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第15話 休日エンカウントと、ゲーセンの物理学

 土曜日。

 それは、週休二日制の学生にとっての聖なる安息日であり、俺のような陰キャゲーマーにとっては「イベント周回の書き入れ時」である。

 今日は誰とも会わず、静かに回復に努める。それが最適解だ。


 の、はずだったのだが。


「あー! 見つけたー! 軍師くーん!!」


 駅前の繁華街。

 人混みを避けて路地裏のカードショップへ向かおうとしていた俺の耳に、聞き覚えのある(そして聞きたくなかった)大声が響いた。

 振り返ると、そこには見慣れたポニーテールが揺れていた。


 だが、俺は一瞬、我が目を疑った。そこにいたのは、いつもの『残念な美少女』ではなく――。


「……天道?」


 紛れもない、天道陽奈だった。

 だが、いつもの制服姿ではない。


 白いロゴTシャツに、軽やかなスカパン。腰にはチェックのシャツを巻き、スポーティーなキャップを被っている。

 キャップの後ろからはトレードマークのポニーテールが突き出し、俺を見つけた喜びからか、ご機嫌な犬の尻尾のように左右にブンブンと揺れている。


 四月の柔らかな日差しを浴びて、伸びやかな脚の健康的な肌色が眩しかった。

 悔しいことに、無駄に似合っているし、無駄に可愛い。


「奇遇だね! こんなとこで会うなんて、運命かな?」

「ただのランダムエンカウントだ。……で、お前は何してるんだ」

「私? 私は部室に置く『クッション』を探しに来たの! パイプ椅子だとお尻痛くなるからさ!」


 陽奈はニカッと笑い、逃げようとする俺の腕をガシッと掴んだ。


「ちょうどよかった! 荷物持ち兼アドバイザーとして採用してあげる!」

「拒否する。俺はこれから限定カードを買いに――」

「問答無用! レッツゴー!」


 俺の言葉は綺麗に無視された。

 陽奈の腕力(STR)には勝てない。俺はズルズルと駅ビルの雑貨屋へと吸い込まれていった。


 ちなみに金剛は『もふネコ』のイベント最終日で音信不通、クルミは家事手伝いらしい。つまり、助けは来ない。


 ファンシーな雑貨屋の店内は、アロマの香りで満ちていた。

 俺の最も落ち着かない空間(アウェー)だが、陽奈は目を輝かせてクッション売り場を物色し始めた。


「見て見て軍師くん! これすごくない!? 『低反発』だって!」


 陽奈が手に取ったのは、レンガのような形状の硬そうなクッションだった。


「これなら敵の攻撃も防げるかも! 盾代わりになるよ!」

「……お前は部室で何と戦うつもりだ。座り心地(ステータス)重視で選べ」

「えー? じゃあこっちは?」


 次に彼女が抱きついたのは、モチモチとした感触が売りの、巨大な大福のようなクッションだった。


「むにゅぅぅ……」


 陽奈が顔を埋める。

 すると、彼女の動きがピタリと止まった。


「……なにこれ。やばい。とろける……」


 顔を上げた陽奈の表情は、完全に骨抜きになっていた。

 さっきまでの元気はどこへやら、トロンとした目でクッションに頬擦りをしている。ポニーテールも、ゆらゆらと気持ちよさそうに揺蕩(たゆた)っている。


「これにする! これがあれば、部室が天国になるよ!」

「……まあ、悪くない素材(マテリアル)だな」


 俺が値札を確認していると、通りかかった女性店員がニコニコと話しかけてきた。


「ふふ、仲良しですね。お二人の新居用ですか?」

「ぶふっ!?」


 俺はむせ返った。

 し、新居!? 同棲!? いや、高校生にそれはハードルが高すぎるだろ!


「ち、違います! 俺たちはただの――」

「あ、これください! 私の相棒(パートナー)も気に入ったみたいなので!」


 陽奈は店員さんの誤解を訂正するどころか、「相棒」という紛らわしい単語を使って爽やかに会計を済ませてしまった。


 店員さんは「お幸せに~」と手を振っている。

 俺の顔からは火が出そうだ。


「……お前なぁ」

「ん? どうしたの? 顔赤いよ?」

「……なんでもない」


 この天然素材には勝てない。

 俺はため息をつきつつ、彼女が抱える大きなクッション(半分俺が持たされている)と共に店を出た。


「よーし! 良い買い物したね! 次はあそこ!」

「まだ行くのか!?」

「ゲーセンあるじゃん! お祝いに遊んでこうよ!」


 抵抗も虚しく、俺は二軒目の戦場へと連行されていくのだった。

 ゲームセンターの店内は、打って変わって爆音と電子音で満たされていた。


 陽奈は買ったばかりのクッションを俺に預け(荷物持ち確定だ)、UFOキャッチャーの筐体に張り付いた。


「見て見て軍師くん! あのぬいぐるみ、超可愛い!」


 彼女が指差したのは、パステルカラーの丸っこい鳥のぬいぐるみが山積みにされた台だった。


「よし、私に任せて! 一発で仕留める!」


 陽奈は百円玉を投入し、ボタンをバン! と叩いた。

 アームが動き、ぬいぐるみの真上で降下する。

 位置は完璧だ。


「とったどー!」


 ガシッ!

 アームがぬいぐるみを掴む。持ち上がる。


 だが、頂点に達した瞬間、アームがやる気なくパッと開き、ぬいぐるみはポロリと落下した。


「ああっ!? なんで!? ちゃんと掴んだのに! 詐欺だよこれ!」


 さっきまで元気よく跳ねていたポニーテールが、シュンとしおれたように力なく垂れ下がった。わかりやすい奴だ。


「……甘いな。これは『確率機』と呼ばれるタイプだ」


 俺はクッションを脇に抱え直し、筐体の中を冷静に分析(スキャン)した。


「この手のアームは、一定回数プレイしないとアームパワーが強くならない設定になっていることが多い。真正面から掴んで持ち上げる(パワープレイ)のは、運営にお布施をするようなもんだ」

「ええっ、じゃあどうするの? 諦めるしかないの?」

「いや。システム(設定)の穴を突く」


 俺は財布から百円玉を取り出し、投入した。

 狙うのは、ぬいぐるみの中心ではない。タグのついている足の付け根と、景品口のシールドの隙間だ。


「重心移動と、アームの押し込みを利用する。……計算完了」


 俺はコントロールレバーを繊細に操作し、ボタンを押した。


 ウィン、ガション。

 降下したアームの(ツメ)が、ぬいぐるみを掴むのではなく、頭をグイッと押し込んだ。

 すると、バランスを崩したぬいぐるみがクルンと回転し、そのままコロコロと取り出し口へ転がり落ちた。


「す、すごーい!!」


 陽奈がぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。キャップの後ろで、ポニーテールが再び復活し、荒ぶる竜巻のように回転している。


「魔法みたい! 軍師くん、やっぱり天才だね!」

「……ただの物理演算(フィジックス)だ」


 俺は取り出し口からぬいぐるみを取り出し、陽奈に渡した。

 陽奈はそれをギュッと抱きしめ、満面の笑みで俺を見上げた。


「いいの!? ありがとう! 一生大事にする!」

「……大げさだ」


 顔が熱い。

 至近距離でそんな笑顔を向けられると、調子が狂う。

 俺は照れ隠しに視線を逸らそうとしたが、陽奈は次の獲物を見つけていた。


「ねえねえ! 次はアレ撮ろうよ! プリクラ!」

「はあ!? 男二人で撮るもんじゃ……あ、いや、男女か」

「記念だよ記念! お任せ部の初休日記念!」


 またしても強引に引っ張られ、俺は狭い撮影ブースに押し込まれた。


「――はい、チーズ!」


 機械音声に合わせて、フラッシュが焚かれる。


 狭い。


 陽奈の肩が俺の腕に密着している。

 ふわりと香る、甘い匂い。部室の埃っぽい空気とは違う、女の子の匂いだ。

 陽奈がポーズを変えるたびに、揺れたポニーテールの毛先が俺の頬をサワサワとくすぐる。


 くすぐったいし、心臓に悪い。


「もっと笑ってよ軍師くん! ほら、こっち見て!」

「ち、近すぎだ!」

「えいっ!」


 パシャリ。

 二枚目の写真。

 陽奈が俺のほっぺたを人差し指でツンと突き、俺が驚いて変な顔をした瞬間が切り取られた。



 ゲームセンターを出ると、夕暮れが街を包み始めていた。


 俺の手には、半分こしたプリントシールのシート。

 陽奈の手には、モチモチのクッションと、俺が取った鳥のぬいぐるみ。


「楽しかったね、軍師くん!」


 幸せそうにクッションを抱えた陽奈が、シールをスマホの裏に貼りながら笑う。


 そこには、『最強コンビ☆』という手書きの落書きと共に、不意打ちで驚いた俺のマヌケ面と――。

 隣で、世界中の光を独り占めしたような、反則級に可愛い笑顔の陽奈が写っていた。


(……悔しいが、認めざるを得ない。この笑顔だけは、どんなSSRカードよりも破壊力がある、と)


 俺は自分の胸が不規則なリズムを刻んでいることに気づかないフリをして、そっとシールを財布にしまった。


「……まあ、悪くない休日だったな」

「でしょ? 来週もまたどっか行こうよ!」

「来週はイベント後半戦だから無理だ」

「えー! ケチ!」


 陽奈が頬を膨らませてブーイングをする。

 だが、すぐに何かを思いついたようにポンと手を叩いた。


「じゃあ、イベント終わったら教えてよ! それならいいでしょ?」

「だから、周回があるから――」

「あ! ていうかさ!」


 陽奈が俺の言葉を遮り、バッと顔を近づけてきた。


「私、軍師くんの連絡先(RINE)、知らないじゃん!」

「……あ」


 言われてみればそうだ。

 教室や部室で毎日顔を合わせていることもあり、連絡先を交換するタイミングを完全に逸していた。


「ほら、スマホ出して! QRコード!」

「わ、わかったから顔を近づけるな」


 俺がスマホを取り出し、コードを表示させると、陽奈が素早い手つきで読み込む。


 ピロン♪

 軽快な通知音が鳴った。


 俺の画面に『勇者ヒナ』という、頭の悪そうな名前のアカウントが表示される。アイコンは、今日のクッションに顔を埋めている自撮り写真だ。……いつの間に撮ったんだ。


「よし! これで24時間365日、いつでも軍師くんを召喚できるね!」

「……ブロックしていいか?」

「だーめ! 既読スルーも禁止! スタンプ連打の刑にするから!」


 陽奈が悪戯っぽく舌を出す。

 その直後、俺のスマホがブブッと震えた。

 画面を見ると、『勇者ヒナ』から、犬が尻尾を振っているスタンプと、一言メッセージが届いていた。


『今日はありがと! 次は絶対デートしよーね!』

「…………ッ!?」


 デ、デート!?


 俺が動揺して顔を上げると、陽奈は「あっ」と口元を抑え、夕焼け以上に顔を真っ赤にしていた。

 そして、パニック映画のように両手を振り回し始めた。


「ち、違うの! これ、予測変換の罠! 私のスマホが勝手に!」

「……お前のスマホは、持ち主の願望を読み取る機能でもついてるのか?」

「ちーがーう! 私は『伊達(だて)』って打ちたかったの! そう、『伊達政宗』の伊達!」

「……は?」

「次は眼帯して、馬に乗って、天下統一しようねって! そういう意味!」


 陽奈が必死の形相で、わけのわからない言い訳を叫ぶ。

 来週の予定が「天下統一」とは、スケールがでかすぎる。


「……お前、チャットで戦国時代を始める気か。今は令和だぞ」

「うぐっ……! そ、そうだけどぉ……!」


 俺の冷静なツッコミに、陽奈は言葉を詰まらせる。

 彼女は観念したように肩を落とすと、ボソボソと、消え入りそうな声で呟いた。


「……だって……『デート』って響き、なんか、いいなーって……思っただけだし……」


 上目遣い。

 潤んだ瞳。

 その破壊力は、戦国武将の軍勢よりも遥かに高かった。


「…………」


 俺は何も言えなくなり、熱くなった頬を隠すように顔を背けた。

 気まずいような、でも嫌ではない、甘酸っぱい沈黙が流れる。


「じゃ、じゃあね! また月曜日!」


 耐えきれなくなったのか、陽奈が逃げるように背を向け、大きく手を振って走り出した。

 ポニーテールが、夕陽の中で楽しげに揺れている。


 文句を言い合いながらも、俺たちの距離は、出会った頃よりも確実に縮まっていた。

 俺は小さく息を吐き、スマホをポケットにしまう。その手つきは、いつもより少しだけ大切そうだったかもしれない。


 このシールと連絡先を見るたびに、俺はこの騒がしい休日を思い出すのだろう。

 底抜けに明るい『暴走ポニーテール』の笑顔と共に。

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