第31話
レリィと向かい合った瞬間、すべてがわかった気がする。
この男に自分は勝てない。相性が悪すぎる。と。
しかし、それでも他の二匹が来る様子がないことから、リベリオが助っ人に入ろうとしたところを止めた。リベリオの得意分野の相手だというのは一目で分かったが、隣のミヘンがリベリオのほうしか見ていなかった。
リベリオとともにレリィを相手にすると、ミヘンの行動を読むことができなくなる。シュンリンかリルがどうにかするのかもしれないが、正直リベリオと手を合わせて戦うことにも不慣れだ。戦術が違いすぎて、息が合わないのが目に見えている。だからと言って、レリィをリベリオに任せたとしても、それをレリィが許す気がしなかった。
枝をどうにかして手に入れようと探すが、燃え尽きている建物から何か得られるものはなかった。
魔王はどこか勘違いしている節がある。正直戦闘はあまり得意な分野ではない。だからと言って医療に特化した知識を持っているわけではなかったが、苦手な戦闘を補うには医療に手を出すしかなかった。
最初に準備し、回収した枝を使うしかない。
一本枝を取出し、いつものように槍に変えることが、争いのスタートだったようだ。
ただ見ているだけだったように見えたミヘンとユージュが、それぞれリベリオとリルに牙をむき始めた。
ゆっくり向かって来ていたレリィも、地を蹴りあっという間に距離を詰め、一歩も前に出れない距離まで接近させられ、下から上へと手が伸びる。
もともと前に出るつもりはなかった。足は自然と地を後ろに蹴って下がりつつ、振り上げられたその左手を弾く。しかし、枝からできているものの頑丈さを保っていた槍が、弾いて触れた部分が真っ二つに割れる。
弾かれた反動で数歩後ろに下がったレリィだが、折れたことにより動揺を隠せなかった俺は、なるべくレリィと距離を置くように地を数回蹴って下がる。
折れた部分を見ると、熱がこもっているのか、じんわりと赤くなっていた。恐る恐る手を近づけると、そこは熱さがある。
「熱…」
見た目と強度はある槍だが、所詮枝からできている。一時的に強度を上げることはできても、火に勝つことはできない可燃物だ。
魔王たちの姿を探すが、リベリオとリルが応戦している様子しか見当たらないところを見ると、シュンリンが別の場所へ移動させたのだろう。少し安心しながらも、目の前で楽しそうに微笑みながら、ゆっくりとこちらにレリィが近づいてくる。
折られた槍は、力なくして二本の枝へと戻った。
今できることは時間稼ぎ。
早くリベリオが戦いを終わらせてこちらに来てくれるのを信じていた。もしくは最終的目標シェイルの終了。しかし、今応戦せず戦力となるのは、シュンリンとルーフォン。しかし、ルーフォンに限っては、同じように時間稼ぎできればいいぐらいだろう。シェイルに手を出すことはできない。シュンリンがアマシュリと魔王をかばいながら進むことは考えられない。
苦手な魔法を使えば、それなりにレリィと応戦はできるとは思うが、魔王と同じように身軽さを武器にしている部分も感じられる。弾いた時の軽さでわかった。力押し派ではない。炎属性の魔法を使われる時点で、木を得意としている俺には負けしか見えていない。
リベリオはこのことをわかっていた。だからレリィを相手にしようとしていたのだろうが、正直水とも戦いたくはない。
ミヘンの周りには水分率がとても高かった。だから水属性の魔法を得意としているのはすぐに分かった。雰囲気が少し、リベリオに似ていたから。というのもある。
「ねぇ、何を考え込んでいるの? 教えてよ。距離ばかり取られても面白くないんだけど」
考え込みながらも、詰めてくる距離を開けようと、詰められた分、徐々に下がっていた。
折られた二本の枝を再度見る。折れたことにより、一本枝が増えたようなものだ。だからと言って、勝ち目が見えるわけでもない。
徐々に下がると、焦げ崩れた木材が足に当たり、数か所崩れる音がした。
「後ろ、徐々に詰まってきてるけど?」
楽しそうに距離を詰めてこようと歩いてくるレリィを横目に見ながらも、崩れている木材のほうをもう一度確認した。
距離を開けるように、気にせず木材に足を乗せ、体重をかける。
崩れるように一瞬視界が下がるが、それでも足を後ろに持っていき、木材を踏み崩しながら足に集中して下がっていく。
先ほどよりも視界が上がる。ただでさえ見下ろしていたレリィの姿が、より下に見える。
「ちょっと。聞いてるの? 何か言ってよね」
散りばめられた木材にまで乗ってくる気はないのか、足を止め、少し俯いて足元にある木材を蹴り飛ばしていた。
黒く焦げた木材のかけらが足元に転がっている。飽きてきたのか、近寄ることはなくこちらを向くことすらなく、ただ俯いて足元の木材を、足で構っていた。
少ししゃがんで足元にある木材を手にする。
焦げたその木材は、下手に力を入れると、握力で形が崩れ、折れてしまったり細くなってしまったりする。
力加減を間違えないように取ると、それはちょうど指先から肩まで位の長さ。太さはおおよそ20センチほど。それを持つと、魔力を注ぎ通常槍にしていた頑丈具合だけを、木材に流し込む。それを少しだけ振りかぶってレリィのほうへと投げつけると同時に、足元にある違う木材を取る。
投げられた木材に気付いたレリィは、呆れるように顔を上げながら腕を振ってそれを振り払う。しかし、振り払った先には、もう一つの木材がさらに向かってくる。少しイラッとしながらも逆の手で振り払うが、投げる攻撃が何度も何度も行われる。
「ちょっと、どんな戦い方だよっ」
イラつきを徐々に見せてきたレリィ。止めることなく、足元の木材に瞬時魔力を注ぎ、何度も何度も投げつけた。
振り払った木材は、徐々にレリィの足回りを囲っていく。それとは逆に、足元になくなっていくことにより、高さが徐々に下がっていく。そのことにレリィは気づいていない。
「やーもう! 腹立つなぁっ!」
ただ受けているのが我慢の限界になったのか、ついに投げられた木材に手をかざしてそれを力強く燃えあげる。
燃えて落ちた木材。そこから先に向かって、左手で炎を投げつけられ、木材を投げてそれをこちらに当たらないようにかばう。数個投げたあと、掘られたように減った足場目の前にある木材に手を当てる。魔力を注ぎ込み、形を変えさせ、塀のようなものを目の前に作る。しかし、炎で視界が遮られたレリィは、真正面に炎を打ってくる。
作った塀に炎がぶつかり、火が移る。しかしすでに焦げた木材に、あまり火はつかない。
塀の下のほうにまだ触れていた手に、再度魔力を注ぐ。それは塀にではなく、塀のさらに奥の木材へと。
木材に覆われている下の木材が形を変えて、魔力を伝えていく。
先ほどから振り払われていた木材まで魔力がたどりつく。
木材は形を変え、レリィを覆うように形を変えた。
「なっなんだよ」
炎を身の回りに集め、対抗しようとしたが、すでに燃えることのない焦げ終えた木材は、頑丈になる魔力を注がれたことにより、耐熱度が徐々に上がっていく。
「おい!」
魔力を使い殴っているのか、中から大きな音と振動が聞こえる。
微かに外に熱気が出てきている。徐々に内側から燃え始まっているのか、炎の部分が徐々に出てきた。炎を使うからと言って、多少の耐性はあるだろうが、全く効かないわけではないだろう。
折られた枝を槍に変え、徐々に燃え始めている中心部へと貫く。
少し手ごたえがあったが、やはり気配と感覚だけでは中心部を確実にとらえることはできない。
刺した槍は、鋭さのみを求めたせいで、すぐに崩れて燃え上ってしまう。もう一本の枝を槍に変え、二歩ほど下がって構える。
もうすでに覆った木材は灰となり、崩れ落ちていた。
怒りが顕わになったように、身の回りをすべて炎で覆い、その瞳は先ほどまでの微笑みからは遠ざかり、眉間にしわを寄せて睨みつけるように見つめる。
右腹部が負傷している。おそらく先ほどの槍がそこにあたったのだろう。
右手で槍を構え、左手には三本の枝を用意しておく。
突く様にレリィに向けて突き刺すが、左手を伸ばし、炎でその槍先端部を焼き落とす。しかし、魔力を注ぎ続けているその槍は、すぐに先端を金属のようなものに変え、再度レリィに突き刺さる。
金属のようなものに変えたところで結局は木材。燃え崩れるが、徐々に短くなりつつも、負けじと突き進める。
追いつかなくなった手から槍が離れ、レリィの左肩をかすめた。すぐに槍から手をはなし、用意していた枝を剣に変え、左から右へと振る。 しかしそれは当たることなく距離をとったレリィにより、スカしてしまう。
「むかつくむかつくむかつく」
左手をこちらに振る。距離はあるものの、溜めていた魔力により、炎が飛んできては周りを覆われる。
いつかは直接炎で攻撃を仕掛けてくるのはわかっていたが、対処のしようがない。水魔法が少しでも得意であれば、自らの周りに水の膜を張るのだが、苦手な魔法を急きょ行えるわけでもなく。
耐えることのできない熱が肺に入っていく感覚。
二発目が来る。至近距離、左手が腹部を狙って押し出そうとしてくる。
「ヴィンス!!」
力強いその声とともに、目の前からレリィが吹き飛び、周りを覆っていた炎が後ろからの水によりかき消される。
よく見ると、レリィは別の水により飛ばされていた。
加勢に来た声のほうを見ると、そこには呪文を唱えているルーフォンと、身構える魔王の姿があった。ルーフォンと魔王が同時に水の魔法と魔術を使ったのだろう。
(ありがたいのですが、水も苦手…です)
レリィのほうを見直すと、さらに怒りが増しているようで、ゆっくりと立ち上がり、水をかぶって濡れてしまった髪は、顔にペタリとついてしまい少し薄気味悪い。髪の合間からかすかに見えた片目は、すでに魔王のほうへと向いていた。
(まずい)
地面を蹴ったレリィは一直線に魔王のほうへ飛び出す。しかし、後ろで唱えられていたルーフォンの声が同時に途切れた。その瞬間、魔王とレリィの間にある瓦礫が変形し、盛り上がり壁ができる。
飛び出した足は止まることができず、その壁に体当たりをするようにレリィがぶつかり、すぐに現状を把握したレリィが視点を変えこちらを睨みつけて再度飛び出すが、レリィとの間に新たに壁ができる。
反応に遅れるレリィがぶつかる音がするが、さらに瓦礫が変形する音が奥の方二か所からする。ずれる音と共に、その壁から数歩下がって様子を見る。
どうやら瓦礫で作られた壁が、レリィをとらえるように覆っていた。
「ほぉ」
つい感心してしまったが、中からは力強く壊そうと殴っているレリィの音がする。何かを怒鳴りつけてきているようにも聞こえるが、残念ながら耳には届かない。
長々と唱えていた魔術はこれだったのだろうか。
ルーフォンのほうを見ると、再度魔術を唱え始めていた。するといきなり中のほうから、先ほどよりも大きい声で叫ぶレリィの声がかすかに聞こえる。
中で何が起きているのか魔王にもわかっていないようで、近寄ろうと足を延ばした時、魔術を唱えているルーフォンの手が伸び、先に進むのを腕をつかんで止め、逆に俺のほうへと魔王を押し出した。
されるがままに、ルーフォンのほうを見ながらも、魔王が近づいてくる。
「無事か」
「生きてます」
心配そうな表情を拭うことを、今はまだできない。先ほど受けた炎が体全体を覆っている感覚が、今でも残っている。
覆われた壁を見ると、微かな隙間から炎が漏れている。炎ですら通すことのないこの壁の性質を調べたいが、今は近づくべきではない。
中からの叫びは徐々に大きく苦しげな声へと変わっていく。
「あああああぁぁぁーーーーー!」
中からの炎が一段と大きくなった。漏れ出しそうだった炎が、ある一か所から大きく飛び出してくる。瓦礫の壁が限界を呼んだのか、先ほどよりもその隙間は大きく感じる。
炎が飛び出したかと思えば、空を舞いゆっくりと地上へと降りていく。その炎は徐々に人間のような形になり、先ほどまで対峙していたレリィの姿へと移る。
「なっ」
魔術では最後まで仕留めることができなかったよう。呪文を諦めたルーフォンへと、魔王を押し出し身を任せさせる。されるがままにルーフォンのほうへと魔王は行き、ゆっくりと距離をとるように後ろへと下がっていく。
怒りに満ちたレリィは、身体の一部が炎のまま完全に肉体を取り戻してはいない。おそらくリベリオが行う瞬間移動に似た魔法を使ったのだろう。
高いリスクを伴う場合があると以前聞いていた。だからリベリオも最終的な手段としてしか使用をしないと言っていたのを覚えている。
右足左腕、負傷していた右腹部、右目部分が炎となり、持って行かれている。
しかし炎だとしても足と認識されているのか、両足でしっかりと立ち、ゆっくりと歩き出す。
「なんなんだよあのガキども…」
向いた先はルーフォンと魔王のほうだった。逃げるように指示をし、腕を伸ばしてレリィに触れる。
肩の服部分を掴み引き寄せようとすると、顔がこちらを向き目線が合う。魔力を注ぎ込んで内側から破壊しようとした瞬間、いきなり炎に包まれ、視界が変わる。
目の前は炎。横も後ろもすべて炎に囲まれた。倒れないようにしっかりと地に足を付けているが、前後左右があいまいになっていく。
きっと、この炎は攻撃として放たれた魔法の炎ではない。小さく呟くようにいろいろなところからレリィの声が聞こえる。この炎はレリィ自身。
炎で移動をしようとして、怒りの感情と行動が重ならずに不安定な状態になっているのだろう。徐々に我を忘れてきているような声。
熱さを感じないことに気付き、ゆっくりとその炎に手を伸ばす。すると、その手を通して何かが視界に入った。反射的に手を引っ込めてしまったが、再度ゆっくりと手を伸ばす。