第13話
「俺らが?」
「あぁ。一緒に来てくれないか」
アマシュリが、リルとイリスを連れて魔物の土地へと向かってから、面倒くさそうな訪問者がこの村へとわざわざ足を運んできた。
案内をメッシュが頼まれたらしく、警戒心丸出しの強張った表情で部屋をノックしてきた後ろには、男2人。
筋肉で固められたかのような身体。その背中には身長ほどの長さがある、重そうな大剣持っているのが、ズイ。もう一人は、細身で身長が高くも低くもない、手ぶらの男が、フェイと言うらしい。
何者かと問えば、勇者と名乗った。亡き者となっているシレーナの次に当たる勇者だろう。
内容は、共に魔王を倒しに行こう。つまり、仲間になれとのことだった。
「なぜ我らだ。力がある者や、一緒に行きたいという者はその辺におるじゃろう?」
ユンヒュも不思議そうにそう問う。
俺は闘技場のところで見られていたのであれば、力を知っているからと言われても納得がいく。しかし、ユンヒュは目立ったことはしていないはずだ。出会う前のことはわからないが。
「前勇者と共にいたということで興味がある」
「興味だけね。まぁ、いいよ。役に立つかなんてわからないけど、着いていくくらいなら」
「ルーフォンお主…」
行くというとは思わなかったのだろう。ユンヒュが目を見開き、どういうことだと言わんばかりに声がかすれていた。
近づき、ゆっくりと耳元で考えを伝える。
(下手に町とか暴れられても困るし、別に力を貸すとは言っていない。シレーナが行ってきたことを無駄にされたくもない。魔王の城に向かうのであれば、シレーナのことは無駄にはならない。ただあいつらがやられて終わりだ。あくまでも着いていくだけというのが前提だ)
(…わかった)
(この村のことをユンヒュに任せても?)
(あぁ)
「あんたはどうする? 着いてきてくれるのか?」
「いや、我はこの村に残る」
「そうか。残念だ」
返答を急かすズイに、この村をわざと恋しそうに答えるユンヒュ。
この村にいても何もできないのはわかっていた。かといって、この村を見捨て、移動する勇気はなかった。この村だけでも守り続けていたかったから。かといって、ズイ達にシレーナが行おうとしていたことを壊されるのは嫌だった。だからこそ、あまり行きたがっていないユンヒュにこの村を任せた。護るだけなら、ユンヒュ一人でも問題ないだろう。
ゆっくり立ち上がり、案を口にした。
「この村にはお世話になったし、あいさつ回りをしてくる。あんたたちはここで少し待っててもらえないか?」
「わかった」
ユンヒュとメッシュを連れ、宿から出ていく。
気づけば外には、村の魔物は隠れているかのように、姿を現してはいなかたった。半魔であるメッシュも隠れていなかったのは、メッシュの勇気か、来たズイ達をすぐに見つけてしまったのが、メッシュだったかどちらかだろう。
先にメッシュの家へと向かう。
少しおびえているようなメッシュの母。しかし、俺達を見てホッとしたのだろう。ちょっとぎこちなかった笑顔が、ゆっくりと和らいでいく。奥へと案内され、父のもとへ。
「今までお世話になりました」
「行ってしまうのか?」
「えぇ。しかし、ユンヒュは置いていきます。面倒な奴だとは思いますが、いろいろ使ってやってください。守備の呪文はこのまま継続してユンヒュにさせます」
「そうか。さびしいな。勇者様…いや、前勇者様と言うべきか。あの方が居なくなった後、アマシュリも、ルーフォン…君までいなくなってしまうなんて」
メッシュの父と母は、本当にさびしく、初めて会った時よりも弱って見えた。
リルとイリスを連れて消えたアマシュリ。あれから一切の連絡がないというわけではない。一通の手紙が入り、しばらく向こうにいます。とだけ書かれていた。“向こう”というのは、魔物の土地のほうだろう。シレーナが姿を消した今、こちらにいる理由はアマシュリにない。
「定期的にとは約束できませんが、できるだけ手紙や何かしらの方法での連絡はとらせてもらいます」
「あぁ。楽しみにしてる。ないかもしれないが、もし俺たちにできることがあったら、遠慮なく言ってほしい」
「…ありがとうございます」
「お父さん!」
礼を言った後、何か迷った様子をしながらも、静かにしていたメッシュが、父へと口を開いた。
「お願いがあります」
「どうしたメッシュ」
「ルーフォンと一緒に行かせてください」
「なっ…」
驚いたのは父だけではない。俺やユンヒュ、母。メッシュ以外驚いてしまう。すぐに口を開くことはできなかった。しかし、父が驚いた様子のまま話す。
「何もできないお前が行ってどうするというのだ」
「何もできないから。何もできないから行きたい! 何か出来るために行きたいんだ! 危ないことも知ってる。でも、片方でも魔物の血を受け継いでるんだ。だから…だから、強くなりたい!」
その言葉に、何の迷いや恐れが見当たらなかった。本気だというのがわかる。しかし、魔力を持たないメッシュが危険にさらされた時、確実に助けることができるかと言われれば、保証はできない。
でも、ここで止める権利はない。確かに、片方でも魔物の血が混ざっているとすれば、魔力が一切ないとは言えない。今は使い方を知らないだけ。使い方を知ってしまえば、半魔は通常の間もよりも、強い魔力を持つともいわれる。しかし、それはそれぞれだ。
「本気なのか?」
「うん」
「死ぬかもしれないんだぞ」
「それでもこの世界と、自分の力を知りたいんだ」
魔物の血を受け継いでいるから仕方がない。そうメッシュの父は言った。さびしそうではあったが、それでも自分の子供が自立しようとしていることに、嬉しさを持っている様子だった。
村長やかかわりのあった村の方々にあいさつをし、ズイの元へと帰る。メッシュのことをズイに言うと、嫌な顔はしていたが、メッシュを連れていかないなら行けない。そう脅しめいたことを口にすると、仕方がないといわんばかりの顔をしていた。それでも、メッシュは嫌な顔一つせず、何も恐れていないような強い瞳を見せていた。
「で、これからどこに行く予定なんだ?」
「魔物の土地へ」
「もうか」
「俺達は十分待った。街を回る必要はない。魔王さえ倒せば、人は喜ぶ」
「…」
ここにシレーナが居れば、魔王を倒したところで変わりはいる。そう呆れていただろう。
前の俺もそうだった。魔王さえ倒せば、家族の仇をとれると信じていた。それで終わりだと思っていた。けれど、シレーナと関わるにつれて、倒さなければならないのは魔王だけではない。そう感じるようになり、魔王を倒しても。と変わっていく自分が居た。
しかし、このズイ達にはその言葉は意味をなさないだろう。もう視線は、魔物の土地へと向かっていた。
メッシュは、あまりズイ達を良く思っていないからか、ずっと俺の斜め後ろを歩いてきていた。特別に鍛えていない人であれば、相当疲れるくらいの距離は歩いた。それでも、メッシュは疲れたということも、様子も見せない。
ときどき慰めるように、優しく頭をなでてやると、安心しているような顔で、にっこりとほほ笑んで見せた。
強い。
笑顔を見るたびにそう思う。昔の自分と比べてみるが、笑顔を出せるような状態ではなかった。とりあえず生きる方法を探しまわっていた。
魔物の土地へと入り、しばらくは何事もなく進んでいた。魔物の土地へ足を踏み入れたのなんか、これでたったの2回目。1回目は、シレーナ達に着いていったからこそ安全だったものの、次は何が起きるかわからない。遠くから微かに感じる気配は、確実にこちらへと向かってきている。ズイ達も気づいたのか、足取りが遅くなり、ぴたりと止まり剣を構えていた。
「こんなところに人間が入り込むなんて…」
「だれだ」
軽い口調の魔物の声。その声に、ズイが警戒するように力強く声を出した。
ゆっくりと姿を現す魔物。細身だが、足の筋肉は鍛えているようにしか見えない。スピードがありそうだ。それに、魔物だ。どんな魔法を使ってくるかわからない。
剣を構え、その魔物へと集中する。
「おいおい物騒なものはしまってくれないか? そんなに見せられたら、戦闘意欲が高まってしまうじゃないか」
ケラケラ笑いながらお手上げというように、両手を軽く上げていた。
魔物は基本的に武器を持たない。持つ必要があまりないから。
体勢を構えるしかしていなかったフェイが、ズイの斜め後ろで懐から銃を出していた。2丁。武器を表に出していなかった意味がわかった。確かに、前衛のズイさえいれば、後ろは遠距離となる武器でいいようなものだ。しかし、この二人の戦い方を知らない俺は、どう合わせていいのか様子を見なければならない。
今まではどちらかと言うと、シレーナが後先考えずに攻撃を仕掛け、アマシュリがそれを魔法で敵縛り、補助していた。何を合わせることなく、シレーナとは別の敵を攻撃すればよかった。なにせ、後ろからの遠距離攻撃がユンヒュの技しかなかったから。銃や弓などの、物理的攻撃に関しては、関わってこなかった。
「なんだよ。だんまりかよ。つまんねぇ」
片手に魔力をためていく。それをこっちへ投げつけるつもりだろう。
剣を持っていない左腕でメッシュの脇へまわし、持ち上げる。メッシュはされるがままに、驚いた表情をしながら俺の首に腕を回す。十分に溜まった魔力は、ズイのほうに向かって投げつけられるが、その弾は大きい。
地を足で蹴りつけ、後ろへと後退する。ズイ達は、左右へ分かれるが、魔物は逆の手にも魔力をため、次の攻撃へと移っていた。片手でズイを、放ち終わった手でフェイを。
戦いを楽しんでいるようにしか見えない。
闘技場で戦った時の、シレーナの表情とは、また違う楽しみ方で。
こちらへも飛んでくる魔法の弾を、木々を利用し避けていく。しかし、距離をとることができず避けるばかり。ズイも近寄れない様子だった。フェイは、必死に避けながらも攻撃するが、軽々と避けられ当たる様子はない。
「チッ」
遠くからかすかにだったが、舌打ちするフェイの音が聞こえた。
攻撃がズイとフェイへ向かう瞬間、俺はメッシュを自分の後ろへ降ろし、呪文を唱える。
時間は短い。ある程度の力がある魔術しか使えないが、近寄れない今はこれに頼るしかなかった。飛び魔術じゃ意味がない。避けられる。だからこそ。
短い呪文を唱えると、魔物の下に黒い文字が浮かび上がる。それに気づいた魔物は飛び避けようとするが、発動する方が速かった。足元に現れた文字から、勢いのある火柱が空へ向かって現れる。その炎は5秒も持たずに消えていく。
避けきれなかった魔物は、フラフラ1、2歩歩いたところで膝をつく。そのすきに、ズイが大剣を振りかざし、狙いを定めて振り下ろした。力を振り絞り避けた魔物。しかし、奥からフェイの銃弾を太もも、肩、腹へと直撃する。しかも、普通の銃弾ではないようだ。特殊に作ってあるのだろう、傷口が氷に覆われていた。
程なくして、魔物は力尽き、地面へと倒れてしまった。
「一匹か…」
「こんなやつらがこの先にいるのか」
一匹にこんなに困るようであれば、先が思いやられる。
今までに会った魔物たちも、これくらいはできていたのだろう。これで分かる。シレーナは別に後先考えずに突っ込んでいたわけではない。攻撃される前に攻撃を仕掛ければ、敵はひるみ隙をつける。だからこそ、俺も遠慮なく近距離で攻撃ができた。その隙をシレーナが作っていた。
アマシュリの魔法があったというのもあるとは思うが、瞬時に敵との距離を縮め、確実に敵の戦闘方法を崩していくかが決まってくるということか。
「教えてほしい」
「ん?」
「今までどう戦っていた? 魔物と」
ズイが聞いてきた。性格上、今までの戦い方を聞いてくるようなやつだとは思わなかった。
少し考え、ゆっくりと口を開く。
「どう戦っていたって、別に作戦とかはない。ただ、魔法を使われる前に前勇者が、突撃する。それだけさ。前勇者は力よりもスピードに長けていたからな」
魔物だと。魔王だと知って、どうしてスピードがあんなにも速いのかはわかった。少なくとも、ところどころ魔術だと思わせた魔法を使っていたようだし、呪文を要らない魔法は、いつどこで使われているのかは魔物にしかわからない。
こうなると知っていれば、少しでもユンヒュに多くの魔術を学んでおけばよかったと、少しだけ後悔する。
「今は一匹でよかったが、増えるとカバーしきれないぞ」
「じゃあどうしろというんだ」
「…祈るしかないな」
それこそどうしようもないことだが、事実だ。答えたときの一瞬のいらつきがズイ達に見られる。それはそうだろう。カバーしきれないと言われ、祈るだけと言われ。結局のところ解決方法にはなっていない。
しかし、方法ならあるはずだ。敵に見つからなければそれでいい。しかし、ここは魔物の土地。土地勘があるのは魔物だ。道を知らない俺らが、こそこそと動いたところで、目立っているようにしか見えない。
「できるだけ大きいところはいかないほうがいい。そもそも、魔王の城までの道がわかるのか?」
「ここからの方角なら、フェイが」
「方角だけだよ。きちんとした場所まではわからない」
責任を押し付けるなと言うかのように、フイッと顔をそらされた。要は、なんの計画も情報もないということだ。メッシュのほうをちらりと見ると、首を横に振る。
「じゃあその方角に行ってみるしかないな。近くなればわかるだろう」
一度行ったことがある。近くに行けば、あの大きい城だ。わからないほうがおかしいだろう。
ズイ達は何も反論せず、フェイが示す方向へとただひたすら歩いた。
しばらく歩き続けると、奥の方の草むらが揺れた。ぴたりと立ち止り、周りを見回して警戒する。いる。何者かが居る。かき分けるかのように、重なり合っている木の枝から手が伸びた。
木々が揺れる音ともに、ゆっくりと姿を現す。
「いたたたたたたたっ…」
頭や肩に乗っかった木の葉を、手で乱暴に払いながら、ゆっくりとその魔物は近づいてきた。
視線を徐々に上げ、こちらを見ると、殺意の無い清々しい笑顔を向けてきた。
「やぁ、こんなところでなにしているんだい?」
「…」
「おやだんまり? 警戒? まぁ仕方がないか」
ふと出会ったころのイリスを思い出させるような、軽いノリだった。
ズイたちも、警戒心を忘れ、ただぼーっとその魔物を見つめていた。
「もしかして呆れてる?」
「まぁ…なんというか」
「もーひどいなぁ。ところで君たち、人間がここにいるってことは、魔王に用があるのかな?」
その言葉は、ズイの警戒心を呼び戻すのに十分だった。剣に手をのばし、いつでも戦闘態勢に入れるよう、低姿勢になる。
「おっと。俺を警戒しないでくれ。むしろ、俺も魔王を討伐したい派」
「…魔王の座を狙ってか?」
「平和な世のためだ」
「…」
その言葉にズイは尖らせていた神経を和らげる。剣から手を離し、姿勢をのばす。
警戒を解くにはまだ早いのではないのだろうか。そう不安になりながらも、ズイから少し退く。
「よければ我らに手を貸してくれないだろうか?」
「魔王を倒せば平和な世になるのか」
「なるさ。人間と隔たりなく過ごせる平和な日々に」
前勇者、シレーナであればそうは言わないだろう。魔王を倒したところで意味はない。そういわれてきていた。だからこそ、魔王だとわかってもシレーナを倒そうだとか、離れようだとかは思わなかった。
向こうに仲間がいる。そういって、先を歩くその魔物に、ズイたちは顔を合わせたのち、ゆっくりとその魔物についていった。
不安そうなメッシュが視界に入る。
少し乱暴に頭を撫でてあげ、ゆっくりと歩きだしていった。




