第25話 装備調達(ショッピング)と、私服の防御力
5月4日、みどりの日。
ゴールデンウィークも中盤に差し掛かったこの日、俺・笹木慧の朝は、全身を襲う激痛と共に始まった。
「……ぐ、うぅ……」
ベッドから起き上がろうとした瞬間、背中と脇腹に電流のような痛みが走る。
昨日の商店街ヒーローショー。
そこで『戦闘員A』として、天道陽奈のガチ蹴りを数十発受け止めた代償だ。
鏡を見れば、うっすらとアザができている。
「あいつ……本当に人間か? STRがバグってやがる」
俺は湿布を貼りながら毒づいた。
だが、不思議と気分は悪くなかった。
昨夜の焼肉の味がまだ記憶に残っているからか、それとも子供たちの歓声が耳に残っているからか。
まあいい。今日は祝日だ。家で大人しくHPを回復させつつ、溜まっているゲームのイベント周回を消化しよう。
そう決めて、スマホを手に取った直後だった。
ピロリン♪
軽快な通知音が、俺の平穏な休日計画を粉砕した。
画面に表示された名前は『勇者ヒナ』。嫌な予感しかしない。
『おっはよー軍師くん! 筋肉痛だいじょうぶ?』
無駄に可愛いスタンプと共に送られてきたメッセージ。
こっちは瀕死だ、と返そうとしたところに、追撃が来た。
『今日ひま? 夏に向けて装備を更新したいから付き合って!』
『一人じゃ決められないから、軍師くんのプロデュース求む!』
俺は眉間を押さえた。
装備更新。要するに買い物だ。
しかも、女子の服選びに付き合えだと? 難易度が高すぎる。
『断る。俺のHPは残りわずかだ。それに俺のファッションセンスは全身黒だぞ。参考にならん』
送信ボタンを押す。これで諦めるはずだ。
だが、既読がついた瞬間に返信が来た。
『だいじょうぶ! 荷物は私が持つから!』
『軍師くんの目は節穴じゃないもん。信頼してるよ!』
『10時に駅前のモールね! 遅刻したら、サービスカウンターで「迷子の笹木くん」って館内放送してもらうから!』
……脅迫だ。
しかも「信頼してる」という言葉を混ぜてくるのがタチが悪い。
俺は天を仰ぎ、深く溜息をついた。
「……拒否権なしかよ。クソゲーが」
俺は重い体を引きずり、クローゼットを開けた。
並んでいるのは、黒、グレー、濃紺のパーカーやTシャツばかり。
どれを選んでも「村人A」にしかならないラインナップだ。
俺は一番マシな黒のジップパーカーと、カーゴパンツを選んで身につけた。
鏡を見る。うん、どこからどう見ても陰キャだ。
午前9時50分。
駅前に隣接する巨大ショッピングモールの広場。
休日のこの場所は、家族連れやカップルたちで溢れかえっていた。
俺にとっては、強力なモブがひしめく敵地だ。
「……眩しい」
降り注ぐ晩春の日差しと、リア充オーラに当てられ、俺は広場の柱の影に同化していた。
スマホの時計を見る。あと10分。
あいつのことだ、ギリギリに来るか、あるいは迷子になっているか――。
「あ! いたー! 軍師くーん!」
予想は裏切られた。
人混みを割って、よく通る声が響いた。
俺は顔を上げ、声の方を見る。
そして、一瞬だけ思考が停止した。
「お待たせ! へへ、一番乗りかと思ったら負けちゃった」
駆け寄ってきたのは、天道陽奈。
だが、その姿は普段の学校生活とはまるで違っていた。
上は、少し大きめの白いロゴパーカー。袖が長めで、いわゆる「萌え袖」になっている。
そして問題は、下だ。
デニム生地のショートパンツ。
短い。圧倒的に布面積が足りていない。
そこから伸びる健康的な二本の脚が、惜しげもなく陽光に晒されている。
「……っ」
白い。眩しい。
陸上部並みに走れる脚だが、筋肉質すぎず、程よい肉付きの太もも。
俺は慌てて視線を上に逸らした。
「どう? これ、お姉ちゃんのお下がりなんだけど」
陽奈は悪びれもなく、俺の目の前でクルリと回ってみせた。
遠心力でポニーテールがブンと揺れ、甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
周囲の男子高校生や、すれ違う男性たちが、チラチラと視線を送っているのが分かる。
明らかに目立っている。
「……天道。お前、その装備はなんだ」
「え? 動きやすい服だよ? 今日はたくさん歩くと思って!」
「AGIに全振りしすぎて、防御力が紙だぞ。初期装備の布の服より酷い」
「むぅ、酷いなぁ。似合わない?」
陽奈が不満げに頬を膨らませ、一歩詰め寄ってくる。
距離が近い。
パーソナルスペースという概念が欠落しているのか、彼女の吐息がかかる距離まで顔を近づけてくる。
「……似合わないとは言ってない。ただ、目のやり場に困る」
「え? どこ見てるの?」
「見てない!」
俺が顔を背けると、陽奈は「ふふん」と楽しそうに笑った。
無自覚なのか、計算なのか。
どちらにせよ、俺のライフを削りに来ているのは間違いない。
「さあ行こ! 今日は軍師くんのプロデュース頼んだよ!」
陽奈が自然な動作で、俺のパーカーの袖を掴んだ。
グイ、と引かれる。
「ちょ、引っ張るな。歩ける」
「だーめ。迷子になっちゃうでしょ? ……私が」
「自覚あるのかよ」
俺たちは人混みの中、巨大迷宮の入り口へと足を踏み入れた。
袖を掴む彼女の指先が、妙に熱く感じる。
周囲から見れば、俺たちはどう映っているのだろうか。
デート中のカップル? いや、美女と陰キャか?
「まずはどこの店に行くんだ?」
「えっとね、三階のレディースフロア!」
「……俺が入れるエリアじゃないな」
俺のぼやきは、館内の喧騒にかき消された。
陽奈のポニーテールが、ご機嫌そうに左右に揺れている。
その背中を見ながら、俺は覚悟を決めた。
今日のクエストは、昨日のヒーローショーよりも精神力を消耗しそうだ。
俺の「GW装備調達ミッション」が、今幕を開けた。




