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第2話 魔窟への強制連行と、銅像への野望

 俺、笹木慧は今、物理法則を無視した力で運搬されている。


「ちょ、待っ、天道さん!? 歩くスピードがおかしい! 俺のAGI(素早さ)じゃついていけない!」

「問答無用! 善は急げって言うでしょ! タイムイズマネーだよ!」


 陽奈は俺の手首を万力のようにガシリと掴んだまま、廊下をズカズカと突き進む。

 昼休みの廊下は生徒で溢れているが、陽奈が通るとモーゼの十戒のごとく道が開く。


 すれ違う生徒たちが、引きずられる俺を見てヒソヒソと囁き合うのが聞こえてきた。

「あーあ、また天道がなんか拾ってるよ」 「今度は何だ? 捨て猫か?」 「いや、あれ人間じゃね? 二組の笹木だろ」 「人間拾ってきたのかよ……さすが天道」 「ブレねーなぁ、あいつは……」


 おい、聞こえてるぞNPCたち。俺は拾得物じゃない。れっきとした人権を持った高校生だ。

 誰か警察、いや運営に通報してくれ。プレイヤーの強制拉致バグが発生している――。


「着いたよ! ここが私たちの拠点(ベースキャンプ)!」


 連れてこられたのは、旧校舎の最奥。

 普段はあまり生徒が寄り付かない、埃っぽいエリアだ。

 その突き当たりの教室のドアに、みかん箱のダンボールを破った切れ端が、ガムテープで乱雑に貼られていた。


 太いマジックで書きなぐられた文字――『お任せ部(仮)』。


「……(仮)ってなんだ、(仮)って」

「細かいことは気にしない! オープンセサミ!」


 ガララッ!!


 陽奈が勢いよく引き戸を開けると、中からモワッとした淀んだ空気と、埃が舞った。

 俺は咳き込みながら、その「魔窟」の中を見渡した。


 教室内は混沌(カオス)だった。


 部屋の隅には、誰が持ち込んだのかわからないドーナツ型のバランスボールが転がり、中心には埃を被った竹刀が突き刺さっている。

 長机の上には、賞味期限が平成で止まっているであろうスナック菓子の袋と、炭酸が抜けきったペットボトル。

 壁には歴代の先輩が残したと思われる『筋肉こそ(パワー)』という暑苦しい筆文字のポスターが、画鋲一つで斜めにぶら下がっていた。


 部室というより、文明崩壊後のセーブポイントだ。


「……なぁ、帰っていいか? 俺、ハウスダストアレルギー持ちなんだが」

「ダメに決まってるじゃん! ほら、ここ座って!」


 俺は半ば強引に、パイプ椅子(座面が破れている)に座らされた。

 陽奈は教卓――というより司令官席のつもりらしい――に仁王立ちし、バン! と机を叩いて埃を舞い上がらせた。


「いい? 軍師くん。単刀直入に言うね。私はこの『お任せ部』で学園中の悩みを解決して、みんなから感謝されたいの」

「それは……まあ、立派な心がけだな(棒読み)」

「でしょ!? そして最終的には――」


 陽奈は瞳をカッと見開き、握り拳を天井へ突き上げた。


「学園の校庭に、私の『銅像』を建ててもらうのが夢なの!!」

「…………は?」


 俺の思考処理(CPU)がフリーズした。

 銅像? こいつ今、銅像って言った? 二宮金次郎的な? あるいはハチ公的な?


「……えっと、天道さん。銅像ってのは、偉人とか、学校の創設者とかがなるもんであってだな。現役女子高生がなるもんじゃないぞ」

「甘いよ軍師くん! 見て!」


 陽奈は黒板消しで白く汚れた黒板に、チョークで謎のグラフを描き始めた。

 右肩上がりの直線と、『伝説』という文字。


「私が困ってる人を助ける! → みんな感動する! → 私のファンクラブができる! → 卒業式で全校生徒が泣きながら『天道先輩を忘れたくない!』って叫ぶ! → 校長が感動して銅像を建てる! 完璧なプランじゃない!?」

「論理の飛躍(バグ)が多すぎる!! 風が吹けば桶屋が儲かる理論かよ!」


 俺は思わずツッコミを入れた。

 こいつ、バカだ。元気なだけのバカだと思っていたが、想像を絶するアホの子だった。


「だいたい、銅像ってどんなポーズだよ。直立不動か?」

「うーん、そこなんだよねぇ」


 陽奈は真剣な顔で顎に手を当てた。


「やっぱ、こう、ダブルピースとか?」

「アホ丸出しだろ。100年後の生徒が見たら『この学校終わってんな』って思うぞ」

「じゃあ、こう! 『少年よ大志を抱け』みたいな、指差すやつ!」


 陽奈がビシッと窓の外を指差すポーズをとる。無駄に様になっているのが腹立たしい。


「クラーク博士の丸パクリじゃねぇか。オリジナリティの欠片もないぞ」

「むぅ……じゃあ、あえての土下座スタイル?」

「なんで英雄が謝罪してんだよ! 迷走しすぎだ!」


 俺は頭を抱えた。

 帰りたい。今すぐ家に帰って、ログボを受け取って寝たい。


「……天道。承認欲求のモンスターなのはわかったが、俺を巻き込むな。他を当たってくれ」

「うーん、だってさ」


 陽奈は、少しだけ照れくさそうに、でも真っ直ぐな瞳で俺を見た。


「ちやほやされたら、気分いいじゃん?」

「理由が浅い!!」

「あと、学食の唐揚げ定食が生涯無料になるかもしれないし!」

「不純!! 動機がヘドロのように濁ってるぞ!」


 俺が席を立とうとすると、陽奈が回り込んできて、俺の前に立ちふさがった。

 へへっと小悪魔のように笑い、俺の顔を覗き込む。


「でもね、私には筋肉(ちから)はあるけど、頭脳(ちえ)がないの。テストも赤点スレスレだし、作戦とか立てると頭がショートして煙が出ちゃうの」

「……だろうな。見てればわかる」

「だから、君が必要なの。さっきのゲームみたいに、私を操作してよ。『軍師』なんでしょ?」


 陽奈の顔が近づく。

 琥珀色の瞳が、吸い込まれそうなほど真っ直ぐに俺を射抜く。

 その瞳には、一点の曇りもない信頼のようなものが見えて――俺は少しだけ、居心地の悪さを感じて視線を逸らした。


「逃がさないよ?」


 不意に、陽奈が俺の両手をガシッと掴んだ。

 熱い掌が、俺の手の甲を包み込む。


「……俺は、ゲーム以外じゃ役に立たないぞ。対人スキルはEランクだ」


 俺は彼女の手を振りほどこうとしたが、その力は驚くほど強かった。

 まっすぐ過ぎる視線に耐えきれなくなり、俺はふいと顔を背け、汚れた窓の外を見つめた。


「それに、俺はこの現実(リアル)ってやつが大嫌いなんだ」

「嫌い?」

「ああ。運次第で決まるステータス、理不尽なシナリオ……。俺に言わせりゃ、人生なんて神様が作った『クソゲー』だ。真面目にやる価値もない」


 俺は吐き捨てるように言った。

 自分でも驚くほど冷めた声が出た。これで幻滅して諦めるだろう。

 だが、陽奈はニシシと悪戯っぽく笑い、俺の手をさらに強く握りしめた。


「やってみなきゃわかんないじゃん! 人生はクソゲーなんでしょ? だったら、バグ技でも裏ワザでもなんでも使って、一緒に攻略しようよ!」


 陽奈の手には、いくつもの絆創膏が貼られていて、無茶ばかりしているのが伝わってきた。

 熱い。

 その熱が、俺の手のひらを通じて伝染してくるようで――。


「……バグ技、か」


 俺は小さく呟いた。


 その発想は、俺にはなかった。クソゲーはクソゲーとして諦めるか、投げるかしかないと思っていた。

 だが、バグを利用してでもクリア(攻略)を目指す。それは、ある意味で究極のゲーマー(やりこみ勢)の発想かもしれない。


 ちらりと見た陽奈の瞳は、本気だった。

 こいつは、このクソゲーを心底楽しもうとしている。


(……やれやれ。変な奴に捕まったもんだ)


 俺がため息交じりに、しかし完全な拒絶ではない言葉を返そうとした、その時だった。

 部室の入り口から、おずおずとした声が聞こえたのは。


「あ、あの……すみません。ここ、『お任せ部』ですか……?」


 振り返ると、そこには涙目の男子生徒が立っていた。

 陽奈がパッと俺の手を離し、依頼人の方を向く。

 拘束は解けた。逃げるなら、今しかない。


 だが。


 目の前には、涙目で助けを求めるNPC(依頼人)

 そして隣には、「クエスト発生!」とばかりに目を輝かせるバーサーカー。


(……チッ。イベントムービーが始まっちまったか)


 俺はパイプ椅子に深く座り直した。

 目の前で発生したクエストを無視して立ち去るのは、ゲーマーの矜持が許さない。

 俺は覚悟を決めて(あるいは諦めて)、その依頼人に向き直った。

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