第12話 生徒会室の女帝と、軍師のハッタリ
生徒会室へ続く長い廊下。
俺たち「お任せ部」の行進は、異様な注目を集めていた。
「おい見ろよ、金剛だ……」「やっべ、目ぇ合わせんな」「後ろの小さい子、誘拐されてない?」
先頭を歩く金剛の威圧感により、すれ違う生徒たちがモーゼの十戒のように左右に割れていく。
その後ろを、怯えたクルミが金剛の学ランを掴んでトコトコとついていくものだから、傍から見れば完全に「魔王と生贄の少女」だ。
「みんな避けてくれる! VIP待遇だね!」
「違う。フィールドボスを回避してるだけだ」
陽奈の能天気な発言にツッコミを入れつつ、俺たちは「生徒会室」というプレートが掲げられた重厚な扉の前に立った。
「たのもーっ!!」
ノックもせずに、陽奈が扉を開け放つ。
静寂に包まれていた生徒会室の空気が、一瞬で凍りついた。
部屋の奥。
分厚い書類の山に囲まれたデスクに、一人の女子生徒が座っていた。
腰まで届く艶やかな黒髪。知的な銀縁メガネ。
制服を着崩すことなく完璧に着こなしたその姿は、冷たくも美しい氷の彫像を思わせる。
生徒会長、西園寺ランカ。
才色兼備にして完全無欠。規律を重んじ、校則違反者をゴミのように処理することから『鉄仮面の女帝』と呼ばれる女だ。
そしてその傍らには、もう一人。
これまた真面目そうなメガネをかけた男子生徒が、直立不動で控えていた。副会長だ。彼は無言で一礼し、ランカの手元にタブレット端末を差し出した。
「……騒々しいですね。動物園の柵が壊れたのですか?」
ランカは書類から目を離さず、鈴の音のように美しい、しかし絶対零度の声で言った。
第一声から煽りスキルが高い。
「部活の申請に来たよ! これ、受け取って!」
陽奈が申請書をバシッ! とデスクに叩きつける。
ランカはゆっくりと顔を上げ、メガネの奥で鋭い眼光を光らせた。
そして、俺たちの顔ぶれを一瞥すると、副会長から受け取った端末を指でなぞった。
「……なるほど。2年2組、天道陽奈。……先日の倉庫裏ガラス破損1枚に加え、先月の教室窓ガラス破損2枚。計3枚」
「うっ、そ、それは……弁償したもん! 過去は振り返らない主義なの!」
「……同じく金剛厳夫。……新入生を泣かせた数、計5名」
「あぁん? 俺はただ目が合っただけだぞ!?」
「……夢咲クルミ。……中庭への無許可植樹、常習犯」
「ふぇぇ……ご、ごめんなさい……!」
「……笹木慧。……特に記述なし。……存在感が薄い、と」
「ほっとけ」
全員の罪状が瞬時に読み上げられる。
副会長が「データに間違いはありません」と恭しく付け加える。
さすがは運営。バックアップ体制も完璧か。
「部員数は規定の四名を満たしていますが……このメンバー構成はなんですか? 問題児の見本市ですか?」
ランカが冷たく吐き捨てる。
「あぁん? 誰が問題児だコラ」
金剛がピキッと反応し、ドスの効いた声で一歩前に出る。
その迫力に、背後のクルミが「ひぃっ!」と悲鳴を上げて縮こまる。
「見なさい。貴方が声を荒らげただけで、後ろの少女が怯えています。その威圧的な態度そのものが、校内暴力の種になるのです」
「ッ……! ち、ちげぇよ! 俺は……!」
金剛が言葉に詰まる。確かに、見た目の説得力が皆無だ。
「言い訳は無用です。却下。ゴミ箱へどうぞ」
ランカは申請書を指先で弾き返そうとして――ふと、その手が止まった。
彼女の視線が、クルミの抱えるクマのポシェットに吸い寄せられたのだ。正確には、そこにぶら下がっていた小さなマスコットに。
「……ん?」
それは、某魔法少女アニメ『星導のアンジュ』の劇場版限定グッズ、妖精『モコちゃん』のプレミアムキーホルダー。
「っ……!? そ、それは……まさか……ッ!?」
鉄仮面が一瞬で崩壊した。
ランカの瞳孔が開き、頬が微かに紅潮する。メガネの奥で「欲しい、尊い、ありえない」という感情が渦巻いているのが、俺には手に取るように分かった。
隣の副会長が「会長? いかがなさいましたか?」と不思議そうに首を傾げる。
ランカはハッとして、瞬時に表情筋をリセットした。
「……コホン! な、なんでもありません」
再び冷徹な仮面を被り直す。
だが、遅い。
俺の目は誤魔化せない。
(……なるほど。このラスボス、弱点属性があったか)
俺はニヤリと笑い、一歩前に出た。
「……待ちたまえ、生徒会長」
「なんですか、笹木さん。貴方も同罪ですよ」
「校則第12条第3項。『生徒会は、正当な理由なく部活動の申請を拒否してはならない』。部員の見た目や、個人的な先入観だけで却下するのは、ルールの乱用じゃないか?」
俺が『先入観』という言葉を意味深に強調し、チラリとクルミのマスコットに視線をやると、ランカの眉がピクリと跳ねた。
図星だ。動揺している。
「……屁理屈ですね。ですが、このメンバーが校内の秩序を乱すリスクは明白です」
「逆だ。システム管理の観点から言えば、認可すべきだ」
俺はハッタリをかました。
「いいか? この問題児どもを野放しにすれば、学園のシステムは崩壊する。ならば、一つの部室に隔離して、相互監視させるのが最適解だ」
「……サンド、ボックス……?」
「そうだ。俺が軍師として、こいつらの手綱を握る。何か問題が起きれば、部室ごと爆破してくれて構わない。……これは生徒会にとっても、リスクヘッジになるはずだ」
俺は小声で付け加えた。
「それに、お任せ部が存続すれば、学園内の『隠れた逸品』の情報も入ってくるかもしれないしな?」
「ッ……!」
ランカが息を呑む。
数秒の沈黙。
彼女は、クルミのポシェットを名残惜しそうに一瞥し、フッと小さく鼻を鳴らした。
バンッ!!
乾いた音が響き、申請書に赤い承認印が押された。
副会長が「会長、よろしいのですか?」と驚きの声を上げるが、彼女は手で制した。
「……いいでしょう。その『詭弁』に乗ってあげます」
ランカは申請書を俺に突き返した。
「ただし、条件付きです。一ヶ月以内に『学園への貢献実績』が認められない場合、あるいは一度でもトラブルを起こした場合、即刻廃部とします。……監視していますよ」
メガネの奥の瞳が、冷たく、そして少しだけ期待するように光った。
「やったああああ! 勝ったぁぁぁ! 私たちの勝利だぁ!」
部室に戻るなり、陽奈が勝利の雄叫びを上げた。
金剛は「ケッ、肩が凝る場所だぜ」と悪態をつきながらパイプ椅子にドカッと座ったが、その隣でクルミが「こ、怖かった……」とへなへなと崩れ落ちるのを見るや、「おい! しっかりしろ! 魂抜けてねぇか!?」と、慌てて彼女を支える過保護っぷりを見せた。
一方、我らが部長はそんな凸凹コンビをよそに、勝利の興奮でテンションが振り切れていた。
彼女はキラキラした瞳で俺に詰め寄り、背中をバシバシと叩いてくる。
その動きに合わせて、高い位置で結われたポニーテールが、ご機嫌な犬の尻尾のようにブンブンと左右に荒ぶっていた。
「さすが軍師くん! あの鉄仮面を言い負かすなんて!」
「言い負かしてない。首輪をつけられただけだ」
俺はため息をついた。
「実績作り」に「トラブル厳禁」。
この暴走パーティーでそれを達成するのは、魔王討伐より難しいミッションだ。
俺が今後の対策を練ろうと頭を抱えかけた、その時だった。
ぐ~~~~。
盛大な音が、部室に響き渡った。
犯人は、我らが部長だ。
「……あはは。緊張が解けたら、お腹空いちゃった」
陽奈が照れくさそうにお腹をさする。
そう言えば、放課後の作戦会議のあと、すぐにあそこに突撃したから、誰も何も食べていない。
「よし、クエスト開始の前に、まずはHP回復だ! 軍師くん、移動するよ!」
「どこへだ?」
「決まってるでしょ! 作戦会議という名の、祝勝会だよ!」
陽奈はカバンを引ったくると、勢いよくドアを開け放ち、高らかに宣言した。
「全軍、駅前のファミレスへ進撃ーっ!」
「……ちっ、しゃあねぇな。おいクルミ、行くぞ。とろとろしてっと置いてくぞ」
「ああっ、待ってください~! 金剛くん、歩くの早いですぅ……」
金剛が歩き出す。その歩幅は、クルミに合わせて不自然なほど殺されていた。
俺も苦笑しながら、カバンを肩にかけ、その賑やかな隊列の最後尾についた。
放課後の廊下に、凸凹な4人の足音が響く。
前途多難なスタートだが、まあ、退屈だけはしなさそうだ。
こうして俺たち『お任せ部』は、ささやかな祝勝会へと足を踏み出すのだった。




