第13話 鉄仮面の女帝と、秘密の共犯者 ~副会長だけが知る、彼女の0距離~
生徒会室の扉が閉まり、廊下からお任せ部一行の騒がしい足音が遠ざかっていく。
部屋に完全な静寂が戻ったことを確認し、俺――生徒会副会長、東城寺正義は、深く息を吐いた。
「……行きましたよ、会長」
「…………」
デスクの上の書類の山に埋もれていた生徒会長、西園寺ランカは、返事をする代わりに、かけていた銀縁メガネをゆっくりと外した。
カタリ、とメガネが机に置かれる。
その瞬間、彼女の纏っていた「氷の女帝」としての威圧感が、嘘のように霧散した。
「……あー、疲れた。死ぬかと思った」
彼女は長い黒髪をバサッと手で払い、机に突っ伏した。
顔を上げると、そこには先ほどまでの冷徹な表情はない。少し潤んだ瞳と、無防備な表情。
この銀縁メガネは、度が入っていない「伊達メガネ」だ。
彼女――ランカは、メガネを外すと、誰もが振り返るほどの超絶美少女に変貌する。中学時代、その容姿のせいで男子生徒が群がり、ストーカー被害に近い目に遭ったトラウマから、彼女はあえてメガネと冷徹な態度で「人を寄せ付けない結界」を張っているのだ。
俺はサイドボードからティーセットを取り出すと、慣れた手つきで紅茶を注ぎ、湯気の立つカップをそっと彼女の前に置く。
「お疲れ様、ランカ。……今の演技、少し力が入っていたんじゃないか?」
俺が公的な「会長」呼びから、私的な「ランカ」呼びに戻すと、彼女は頬を膨らませた。
「仕方ないでしょ、マサヨシ。あんな予測不能な連中、初めてなんだから」
彼女は制服の襟元から、肌身離さず身につけている『聖遺物』――銀色のチェーンをそっと引き出した。
その先で揺れているのは、『星導のアンジュ』の可愛らしいマスコット。
彼女はそれを拝むように両手で包み込み、荒れた心を鎮めるように深呼吸した。
「……それに、あの軍師って男。私の『弱点』を見抜いて脅してきたわ。とんでもない食わせ物よ」
「ああ。だが、君も満更ではなかっただろう? 『限定グッズの情報』という餌に」
「うっ……そ、それは……」
ランカは顔を赤らめ、視線を泳がせる。
この姿を知っているのは、幼馴染であり、実家同士の付き合いもある俺だけだ。
「……ねえ、マサヨシ。私、ちゃんと『生徒会長』できてるかな?」
不意に、ランカの声のトーンが落ちた。
彼女の瞳に、暗い影が差す。
「みんな言ってるわ。『さすが理事長の孫だ』って。『一年生で会長になれたのも、親の七光りだ』って」
それが、彼女の抱える最大のコンプレックスだ。
この学園の理事長の孫娘である彼女は、昨年の選挙で、対立候補たちが彼女に配慮して次々と辞退するという「不戦勝」に近い形で、異例の一年生生徒会長になってしまった。
だからこそ、彼女は誰よりも厳格に、誰よりも完璧に振る舞おうと自分を追い込んでいる。
「七光り」ではなく、実力だと証明するために。
「……あーあ。私、本当は家でアニメ見てゴロゴロしてたいだけなのに。なんで『鉄仮面の女帝』なんて演じてるんだろ」
弱音を吐きながら、ランカが上目遣いで俺を見る。
その瞳は、俺にだけ向けられる「甘え」を含んでいた。
俺はため息をつきつつ、淹れたての紅茶を彼女の前に置いた。
「言わせておけばいい。俺は全部、見てきたつもりだ」
「え……?」
「今の生徒会業務だけじゃない。君が幼い頃から、どれだけ過酷な『英才教育』をこなしてきたかを、な」
俺の言葉に、ランカがハッとして顔を上げる。
「マナー講座にピアノ、茶道。それに……万が一のための護身術や体術まで。同年代の子供が遊んでいる間、君は泣きながら道場に通い続けていた」
「……マサヨシ、覚えて……」
「忘れるわけがない。君が身につけたその美しい所作も、並外れた身体能力も、すべて『七光り』なんかじゃない。君自身が血の滲むような努力で勝ち取った『実力』だ」
俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
「だから胸を張れ。君は、誰よりも努力してその座にいる、立派な生徒会長だ」
「……っ……」
ランカの大きな瞳が揺れ、みるみるうちに涙が溜まっていく。
彼女は隠すように顔を背け、小さな声で呟いた。
「……ずるいよ、マサヨシ。そんな言い方……」
彼女は指先で目尻を拭うと、少し照れくさそうに微笑む。
その笑顔は、どんなアニメのヒロインよりも魅力的だった。
「……それに、あの『お任せ部』の連中は、君の家柄なんて気にしていないようだったぞ?」
俺が言うと、ランカはきょとんとし、それからフッと小さく笑った。
「そうね。あいつら、私のことをただの『厄介なラスボス』としか見てなかった。……ふふっ、逆に新鮮かも」
ランカは紅茶を一口飲むと、再び銀縁メガネを手に取った。
カチャリ。
メガネをかけた瞬間、彼女の背筋が伸び、瞳に理知的な光が宿る。
美少女・ランカから、生徒会長・西園寺ランカへのスイッチが入る音だ。
「さあ、仕事に戻りますよ、副会長。あのお任せ部がトラブルを起こさないよう、監視体制を強化しなくては」
「了解です、会長」
俺は一礼し、彼女の斜め後ろ――いつもの定位置に戻る。
誰も知らない彼女の素顔と、その弱さを守ること。
それが、「副会長」という役職以上に、俺に課せられた使命なのだから。
……まあ、あのお任せ部のことだ。近いうちにまた、彼女の鉄仮面を引っ剥がすような騒動を起こすに違いないが。
その時はまた、俺が彼女の愚痴を聞いてやるとしよう。




