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満月ロード  作者: 琴哉
第2章
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第11話


「ここか」

「…」


 魔王の城の前。

 不本意ながら、イリス・リルを連れてきてしまっていた。

 行くことになったのはまだしも、道案内を頼まれてしまった。本当はとても断りたかったのだが、リルに「暴れてもいいのか?」という冷たい一言。どこに、どうやって、何のために。だなんて、聞くのも怖かった。

 まさか自分が、ここまでリルに恐怖を覚えていただなんて思っていなかった。ほぼ無言でここまで連れてきたはいい。が、この後どうするべきか。

 シェイルに怒られるのも俺。魔王様に怒られるのも俺。でも、ここまで来てしまえば、ヴィンスが気づいているはず。先に察して魔王様に知らせて外出してもらえば、一番理想的な方法で、何より一番あきらめてもらえそう。しかし、それに頼ってしまっていいのだろうか。

 何を恐れることもない様子で、リルは最初の門をくぐっていく。その後ろから、少しだけ躊躇するイリスも、ゆっくり周りを警戒しながら入っていく。その後ろをついていくように、少し間をあけて中に入っていった。

 静かだ。

 ルーフォンたちを連れてきたときのように、既に準備が整えられ、中へと順序良く入っていけそう。ただ、今回は目的を伝えてはいない。先にテレパシーを送るのを忘れていた。

 罪悪感を感じている最中、ヴィンスからテレパシーが入る。


(その者たちは?)

(リルとイリスっていう、魔物と半魔。リルは魔王様の遠い従兄らしい)

(なにをしに?)

(魔王様に会いに…? 今いる?)

(…出てます)

(…よかったぁ)

(しかし…)

(え?)


 ヴィンスの言葉はそこで途切れてしまった。

 何かがあったかのような、言いにくい雰囲気に、ぴたりと足が止まってしまう。その様子を見たイリスが立ち止り、リルを止める。


「おい?」

「…あ?」

「行かないのか?」

「いく」


 リルの言葉に、首をうなずかせ足を中へと進めていく。

 後で教えてくれるとは思うが、それまでの間のこの間が苦手だ。

 すぐに言わないところをみると、本当に危険な状態というわけではないのだろうが。

 何の障害もなく、中へ入っていけることに対し、リルがどんどん違和感を感じ始め、警戒心が強まっているのがわかる。そんなとき、奥の方からヒールの音が響き渡ってくる。ぴたりとリルが止まると、イリスも同時に止まる。歩き方と、ヒール以外の微かな音で、俺は誰かがわかる。が、あえて何も言わずに同じようにぴたりと止まる。

 影になっている部分が、徐々に光があたり、誰かが判明して行く。

 向こうも気づいたのか、表情が明るくなり口を開く。片手には掃除道具が入っているバケツと、もう片方にはモップ。


「あれー? アマシュリ。こんなところでなにをなさっているんですか?」


 掃除のシュンリンだ。

 久々に会う。というわけではないが、とても懐かしく感じる。


「いや。なにというわけでもないんだが…なんというか道案内ってほどでもないし…うーん」

「悩むようなことをするだなんて、アマシュリにしては珍しいですね」

「うーん…」

「この方々は?」

「…うーん…。魔物と半魔?」

「ふーん。敵ですか?」

「何とも言えないんだけど、魔物のほうは、魔王様の遠い従兄にあたる方…らしい」

「どうも」

「ふーん…。弱そうな方」


 シュンリンは何を気にすることなく、そうグサッと笑顔で口にする。隣でイリスがムッとするのを、視界の端にとらえた。そのことに対して、リルが何を言うこともなく、ただ作り笑顔でシュンリンのほうを見ているだけだった。本気で弱そうと言っているわけではないのはわかるが、「強い」という事実を知っている俺からしてみたら、今この空気が恐ろしく重く感じられる。

 しばらくシュンリンとリルが笑顔で睨み合っていたが、口を先に開いたのはリルのほうだった。


「魔王様にお会いしたいのですが」

「大変申し訳ございませんが、貴方のような“赤の他人”なんかに、魔王様を会わせるわけにはいきません。お引き取り願います」


 楽しそうな口調で、笑顔でそう告げるシュンリンだが、リルに対し特別何か嫌なイメージがある。とか、リベリオのように“魔王様ラブ”というわけではない。ただ、この雰囲気、この空気、この状況を心の奥から楽しんでいるだけだ。

 類は友を呼ぶとはこのことだろう。

 魔王が、あれだけ楽しいこと好き。好奇心旺盛。気分屋。など、挙げればもっとあるだろう性格だ。似たような人が集まってしまった城のようなものだ。違うといえば、ヴィンスや俺くらいだろう。


「先ほど紹介にもあったように、自分は魔王様の“従兄”です。“他人”ではありません」

「何をおっしゃっているのかわからないのですが、私とは“他人”です」

「…」


(ま、確かにそうだけど…)


 心の中で、誰もが思うだろう言葉を言うしかできなかった。だが、そう返って来た言葉に、リルはどう反応するのだろうという好奇心。


(結局、俺も好奇心だけはあるのか…類は友を呼ぶ…)


「えぇ。あなたとは他人です。しかし、魔王様とは従兄です。そこを通していただきたいのですが」

「どうぞ」

「…いいのか」

「えぇ。どうせ行かれても魔王様はいらっしゃいませんし」

「いないだと?」


 嘘をついたなというかのように、ゆっくりと振り向くリル。

 しかし、俺だって知らなかったんだ。嘘ではない。そういうように、首を横に振ると、あきれたようなため息が聞こえてきた。ちょっとそのことに対しムカッと来たが、だからと言って言い返したり喧嘩を売ることができなかった。


「ではどこにいる」

「それは言えませんよ。従兄という証拠もないし、従兄だからと言って害のない者だという証拠もない。違いますか?」

「…違わないな。お前たちからしてみたら、そう思われても仕方がないことかもしれないな。わかった。戻るまで待たせてもらってもいいだろうか」

「できません。お引き取り願います」


 何を考え、迷うわけもなく、そうシュンリンは即答してしまう。またもや、リルとシュンリンとの笑顔のにらみ合い。

 笑顔でやるくらいだったら、いっそのこと喧嘩してくれたほうがまだいいというのに。


「なにやってるんだ?」


 不意に後ろから聞きなれた声がした。

 嫌な予感だけを感じながら、ゆっくり振り向くと、そこにはキョトンとした表情の魔王様が、突っ立っていた。

 振り向いたリルを見た瞬間、ギクッとした表情を一瞬したが、間を空けることなく振り向いたリルが口を開いた。


「…魔王…なのか?」

「…」


 魔王様は何も言わなかった。

 シレーナではなく、黒と赤の髪・瞳に、黒いロングコート。色を変えてしまえば、きれいにシレーナへと見間違えるそのままの姿。魔王様の姿だった。

 魔力の低い俺でもわかった。

 見た目は魔王様そのものだ。しかし、今までの雰囲気の何かが違う。登場するときだって、何気なくそこにいた。気配を消したという感じも、魔王様という雰囲気も、何も感じられない。ただ、普通にそこにいた。というだけ。

 いつもであれば、近づけば、魔力が低い俺には耐えられないような、重たい何かを背負ったような雰囲気の魔王様。

 ヴィンスが送ってきたテレパシーが気になる。

 しかし…。この先につながる言葉は、今の魔王様の状況にかかわることだろう。

 今のこの、違和感 に。


 一歩魔王様は足を延ばす。

 ただ、無表情で。

 また一歩、また一歩。ゆっくりと俺の。いや、リルのほうへと。


「お前が…」

「リル…兄、なんでここに」

「…シレーナ」

「え?」

「その気配はそうだろう」

「…」

「あっ…」


(そういうことか…)


 今の魔王様に足りない何か。わかってしまった。

 リルがシレーナと呼んだことにより。


「魔王様」


 不意に現れた黄色いマント。

 そのマントがいきなり現れ魔王様を覆うように、包み込む。


「ぬわっ」


 突然のことに魔王様が驚くのがわかる。そのマントの中で少しもがき、諦めたようにおとなしくなった。そのマントの後ろに姿を現したのは、シェイルだ。身を守るときに使うシェイルの力。自分の髪を、マント化する。それだけではない。シェイルの髪は、シェイル自身の武器。

 そっと包んだ魔王様に近寄り、自らの後ろへと隠すように、無理やり引きずる。その中で驚く魔王様が、シェイルにいろいろ何かを訴えていたが、すぐにあきらめ、静まり返る。


「アマシュリ。何をしている」

「…シェイル」


 冷たい瞳。

 俺はこの瞳が嫌いだ。前から嫌いだった。最初に見かけたあの時から。ずっと見守っていた魔王様を、横取りしたように自由に扱うこの男を。かといって、力でこの男を抑えようにも、俺ではできるはずがなかった。だから、だからリルを無断で連れてきてしまったのかもしれない。「不本意」という言葉は、ただの言い訳かもしれない。


「アマシュリには俺がお願いして、無理やり連れてきてもらった」

「リル…」


 かばうようにリルが俺の前に立つ。

 その行動にイリスが驚いていたが、特に何も言わなかった。


「貴方様はいったいどちらのお方でしょうか? 見覚えがありませんが、どういったご用件でしょうか」

「魔王の従兄にあたるものです。魔王と久々のご対面をさせていただきたく。どうしてここにシレーナが? しかも、魔王の姿で」

「…」

「シレーナが…魔王だとかいわないだろうな?」

「あーもーその通りだよ! だからなんだっていうんだ!」


 黙っていられなくなった魔王が、黄色いマントの中で力強く怒鳴る。


「魔王! 少し黙っていてください」

「うるさいうるさいうるさいうるさい! どうして俺が黙っていなくちゃいけないんだー! こんな状態じゃなければ、どうなるかわかってんだろうなシェイル!!」

「こんな状態!? どういうことですか魔王!」


 今まで喧嘩をするなら、どういう状況だろうと堂々とシェイルと言いたい放題喧嘩をしていた。しかし、今はどちらから手を出すことも、魔力を放出し、魔王様がが威嚇するという状況にもならない。ただ、喚き通すだけ。普段であれば、あのマントから逃げ出すことなんか容易いだろうに。

 いったい魔王様に何が起きているのか。そして、この気配を「シレーナ」といった。なんでもないただの人間として作り上げたあの、シレーナだと。

 どういうことだ?

 普段の魔王様であれば、魔力を放出し、「魔王だ」という雰囲気を醸し出すだろうに、どうしてここでまで自分の力を抑えているのだろうか。抑える必要があるのだろうか。

 抑えなければならないのだろうか。


(いや…抑えなければならないんじゃない、放出できないの…か?)


「本当に笑えるよな。俺が魔王? ふざけるなってな。こんな魔力を使えなくなった魔物なんて」

「魔力を使えなくなった…?」

「魔爆です」


 冷静な声が、庭のほうから聞こえてきた。ゆっくりと足音を立てて。


「ヴィンス」

「魔力を何かの衝動で使いすぎてしまい、自分で抑え込むことができなくなっている状況です」

「そんなことが…」

「シレーナが魔王…魔王がシレーナ…?」


 ヴィンスの説明を聞いていないかのようなリルの言葉。そうだろう。あれだけ敵対するような態度をとっていたものが、懐かしがっていた“魔王”であることに。







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