第15話
「ルーフォンが…」
アマシュリからテレパシーが入ったということを、リベリオから伝えられた。
簡単に心を許さないルーフォンが、考えもなく他人に着いていくわけがないと思っていたが、まさかアマシュリに調べさせている例の団体に、ルーフォンが関わってくるとは。考えがないわけではないのだろうが、どうするつもりなのだろうか。メッシュとテレパシーができれば、団体の状況も聞けたのだが、メッシュは魔力が使えない。
しかし、動いていないと思っていた団体が、コソコソと行動しているとは思わなかった。魔王討伐と言えば、魔物であれば堂々真正面から。と言うのを想像していたからだ。そんなことを言うと、きっとアマシュリに馬鹿にされるだろうから言わないが。
「どうなさいますか? 先に潰させますか?」
「いや、どうせこっちに向かってきてるんだったら、ここで戦った方がいい。その方が、堂々とルーとメッシュを引っ張りやすい。向こうで争いが始まっちゃうと、ルーとメッシュの行動が困る」
しかし、敵の人数が少なければ少ないほど、つぶしやすいというのも事実。
今の自分にできること。それは、魔爆をどうにかすること。
ヴィンスが言うには、身体に魔力が入っているのは事実らしい。だから体外にある魔力を感じられる。ということは、その入り込んでいる魔力を使用することができれば、テレパシーくらいなら。と考えている。
椅子に座り、そっと両手を前に伸ばす。
手と手を向い合せにし、その間で形成する、魔力でできた魔法の球を想像する。小さいころ、よくお遊びでやっていた。いろんな形にして楽しんでいた頃もあった。
体の内側に感じる魔力が見当たらない。どう集めようとしても、手に力が入る一方で、魔力が集められない。
「魔力ってどう扱うんだっけ? すっかり忘れちゃったな」
「すぐに治ります。そう願ってます」
「あぁ。ありがとう」
リベリオはそう慰めてくれるが、いつまでたっても使えないまま。人魚の涙は魔力や魔術を増幅させるというが、ただの噂や伝説にすぎないんじゃないかと、今となっては諦めてしまう。
実際、人魚の涙を使用したことはない。そもそも、どのように使用するのかもわからない。だから、発動していると実感したことがない。きっと、“無くしてわかるもの”の分類に入るのだろうが、涙どころか、魔力自体をなくしてしまっている。
使い方がわからなくなる日が来るとは思わなかった。そこまで常日頃、魔力を使用していたつもりはないが、だんだん不便さを感じてくる。
立ち上がり、この場を離れる。隣では、どこに行くかもわからないのに着いてきてくれるリベリオの姿がある。
ただ、おとなしく魔力の回復を待っていることができなくなってきた。誰に聞いても、治る方法がわからない今、自分からももう少し、知識と言うものを得てみようと思った。この城から出なければ、だれも文句は言わないであろう。
行く先としては、以前新たな技を自分に与えてくれた、あの本の山へと向かった。
こんな場所があったんだ。
到着してからの、リベリオのセリフだった。
ここはまだ、そんなに知られていないのだろう。シュンリンも、もう少し他の奴らが使いそうな場所をやればいいのに、新たな部屋を開拓していくワクワクは止まらないのであろう。
以前はなかった蝋燭が、一定距離を保って数個置かれてあった。シュンリンが用意したのだろう。その蝋燭に火をつけようとして、手が止まった。
「魔力、使えないんだった」
何気なく行おうとしたその行為。このようなときに、自分が魔力を使っていた。ということを思い知らされる。ソッと隣からマッチに火をつける音がした。
苦笑するリベリオだ。火をつけたマッチで、優しく蝋燭に火を灯す。
その姿を見守り、端から本の題名だけに目を通した。
一冊一冊開いている場合ではないし、自分の身長では見られない部分もある。この高さの本までと自分で区切りをつけ、そこから下にある文字に目を通す。ゆっくりと足を横に動かし、できるだけヒントになりそうな本を見逃さないよう、じっくりと。
「リベリオは、この高さから上の本を見てくれ。魔力にかかわる本を」
「了解しました」
「すまないな。料理をしたいだろう? 料理の本でもあれば、とっていくといい」
「ありがとうございます」
きっと、ここにはリベリオも知らない料理の本などもあるだろう。ただ、自分のために目を通すよりも、その楽しみを一つに加えてやると、より見る集中力が出てくるだろう。
見ていくと、魔力に関係なく興味のある題名も見受けられた。そのような本は、少しだけ引っ張っておき、目印をつけておく。
まさか、自分がこんなことをすることになるとは思わなかった。
本なんて読もうと思わなかったし、「知識」という言葉自体も好きではなかった。自分が何も知らないということを思い知らされる物。
何事にも勝ちたいとは思わないが、自分が劣っているということに気づく勇気はなかったから。
並ばれている本は、誰かが想像して作った小説や、図鑑。出来事を記したような誰かの日記や、誰かのことについて評価した本。歴史上の人物について記された本や、何かの行い方などを説明する本など、さまざまな種類の本が、本棚ごとに分けられ、置かれていた。
この城はいったい、何のために作られ、どうして誰もいない状況で建ち続けていたのだろうか。
本があるということは、アマシュリが入る前から、何者かはいたということだ。今でもまだ、掃除をし切れていないほど、広い敷地内。まだまだ自分たちが知らない場所ばかり。
長い年数ここにいたが、わからないことばかり。支障がないからこそ調べていかなかったが、徐々に疑問になっていく。
日記が置かれている本棚。
もういくつもの本棚を見てきていたが、魔力に関わる本のみを探していたから、気にもしなかったが、読めば何かわかるかもしれない。
踵を返し、その本棚へと戻っていく。
どれを見ればよいのか分からない。表題は、中に記入されているのであろう、日付と日数が記入されていた。てきとうに届く本を手に取ってみる。
カバーは固く、それなりの力を入れないと折れないだろうと想像はつく。赤茶色で、ザラザラしていて、手の平に乗せると、少し重い。
表紙を一枚めくると、ガサッという音がした。両サイドに押され、くっつきかけていたのだろうか。次をめくろうと表紙から手を離すと、自然と表紙が戻って行こうとする。
中身はその日にあったようなことが記されていた。
『今日もまた、研究室へと向かった』
最初の一文だった。
今日も。ということは、これよりも前の日付の本でも、向かっているということなのだろうか。
集中してみていたことに気づいたのか、リベリオが近づいてきた。手に持っていた日記を見せ、わからない言葉を教えてもらいながら目を通していく。
---着くまでの足取りが重い。もう、こんなことはしたくない。でも、しなくてはいけない。毎日思うことなのだが、「人生」というものを、このような作業で終わらせてよいのだろうか。
戦闘の兵器を作る。いや。兵器という言葉は違うのかもしれない。
兵器は機械だ。しかし、私たちが作っている兵器は、生きた人だ。いや、人というのもおかしいのかもしれない。きっと成功したとしても、その兵器は人として扱われないのだろう。現時点で、失敗作が数体海へ投げた。その投げた失敗作が、どこかに流れ着き、見つけた者が射殺したというニュースが今日研究所に流れた。
生きていたのだ。そのニュースを聞いて、心は空っぽになった。
驚き、嬉しさ、悲しさ、さびしさ、苦しさ。そして後悔。
生きていてくれたことに嬉しさを覚えた。しかし、生きていてくれたというのに、殺されてしまった。最初から作らなければよいのだ。戦争のために生まれてくるなんて、作るなんて。私は最低だ。後悔しているというのに、続けて行かなければならない。反省することなく、政府は作らせることをやめないのであろう---
「リベリオ。これって」
途中まで読んで、リベリオの顔を見る。
眉間に皺を寄せ、ただジッと文面を見つめていた。
戦争。おそらくこれは人間が書き記した日記なのであろう。兵器を作った。しかも、生きた兵器を。その研究所というのはどこにあるのだろうか。やはり、人間の土地なのだろうか。しかし、記されている日付は、数千年以上も昔の日付だ。
どういうことでしょうね。といい、続きを読み始めるリベリオ。先が気になるのであろう。
日付が変わり、数ページ進んでいくと、研究に変化があったようだ。
---久々のお休み。そんな時、研究所から連絡が入った。1体完成間近だと。
急いで出る支度をし、研究所へと向かった。
昨日まで必死に作り上げていた人間の姿の兵器が、カプセルの中心に浮いていた。見た目は昨日と何も変わらない。ただ、記録しているデータが予定以上の良い結果を出していた。
カプセルから出し、正常に動くのを確認しない限り、「成功」や「完成」とは言い難い。ここでまた、政府の想像している物ではない場合、破棄しなければならない。
カプセルから出せるまでには、もう少し時間がかかりそうだが、現状では問題はなさそうだ。
データのみを政府に送りつける。返答はかなり期待が高いらしく、褒めをいただいた。なのに、私を含め研究員の者はうれしさなんてなかった。皆複雑な表情をし、カプセルの中にいる兵器を見つめていた。
口を開くことはできなかった。誰にも告げられないが、私はできることなら今ここでこの兵器を壊し、失敗作と報告したい気持ちで山々だった。どうしてかはわからない。今まで研究を続け、成功したことにこんな感情を抱いたことはなかった。うれしかったし、大声で喜び合ったこともあった。なのに、今回はどうしても喜ぶことはできなかった。
---本日、良きデータを残した兵器を出す作業に移る日だった。どうしても足が重い。
やっとの思いで研究所にたどり着いたが、研究員も皆、やる気のない顔つきばかりだった。こんなことは今までになかった。それほど、皆この研究成果をよろしくは思っていないようだ。しかし、戦争は終わる様子はない。むしろ悪化している。
だからこそ政府は急いでいる。この研究結果を。
しかし、どうしても兵器を取り出したくなかった。このカプセル自体も本当はもう見たくはなかった。この中にいるのは、私の息子だ。---
「え…」
つい、読み上げた言葉に反応して口が開いてしまった。リベリオは口を開くことなく、ただ文字をじっと見つめていた。きっと、同じ感情を持っているはずだ。
こんなにも苦しんでいる研究員の息子が、実験として使われているのだ。成果が出るまでのこの研究員はどこまでの感情で研究を進めていたのだろう。どうして、気が進まない実験の被害者に自分の息子を利用したのか。きっと日付を遡ればわかるのだろうが、今は先が気になる。
視線を本に戻し、再度続きを読み上げる。
---研究員は嫌そうな顔つきで、カプセルの栄養剤を抜き、ゆっくりと扉を開ける。栄養剤にて浮かされていた体は力なく倒れこみ、それを他の研究員が恐る恐る支えている。
体に取り付けていたコードを取り、目を覚ますよう何度か声をかける。するとその声に反応したのか、その実験対象である息子はゆっくりと目を開ける。
研究員の指示に従うように立ち上がり、言葉がわかるか何度か声をかける。ゆっくりと開く口、声、動き。何もかもが不自然なものから、徐々に慣れ着いた動きに変わってくる。
近くにあった瓶を取り、ただ積み重ねていた使用後の段ボールの上に置き、その位置からこの瓶を壊すように命令した。距離は約50メートル。私も距離を置き、様子をうかがった。
壊すことができれば求めている物だ。何も使わず、体にあるエネルギーを使って遠くの物を壊す能力。人間には持ち合わせていない能力。これさえ身についていれば、政府が求める兵器となる。戦争がおされている今、反撃する唯一の手段。私たちの国のためと、気持ちを切り替えていかなければならない。
---覚えが早いらしい。
一日で言葉も生活の仕方なども見事に覚えてくれた。しかし、今日は政府が引き取りに来る日。気持ちは進まないが、私たち国のため。この子を兵器としてみなくてはいけない。そろそろ戦争も私たちの国が危機的状況になってきた。敵国もこの兵器を使用したことにより、おそらく戦争は終わるだろう。
政府が引き取る際、増産するよう命令された。
しかし、そんなに簡単に出来上がる者でもない。それに、被害者となる子供も限られてきているというくらい、子供の人数がかなり失われている。成功したデータを見る限り、成人男性を実験に使うのは失敗となるだろう。失敗や被害者を増やすわけにはいかない。私たち研究員はそれを望んではいない。
---本日、戦争に兵器の使用が用いられた。
私たちが予想していた以上の働きを見せている。いま、その状態に記入している。
ともに研究をしてきた研究員一人が口にした。そのことにより、私たちは逃げる用意をしなくてはいけない。
その研究員は気づいてしまったのだ。
戦闘として力を使い続けることにより、兵器はもともと無いに等しかった自我をきれいになくし、操作することなく私たちを攻撃対象とみることになる。と。
そのことを私たちは政府に伝えることはしない。
この日記も、本棚の部屋へしまっておく。その部屋は地上に守られ、兵器の攻撃対象にはならないだろう。置き次第、私たちは逃げる。本棚の部屋に生息形跡があるだけで攻撃対象になってしまう。
さようなら。私の愛しい永遠なる息子よ。永遠なる命を持つ息子よ。
日記はそれで終わっていた。