第22話 魔王のメイク不要論と、脚本クラッシャー
ステージ裏に設置された簡易テント。
そこは今、衣装合わせという名の「物理演算との戦い」の場となっていた。
「ぐぬぬぬ……! 入らない! 入らないよ軍師くん!」
「動くな天道! 物理的に押し込むんだ!」
俺は今、主役である『銀河戦士ギャラクシーレンジャー(レッド)』の変身用ヘルメットを、天道陽奈の頭に装着させようと格闘していた。
だが、最大の障害が立ち塞がる。
彼女のトレードマーク――暴走ポニーテールだ。
ボヨヨンッ!
俺がヘルメットを押し込もうとすると、束ねられたポニテールがスプリングのように反発し、ヘルメットを弾き飛ばした。
なんて弾力だ。これ自体が打撃武器になりそうだ。
「……ダメだ。髪を解かないと被れない」
「えー! ヤダ! ポニテは私のアイデンティティだもん!」
陽奈はブンブンと首を振ると、落ちたヘルメットを拾い上げ、ポイッと放り投げた。
「決めた! 私はマスクオフでいくよ!」
「は? 正体不明がヒーローの鉄則だろ」
「だって、顔が見えないと『笑顔』が伝わらないじゃん! 子供たちに安心感を届けるのがヒーローでしょ?」
無駄にいい顔で言い切る陽奈。
まあ、確かに五月とはいえ、この暑さで着ぐるみは熱中症のリスクがある。顔出しの方が安全か……。
「……許可する。ただし、攻撃を受ける時は顔を守れよ」
「任せて!」
一方で、さらに深刻な問題が発生していた。
敵役『暗黒将軍ゾルダーク』を担当する金剛厳夫だ。
「……おい、軍師。これ、無理だぞ」
金剛が困り顔で立っていた。
衣装係のおばちゃんが用意した悪役の鎧(ウレタン製)が、彼の190センチの巨体と筋肉に悲鳴を上げていたのだ。
背中のファスナーが閉まらないどころか、上腕二頭筋がパツパツで、腕を曲げた瞬間に「ビリッ!」と嫌な音がした。
さらに、悪役マスクを被ろうとするも、巨大なリーゼントが干渉して全く入らない。
「くっ……! 俺のリーゼントが……!」
「……金剛。もう脱げ」
俺は冷静に指示した。
「マスクも衣装もいらん。代わりにこのマントだけ羽織れ」
「あ? それじゃただのヤンキーじゃねぇか」
「いや、鏡を見てみろ。お前の『素材』は、作り物のマスクより遥かにホラーだ」
金剛が恐る恐る鏡を見る。
そこには、黒いマントを羽織り、鋭い眼光を放つ金髪の大男が映っていた。
どう見てもラスボスだ。しかも物理攻撃が効かないタイプの。
「……マジか。これ、子供たち泣かねぇか?」
金剛が本気で心配そうに眉を下げる。そのギャップが逆に怖い。
「大丈夫だ。最近の子供はリアル志向だからな」
適当にフォローしつつ、俺は残る二人を確認した。
ヒロイン『お姫様』役の夢咲クルミ。
彼女はピンク色のフリフリドレスを着せられ、パイプ椅子の上で完全に石化していた。
「あ、あぅ……ス、スカートが……スースーしますぅ……」
顔が真っ赤だ。緊張でショート寸前だが、その震える小動物的な姿は「捕らわれの姫」としてのリアリティがカンストしている。演技指導の必要はなさそうだ。
そして、俺。
俺の役は『戦闘員A』兼『現場監督』だ。
全身黒タイツに、目出し帽のようなマスク。いわゆる「ショッカー」スタイルだ。
一番動きやすく、一番恥ずかしい格好だが、裏方としては最適だ。インカムを装着し、マイクテストを行う。
「……よし、配役は決まった。一度だけリハーサルをやるぞ」
俺たちは狭いバックヤードで、立ち回りの確認を始めた。
「いいか天道。ここでお前が登場し、戦闘員をバッタバッタと倒す。あくまで『フリ』だぞ。寸止めだぞ」
「オッケー! 華麗に舞うね!」
陽奈が親指を立てる。
そして、運命のリハーサル開始。
「出たな悪党! ギャラクシー・キィィック!!」
陽奈が助走をつけて飛び上がった。
高い。打点が高い。
そして、その足が俺の胸元に迫る。
(……え、速くね?)
俺の動体視力が警鐘を鳴らす。
これ、寸止めの軌道じゃない。重心が乗っている。
「ちょ、待て――」
ドゴォォォォン!!
重い衝撃音が響き、俺の体はボールのように後方へ吹き飛んだ。
積み上げてあったパイプ椅子に突っ込み、雪崩を起こす。
「ぐふぅッ!?」
「あ、ごめん! ついクリティカル狙っちゃった!」
「バカ! これはPvPじゃねぇ! 演劇だ!」
俺は黒タイツ姿でたじろぎながら怒鳴った。
肋骨が軋んでいる。こいつ、殺す気か。
「手加減しろ! 判定ギリギリを狙うんだ!」
「難しいこと言わないでよー! 体が勝手に動いちゃうんだもん!」
「本能で動くな! 理性を使え!」
その時。
ジリリリリリリ!!!
無情にも、開演を告げるブザーが鳴り響いた。
「「「あ」」」
リハーサル、終了。
立ち回りの確認、未完了。
俺のHP、残り7割。
「……時間だ。行くぞ」
俺は覚悟を決めてマスクを被り直した。
もう、なんとでもなれ。
焼肉のためなら、この身が砕けるまで(物理的に)付き合ってやる。
「ショータイムだ、お前ら!」
「おー!!」
気合十分な陽奈の声と共に、俺たちは地獄のステージへと飛び出した。




