第14話 ファミレスの作戦会議(打ち上げ)と、魔王のパフェ
生徒会室での『鉄仮面の女帝』との攻防(主に俺のハッタリ)を制し、見事『お任せ部』の設立を勝ち取った俺たち。
放課後の帰り道、部長である天道陽奈のテンションは最高潮に達していた。
「やった、やったー! 完全勝利だね、軍師くん!」
「……まあ、首の皮一枚繋がっただけだがな」
「細かいことはいいの! さあ、祝勝会の会場へ進軍だよ!」
陽奈はスキップ交じりに先頭を歩く。その背中は、疲れよりも達成感と、これからの食事への期待に満ち溢れていた。
俺とクルミは苦笑しつつ、その後を追う。唯一、強靭な肉体を持つ金剛だけが「腹減ったな」と平然としていた。
「あ、見えてきたよ! 私たちの回復ポイント!」
陽奈がビシッと指差した先には、目的地であるオレンジ色の看板が輝くファミレス『ガストリア』。
「よし! 緊急クエスト『第一回・結成記念祝勝会』、スタートだよ!」
「了解だ。ドリンクバーで脳に糖分を補給させろ。MPが枯渇してる」
「おう、俺もガッツリ食うぜ」
「わ、私も……ホットケーキ食べたいです……」
こうして俺たち異色パーティーは、吸い込まれるように店内へと足を踏み入れた。
カランコロン♪
「いらっしゃいませー、4名様で……ひっ!?」
出迎えた店員が、悲鳴を上げて固まった。
無理もない。
先頭を歩くのは、190センチの金髪リーゼント巨漢・金剛厳夫。その威圧感だけで、店内のざわめきが一瞬で消滅するレベルだ。
その後ろには、怯える小動物(クルミ)、テンション高めの美少女(陽奈)、死んだ目の陰キャ(俺)。
客観的に見れば「カツアゲの現場」か「異世界からの侵略者」にしか見えないだろう。
「あぁん? 禁煙席だ。広いとこ頼むわ」
「は、はひっ! ご案内しますぅ!」
金剛の一睨み(本人は普通にお願いしただけ)で、俺たちは一番奥の広いボックス席へと通された。
席順はこうだ。
通路側に金剛が座り、窓側のクルミを鉄壁ガード。
その向かい、奥に陽奈が陣取り、通路側に俺が座る。
「さあさあ! 何食べる!? 今日は記念すべき第一回打ち上げだよ!」
陽奈がメニューを広げ、目を輝かせる。
「私はハンバーグとミートドリアと山盛りポテト! あとチキンサラダボウル!」
「食いすぎだ。お前の胃袋はアイテムボックスか」
俺は冷静に『セットドリンクバー(299円)』の文字を見つめ、元を取るための損益分岐点を計算する。金欠ゲーマーにとって、外食は戦場だ。
「おい金剛、お前は決まったか?」
「……おう」
金剛は腕組みをし、眉間に深いシワを寄せてメニューを睨みつけていた。
まるで親の仇でも探すような殺気だ。
店員がおっかなびっくり注文を取りに来る。
「ご、ご注文はお決まりでしょうか……?」
「……あぁ」
金剛は野太いドスの効いた声で、ボソッと言った。
「……期間限定、『春の苺わんわんプリンセスパフェ』……一つ」
時が止まった。
店員の手が止まった。俺も止まった。
「……は、はい?」
「だから、『わんわんプリンセスパフェ』だ。……聞こえなかったのか? あぁん?」
「ひぃっ! か、かしこまりましたぁ!!」
店員が直立不動で震え上がる。今にも逃げ出しそうだ。
そのタイミングで、クルミがおずおずと手を挙げた。
「あ、あの……わ、私は……『旗付きパンケーキセット』で……」
「は、はいぃっ!!」
店員は注文を書き殴るや否や、脱兎のごとく厨房へと逃げ去っていった。
後に残された俺は、深く頭を抱えた。
あのナリで「わんわん」て。ギャップ萌えを通り越してギャップ事故だ。
それに……。
「クルミ、お前はまだ小学生以下対象メニューがいけるのか……? ある意味最強のコスパだな」
料理を待つ間、俺たちはドリンクバーへ向かった。
「見てて軍師くん! 私のオリジナル調合!」
陽奈がドリンクバーの前で怪しい実験を始めた。
コーラ、メロンソーダ、オレンジジュース、そして最後にアイスコーヒーを少々。
コップの中身は、深淵のようなドス黒い紫に変色している。
「完成! 『お任せ部スペシャル』だよ! はい、毒見して!」
「ふざけんな。それはポーションじゃなくて猛毒だ」
「えー? 美味しいのにー」
陽奈はストローでそれをズズッと飲み干し、「ぷはーっ!」と爽やかな笑顔を見せた。
味覚までバグっているのか、このヒロインは。
席に戻ると、料理が運ばれてきた。
テーブルの上はカオスだ。
陽奈の肉料理ラッシュ、俺が頼んだスモールピザ、クルミの可愛らしいお子様ランチ。
そして――金剛の前には、ピンク色のフリルチョコや犬のクッキーが乗った、ファンシー全開の巨大パフェが鎮座している。
「……いただきます」
金剛は周囲の視線(主に女子高生からの「え、あの人なに……」という視線)を鋼のメンタルで無視し、小さなスプーンでパフェを掬った。
パクッ。
瞬間、強面の表情がとろけた。
「……ん、悪くねぇ」
至福の顔だ。完全に乙女だ。
クルミがお子様ランチの旗を振ってニコニコしている。
「金剛くんのパフェ、キラキラしてて魔法みたいですね」
「ぶふっ! ……げほっ、げほ! お、お前なぁ……」
金剛が照れて咳き込む。平和だ。絵面は凶悪だが、流れている空気は平和そのものだ。
「ん~っ! ポテト最高!」
隣では、陽奈が揚げたてのポテトを頬張っている。
ふと、彼女が一本の長いポテトをつまみ、俺の口元に突き出してきた。
「はい、軍師くん! あーん!」
「……は?」
「報酬の山分けだよ! ほら、口開けて!」
陽奈の指先が、俺の唇に触れそうになる。
至近距離。
ポテト越しに見える彼女の顔は、無邪気そのものだ。
だが、その琥珀色の瞳はいたずらっぽく輝いていて、微かに開いた唇が艶めいて見えた。
「……自分で食う」
「だーめ! 私のポテトなんだから、大人しく食べなさい! あーん!」
彼女は俺の拒否を許さず、グイッとポテトを押し込んでくる。
観念して、俺はパクッとそれを口にした。
塩味と、熱々のホクホク感。
そして――指先が触れた感触に、俺の心臓がドクリと跳ねた。
「えへへ、美味しい?」
陽奈が覗き込んでくる。
長い睫毛。楽しそうに細められた目。
甘いシャンプーの香りが、フライドポテトの油の匂いに混じって漂ってくる。
こっちはドキドキして味がしないっていうのに、こいつは本当に無自覚なのか。
「……熱い」
「猫舌だなぁ、軍師くんは!」
ケラケラと笑う陽奈を見て、俺は熱くなった耳を隠すようにドリンクバーの炭酸水を流し込んだ。
炭酸の刺激で誤魔化さないと、心拍数がバレそうだったからだ。
「……おい、イチャついてねぇで食えよ」
「そ、そうですよぉ……」
向かいの席から、パフェを持った魔王と、旗を持った小動物のジト目が突き刺さる。
「イ、イチャついてない! 栄養補給だ!」
俺は必死に否定したが、口の中に残るポテトの味は、いつもより少しだけ甘酸っぱい気がした。
「ごちそーさまでした! いやー、食べた食べた!」
満腹になった陽奈が、満足げにお腹をさする。
そして伝票を手に取り、カッコよく立ち上がった。
「ここは部長の私が持つよ! みんな、今日はありがとね!」
「お、マジか? 太っ腹だな」
「任せて! えーっと、合計が……」
陽奈が伝票を開く。
そして、石のように固まった。
「…………げっ」
「どうした」
「よ、4,200円……」
「そりゃそうだ。金剛が高いパフェ食うからだ」
「うぅ……私の所持金、1,000円しかない……」
――部長の威厳、開始数秒で崩壊である。
「はぁ……。貸せ、天道」
「え? でも軍師くんも金欠じゃ……」
「素人は下がってろ。――ここからは、俺のターンだ」
俺は伝票をひったくると、スマホを取り出し、不敵な笑みを浮かべてレジへと向かった。
店員がビクッとする中、俺は淡々と呪文を詠唱し始めた。
「……まず、公式アプリの初回ダウンロード特典クーポン、番号302を発動。会計から10%オフだ」
「は、はい! ピピッ」
「次に、学生証提示による『放課後ハッピーアワー割』『放課後カップル割』を適用。これでドリンクバー4人分とパフェが半額になる」
「あ、はい! ピピッ」
「さらに、この伝票のQRコードからアンケートに回答した完了画面を提示。これでセットの山盛りポテトが無料になる。……そしてトドメだ」
俺はスマホ画面を突きつけた。
「溜まっていた共通ポイント800ポイントを全投入。端数は……これで払う」
俺がジャラッと出したのは、財布の小銭入れにあった数十円。
店員の指が高速でレジを叩く。
そして表示された最終金額は――。
「……お会計、残り980円になります」
4,200円が、まさかの3桁にまで圧縮された。
後ろで見ていた陽奈たちが「おおおぉぉ……!」とどよめく。
「す、すげぇ……魔法か?」
「軍師さん……かっこいいです……!」
「……リソース管理は基本スキルだ」
俺はドヤ顔でメガネ(掛けてない)をクイッと上げる仕草をした。
「ほら天道。980円だ。お前の所持金で足りるぞ」
「やったー! さすが軍師くん! 一生ついていきます!」
陽奈は目を輝かせ、くしゃくしゃの千円札を誇らしげにレジに出した。
お釣りを受け取るその顔は、魔王を倒した勇者のようだった。
店を出ると、外はもう夜の帳が下りていた。
騒がしくて、カオスで、金のかかる連中だ。
でも。
「じゃあね! また明日!」
手を振る3人の背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
一人でゲームをする静かな夜も好きだが、こういう騒がしい放課後も、たまには悪くない。
「……さて、浮いた金でガチャ回すか」
俺は少しだけ軽くなった足取りで、家路についたのだった。




