第33話
「ヴィンスーー!!」
いくら大声を出しても届かない。
炎に包まれ、状況が読み取れない。しかし、それを助けることすらできない。
逃げろとヴィンスに言われた瞬間、何かに覆われた。覆われたまま地面から足が離れ、浮遊していった。
硬い何かに乗っているかのように、足元は安定したまま浮遊し上昇していく。二歩目を出すと、目の前にも硬い何かの壁があるかのように、ぶつかって前には進めない。手を伸ばすと、足がぶつかった位置から前には進まない。その何かをたたく様に暴れるが、それが壊れることはなく、ある程度の高さまで行くと止まる。
隣を見ると、同じような状況となっているルーフォンが驚いている様子でしゃがんでいた。手を伸ばして肩に触れるとこちらに向く。ルーフォンとの間に壁はない。
ゆっくりと後ろを向くと、少し離れた場所にシェイルが楽しそうに微笑んで立っていた。
「てめっ!」
身体ごと後ろに向き、シェイルのほうへと行こうとしたが、一歩すらいけない場所で壁にぶち当たる。
この空間を作っているのはシェイル。これ以上援護や助っ人に手を伸ばせないように、何かしらの魔法にぶち当たっているのだろう。
此処から逃げ出すための力は、まだ復活していない。復活したところで、どういう構成になっているのかわからないこの魔法を、打ち消すことができるかもわからなかった。
冷静になったのか、隣から呪文が聞こえる。ルーフォンだ。魔法がダメなら魔術でと思っているのだろう。しかし、いろいろな魔術を唱えているが、何も発動されることはなかった。
何もできないままこの空間からあがいていると、炎が自然と消えた。
「ヴィンス…ヴィン…ス…」
消え去ったその場には、何も残ってはいなかった。
あたかも、もともと何も起きていなかったかのように。
◆◇◆◇
冷たい瞳。
その瞳を俺は知っている。見ていてはいけない。触発される。わかってはいるというのに、どうしてもその瞳から目が離せなかった。
ユージュはリルとともに、やる気のなさそうにどこかに行ったのを視界の端にとらえた。
お互い取り残されたこの場。しばらくただ見つめ合ったままだった。どちらから何かをすることもなく、まるで向こうには戦意が全くないかのように。
動く様子のない相手に、言葉を投げかける。
「大人しくやられてくれないかな」
「太陽を見たことはあるか」
「…は?」
会話が成り立たない奴なのか。
イラッと来たが、冷静さを失ってはいけないと、深呼吸をして気を静める。
「俺は見たことがない。行くところどころ天候が悪いか夜か」
「…」
「人間が言うところの雨男」
「…」
できることなら聞きたくないセリフだった。少し俯き視線を少し外す。
「太陽は俺を捨てた。お前は太陽を見たことがあるか」
「…っ」
目を閉じ右手に拳を握り、再び瞼を開けてミヘンを睨みつける。
一瞬姿勢を落とし、地面を蹴ってミヘンの目の前に飛ぶ。握った拳を広げて首をとらえ、そのまま地面に着きつける。
「だまれっ」
首をとらえた手に魔力をこめて水分を吸い取ろうとする。すると、とらえたはずのミヘンは、体すべてを水蒸気へと姿を消し、背中に体重が乗りかかる。
地面に伏せるように押しつぶされ、腕で体を起こすように地を押し、後ろを振り向く。
冷たい瞳。
その瞳が俺を見下ろしてくる。
背中に座り、こちらを無表情に見下ろしてくる。
手が視界を隠すように伸びてくる。地面に触れていた手に魔力を瞬時に込めて押し出し、身体ごと振り返り振り払う。
身を起こして距離を開ける。
「何を焦っている」
ようやく変わる表情。しかしその表情は、こちらの感情を崩すものだった。
うっすらとほほ笑み、何かを探るように挑発してくるようにも見えた。直視しないよう少しだけ視線を外す。
(だからヴィンスと変わりたかったのに)
水が苦手だというのは知っている。しかし、単純そうな脳みそ相手に戦う方が技がしっかりと掛かりやすい。挑発してくるようなこの瞳は、どちらかと言えば動揺することがほとんどないヴィンスのほうがやりやすい。
「おしゃべりは嫌われますよ」
そう聞こえたともに、横からミヘンに向かって雷撃が飛んでくる。
すぐに気付いたミヘンは、後ろへすぐに後退する。視線をやると、そこには無表情のシュンリンがいた。魔王はと聞きたかったが、ルーフォンとアマシュリがいない。どこかに隠してきたのだろうか。しかしここは敵の陣地。隠したところですぐに見つかるだろう。
(そういえば、動揺しない奴がもう一人いたな)
シュンリンの登場に、心のどこかが安心を覚えていた。
魔王がいない間、基本的に城にいたのはシェイルとシュンリン。ヴィンスもいたが、ほとんど庭に居て、会う時間は大体決まっていた。シュンリンとシェイルであれば、シュンリンのほうが居心地がいいのは仕方がないことだった。
シュンリンに魔王は懐いている。その懐き具合が俺にも似てしまっているのだろう。会話が多いわけではなかったが、会話がないなりに安心するものがあった。お互いがお互い干渉しないから。
「そんなにしゃべってないんだけど」
不満そうにミヘンが言った。それに対して楽しそうに、そうでしたかと答えるシュンリン。
「あなたの相手は私がお受けいたしましょう」
「興味ない」
「あらあら。それは残念です。私はあなたにとても興味があります。少々のお時間位、お付き合いください」
(ここは私に任せてヴィンスの元へ)
(でもっ…)
(あの時私は何もしてあげられなかったの。いつも、何もしてあげられなかった)
走った。
シュンリンが言う“あの時”。魔王に救われた“あの時”。何も責めちゃいないのに、何かの責任を感じているかのような言い方だった。その時のテレパシー、シュンリンにしては感情がこもっている言葉で、逆らうことができなかった。
ミヘンと対峙したくないという本音もある。逃げているという感情も流れ込んでくるが、その感情に目をつむる。今はこうすることしかできそうもない。
ヴィンスが向かった方向へと足を延ばしたが、どこにも見当たらない。異臭が鼻を覆って邪魔をする。焦げ臭さも至る所からするせいで、印にすらならない。テレパシーを送っても返ってこない。嫌な汗が額に垂れた。
走る足を緩めた時、一部濡れた地面を見つける。通った場所にはどこも水は存在していないというのが、湿った地面に違和感を感じさせる。そっと近づき、周りを見渡す。
瓦礫の奥の焦げた壁、崩壊している建物。周りに気になる物は特にない。しかし、ここで何かが起きたのは確かだった。
(ヴィンスが水…? レリィが水…? いや、違う…)
水の魔法を使えないことくらい知っている。となると、これは敵の仕業。しかし、レリィは炎が主となるのは気配でわかった。
周りを見回しても魔物の気配はない。嫌な想像だけが頭を働かせる。
背中に魔力を集中させ、周りの水分を固体化させる。固体化させた姿は翼。水分で輝く翼を数回動かし空へと向かって飛び立つ。
高いところから見下ろす景色。どこを探してもヴィンスの姿はない。気配すら感じない。遠くでリルとアマシュリの気配と、シュンリンの気配。そこで違和感を感じる。
どこを探しても、ヴィンスどころか魔王の気配がしない。何度も何度も地面を見渡しても魔王がいない。魔力が薄いからと言って気配を感じなかったわけではない。少ない魔力で気配を隠すことに使うとは思えない。一緒にいるはずのルーフォンという人間の気配もない。嫌な予感がさらに心を惑わす。
上を見てもどこまで続いているのかわからない暗闇。
「魔王…魔王…」
失いたくない。その一心だった。
シュンリンの元へと急いで足を降ろす。電撃で痺れさせているのか、片膝を地に着けシュンリンを睨みつけているミヘンを見つける。
「シュンリン!」
「戻ってきたのですか」
「早く終わらせるぞ」
「…?」
一度こちらを見たが、すぐにミヘンのほうへと視線を戻す。
「ダメだわ。この男けっこういい戦行くのかと思ったけれど、所詮貴方のコピーね。弱いわ」
「…コピー?」
「えぇ。コピー。シェイルにコピーとして作られた者。力もおそらく何かのタイミングで貴方からとった髪」
「髪?」
「髪は体の内側から出てくるもの。その髪に力の源となる魔力を注げば、髪の持ち主と近い力を得られる。そして、記憶も」
「記憶…」
「その記憶はあたかも自分の物だったかのように再現される」
『太陽は俺を捨てた』
聞きたくないセリフだった。ミヘンはそれを自分の記憶としている。でもそれは、俺の過去。
「そもそも、その力は私の物だった」
「え…」
「その誰かの物と電気経路をつなげて、同化させる。私が得意としていた魔法。所詮は魔法。電気の魔法さえ使えれば、あとはそれを応用するだけ。細かい作業が必要になるけど、コツさえつかめばできないこともない。さすがシェイルというべきでしょうか」
そう鼻で笑うように言う。
滅多に見ない姿。よく見なくても分かる。怒りに満ちているシュンリンの表情。しかしそれは、目の前のミヘンにではなく、シェイルにあたる感情。
「せっかく戻ってきたのですリベリオ。この男の最後はあなたが」
「…ああ」
自分の記憶を、他の人が保持していることへの気持ちの悪さ。ゆっくりとミヘンへと近づき、首元を掴む。いつものようにミヘンの水分を身体から放出させる。
苦しみでもなく、助けを求めることもなく、ミヘンの口元は微笑むように上がり、シュンリンのほうへと顔を向ける。
「残念です。姉上」
「え…」
「やりなさいリベリオ!」
急かすシュンリンの言葉に、ミヘンの首に力を入れ、すべての水分を放出させた。
身体から水分が失い、力も重みもない体がだらりと垂れる。しかし、その手を放すことはできない。最後のミヘンの言葉。その言葉がどうしても耳から離れなかった。
「リベリオ、ヴィンスは…」
「姉上って…何?」
「…」
シュンリンのほうを見ると、視線を外される。
シュンリンの事はほぼ知らない。言わなかったし聞いてこなかった。魔物の中ではあまり過去の事を聞く者は少ない。だからこそ気にはしていなかった。知っていることは、俺よりも先に魔王と一緒にいた魔物。ということくらいだ。
「そう、ね。あなたが忘れているだけよ。幼いころに分かれてしまったキョウダイ。というところよ。ただの両親の喧嘩です。再会した時、私の事を忘れているようだったから、そのままでいいかなとも思ったのよ」
(だから、居心地が良かった。のか)
もともと幼いころの記憶はほぼない。昔に自分で封じた。一緒に姉の存在までも消したのだろうか。
「…。そうか。まぁ、いい。シュンリンが姉であろうとなんだろうと、変わることはない」
そういって歩き出す。
それについて行くように、少し間を置いてシュンリンが後ろからついて来る。
「ヴィンスと魔王がいない」
「気配は」
「ない。空から探してもいない」
「…レリィという男は」
「いない」
後ろで足が止まる。振り返ると何かを考えるように、あごに指をあて少し俯き加減となる。
何か思いついたのか、顔を上げて少し早口に口を開いた。
「リベリオ。私を空から落としてください」
「はい?」
理由を何度か聞いたが、急かされ答えは何一つ返っては来なかった。
翼を再度出し、シュンリンを持ち上げ上空へと飛び立つ。
「思ったんだが…自分で飛べよ…」
「今は力を温存したいので」
ある程度まで高度を上げたが、やはりヴィンスの気配も魔王の気配もない。シュンリンもそれに気付いたのか、周りを何度も見渡していた。
片手をあげ、離せという合図を送られる。何をするのか不安になりながらも、手を離し下で受け止められるよう落下速度よりも早く下へと落ちる。
折りながらシュンリンを見ると、自らの電撃を広範囲に飛ばす。電撃をあまり受けたくない自分としては、一瞬身構えてしまう。しかし、電撃が走ったのは一瞬だけだった。シュンリンを見上げても、まだ電撃を放っている様子ではあるが、何かに気付いたようにある一点のほうをじっと見ていた。
電撃をやめたと同時に、落ちてくるシュンリンを受け止める。
「不思議な空間を見つけました」
こちらを見ることなく、見つめていた一点のみを見たまま走り出す。ついて行くようにその後ろを追う。向かう先は、ヴィンスが向かっていったはずの方向だった。
湿った地面付近までつくと、シュンリンの向く方向をを確認するが、その先は上空だった。
「上に」
「ええ。こちらから見えない以上は何とも言えないけど、たぶんあそこに何かがある」
指を向けている先を見るが、ただの暗闇が広がっているだけのようにも感じる。
シュンリンはこちらに身体ごと向き、両腕を伸ばしてくる。なんの腕だと掴みながら問うと、あそこまで運んでいけと命令される。
確かにシュンリンほど魔力の消費はないにしても、どこにそれがあるのかがわかっていない俺が運ぶのも、なかなか困難なものだった。
言われるがまま翼を生やして再度空へと飛び立ち、シュンリンが指さす方へと飛んでいく。
「止まって。もう少し前」
一度止まり、ゆっくりと距離を調整する様に前方へと近づいていく。すると、伸ばしていたシュンリンの手が何かに触れた。
行き止まりなのか、手のひらが透明な何かにぶつかる。
もう少し上と命令されるがままにシュンリンを移動させると、触れていた何かがなくなったかのように奥へと手が進んだ。
そこに地面があるかのように、壁のようなものが、地面と平行しているようにある。そこに手を伸ばし、ゆっくりと俺の腕から離れていく姉、シュンリン。
足を乗せ、しっかりと立てることを確認する。
少し離れてと、言われるがままに従うと、再度電撃をある程度の範囲に飛ばす。
「ここ、何かに囲まれている」
「その中に何かがあるってことか」
「たぶんとしか、今は言えない」
足を乗せているところに、何度か叩いて壊れないか確認はしているようだが、本当にそこに何かがあるのだろう。ドンっという音がシュンリンの手元から鳴る。
「なぜ魔王たちから離れた」
「魔王の判断です」
「…」
それを言われると何も言えない。
シュンリンは魔王の命令には忠実だ。特に、そんなに命令を受けるタイプではないからこそ、命令されると忠実に動くしかないのだろう。
「リベリオを助けてほしいと」
「え…」
「魔王からの命令でした」
それを言われてしまえば、俺から魔王に何かを言うことなんてできやしない。
翼を消し、シュンリンが乗っている何かに一緒に乗る。触れると、ざらざら感のないガラスを触っているかのような感触。
ゆっくりと奥のほうへと行き、いつ落ちても大丈夫なように背中に魔力をある程度溜めておく。
「リベリオ!」
シュンリンが叫んだ言葉に、足を止め振り向いた。
「その先は落ちます」
電撃を飛ばした時、ある程度の距離までわかっていたのか、足元に指を差される。しゃがんで手で確認すると、数歩先でこの壁はなくなっているが、九十度内側へ手を触れてみると、やはり入れ物のようにそこには壁があった。
「打撃が得意な者がいればよかったのですが」
「…リルがどうだか」
「ヴィンスも、あの細身な体系でどちらかと言えば魔法よりも打撃重視でしたが…今どこに…」




