……『HAPPY』という主張が激しいな」

「むぅ。じゃあ、こっちは?」


 次に持ってきたのは、フリルのついた花柄のスカート。


「……可動域(AGI)に制限がかかりそうだ。全力疾走には向かない」

「だから走らないの! もう、ゲーマー脳なんだから!」


 陽奈は頬を膨らませつつも、楽しそうに次々と服をピックアップしていく。

 普段はジャージか制服姿しか見ない彼女が、真剣な顔で鏡に服を合わせている姿は、なんとも新鮮だった。

 お姉さんのお下がりばかり着ていると言っていたが、自分好みの服を選ぶのが嬉しいのだろう。


「よし、候補は決まった! いざ試着室へ!」

「いざ、じゃねぇよ。……俺はどこにいればいいんだ」

「あそこの椅子で待ってて! 感想聞くから!」


 指差されたのは、試着室のすぐ目の前にある「待機用のソファ」。

 通称、彼氏の処刑台。

 すでに数名のリア充男子が、スマホをいじりながら彼女を待っている。

 俺はその隅っこに、気配を消して着席した。


 シャッ。

 カーテンが閉まり、中でゴソゴソと衣擦れの音がする。

 ……意識するな。ただの装備変更だ。

 俺は必死に虚空を見つめ、円周率を唱え始めた。


「軍師くーん! オープン!」


 元気な声と共に、シャッ! とカーテンが開く。


「じゃーん! エントリーナンバー1! 『夏のアクティブ少女』!」


 現れたのは、ボーイッシュなオーバーオール(サロペット)に、ボーダーのTシャツを合わせた陽奈。

 片方の紐をあえて外し、帽子を被っている。


「どう? 似合う?」


 陽奈が敬礼のポーズを決める。

 ……悔しいが、似合っている。彼女の活発なキャラクターと完璧にシナジーを起こしている。


「……悪くない。耐久力(VIT)がありそうだ。汚れにも強い」

「でしょ! これなら公園で転んでも大丈夫!」

「転ぶ前提かよ」


 陽奈はケラケラと笑い、再びカーテンを閉めた。

 数分後。


「エントリーナンバー2! 『ちょっと背伸びしたお姉さん風』!」


 次に現れたのは、淡いブルーのオフショルダートップスに、白いロングスカート。

 肩が出ている。鎖骨が丸見えだ。

 髪を少しかき上げ、大人っぽい表情を作っている(つもりらしい)。


「……っ」


 俺はとっさに視線を逸らした。

 破壊力が高い。普段の「子供っぽさ」とのギャップ(乱数)が大きすぎて、ダメージ計算が狂う。


「ど、どうかな? お姉ちゃんが『肩出しは男の子をイチコロよ』って言ってたんだけど」

「……姉は何を教えてるんだ」

「イチコロ?」

「……いや、即死(イチコロ)はしないが……防御力が紙だ。日焼けダメージを食らうぞ」

「日焼け止め塗るもん!」


 俺がゲーム用語でしか褒められないのを察しているのか、陽奈はニヤニヤしながらポーズを変える。


「じゃあ、回ってみるね!」


 くるり。

 ロングスカートがふわりと広がり、花の香りが漂う。

 その仕草が、妙に様になっている。


 俺のライフ(理性)ゲージが、じわじわと削られていくのが見えた。

 これは「試着」という名の精神攻撃(マインド・ブラスト)だ。


「うーん、どっちも捨てがたいなぁ。……よし、最後にもう一着!」

「まだあるのか……」

「次が本命だよ! 待っててね!」


 陽奈はいたずらっぽくウインクすると、最後の一着を手に取って奥へ消えた。


 本命。

 その言葉に、俺は嫌な予感と、無視できない期待を感じてしまっていた。

 カーテンの向こうから、少し照れくさそうな声が聞こえる。


「……ねえ、軍師くん。これ、ちょっと恥ずかしいかも」

「なら着るな」

「でも……軍師くんに見てほしいし……」


 ボソッと言われたその言葉は、俺の鼓膜を正確に貫いた。


 見てほしい。

 それは、ただの友人に対するセリフなのか。それとも――。


 俺の思考がショートしかけた時。

 ゆっくりと、カーテンが開かれた。


「……お待たせ」


 そこに立っていたのは、俺の知っている「天道陽奈」であって、彼女ではなかった。


 俺の目が見開かれる。

 それは、見えざる会心の一撃(クリティカル・ヒット)となって、俺の心を撃ち抜いた。

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