第9話
「あいつは生きているんだろう?」
「…」
どうしてまだこの人が、俺らのそばにいるのかがわからない。
シレーナが何者かが知りたいから、いつかボロを出すんじゃないかと傍にいるものだと思っていた。世間一般的に、前勇者であるシレーナは、死んでいることになっている。ただ、俺やルーフォンなど、旅をしてきた者。メッシュ(こちらは特別に…)は、流れている情報はハッタリだと知っている。その証拠というものがないから、ほとんどそう信じ込ませているようなものだが。
ただ、イリスとリルには死んだものと伝えた。これは俺の判断であり、魔王様であるシレーナに相談はしていない。が、諦めてもらうためには、死んだという情報を流してしまったほうがいい。ただ生きていると、どこかで確信しているように口を開いた。
いまだに俺らはメッシュの村でお世話になっている。あまり暴れるわけにはいかない。
「どうしてそう思うんだ?」
「あいつがそう簡単にくたばるとは思えない」
「あいつの何を知って言っているんだか…」
(せっかく葬儀もして現実的に処理したのに…!)
「あいつのことはあまりわからんが、少なくともお前やリベリオというあの魔物が、魔王に仕えているということは知っている」
「なっ!!」
その言葉に、ルーフォンも反応した。
その姿を、ただ当たり前のように見るリルに、違和感を感じてしまう。イリスもその事実は知らなかったようで、驚いている様子ではあった。
今までの会話の中で、そのような内容があっただろうか。考えてみても何も思いつかない。しかも、魔王を殺すとシレーナは言っていたはずだ。その時点で、止めようとしない「魔王に仕えている俺ら」を見て違和感を感じないのだろうか。いやだからこそ、どうして傍にいるのか。そして、魔王に仕えているくせに、キーツとの争いの際に、“勇者”を助けるほどの価値が勇者にあったのだろうか。それで何者かが気になったのだろうか。考えていても、正しい答えは出てこない。
「俺も魔物だ。情報が入ってこないわけではない。ただわからないのだ。どうして魔王に仕えているお前らが、勇者であるシレーナに引っ付いて歩いているのか。何を企んでいるんだ」
「…何も企んではいない。それよりも、魔王と遠い“いとこ”だっていうほうが、気になるんだけど?」
「…ほぉ。なぜ知っている?」
「いとこなのか!?」
(え?)
そう言っていなかったかと思い返してみれば、実質聞いたのは魔王様からであり、直接リルから言っているわけではないことに、ハッと気づいてしまう。
まさかの失言。
イリスも聞いていなかったのか、身を乗り出し驚いていた。また、ルーフォンたちも驚いているようだ。
まずいと身が硬直してしまい、何も言えなくなる。その雰囲気を助けてくれそうな、魔王様やリベリオなどもいない。
「…そ、そりゃぁ、一応魔王様に仕えている身。知っていてもおかしくはないだろう?」
苦し紛れに言った言葉でも、間違えではない。
傍にいる俺を、ここにいる奴は知らない。実際にそういう話をしたことはない。いろいろ魔王様も無理を言っているんだ。少しくらいなら許してくれるだろう。
「魔王は。元気にしているのか?」
「…会いたいの?」
なにか怒られるのだろう。怒鳴られるのだろうと覚悟していたが、リルの口から出たのは、意外と優しい口調の、優しい言葉だった。ゆっくりと表情を見てみると、怒る様子も、あきれる様子もない。ただ、本当に心配しているような表情で、優しかった。
そんなに心配なのであれば、顔を出してあげればいいというのに。ただ、シェイルが中に入れるかどうかは、わからない。客。というものが来るということは、敵。とイコールで結ばれてしまうのが、魔王の城だ。そう易々と行けないだろう。
「まぁな」
「会いに行けばいいじゃないか。いとこなんだろう? 身内に会いに行って何が悪い?」
「…いいのか?」
「なんで俺に聞くんだよ」
リル。という魔物は、恐ろしいもの。何事にも強気なのだと、最初に会ったイメージや、それ以降に感じ取ったものだったが、今は違う。なんだか、積極性はあるが、心のどこかでかなり心配性や不安な部分が見えてくる。
「そりゃ、仕えている者に聞けば、そのあとのことはどうにかしてくれるだろう?」
「…要は、一切の争いをなくして魔王様のもとへ行きたいということか?」
「そういこと」
(前言撤回! こいつは使えるものは使ってやる精神だ!)
「悪いけど、そこまでやってやらないよ。行きたければ行けばいいし、行きたくないなら行かなければいい。それだけだ」
「そうだな。所詮お前の権力が、魔王やその側近にきかない可能性もあるしな」
「なっ!」
(悪いけど、魔王の城で俺に手を出そうってやつがいたら、排除対象になるぞ!)
と言ってやりたかったが、その勇気がなかった。
無意識にリルを怖い存在にしてしまっている。だからこそ、文句も何も十分に言うことができない。
「まぁいい。近々魔王に顔を出しておくか」
「…師匠…」
いろいろな事実をいっぺんに聞いてしまったイリスが、不安そうな顔で立ち上がったリルを見上げる。その様子を見たリルは、薄らと微笑み手を差し伸べた。
「おいで。向こうでいろいろ話そうか」
「うー広いな」
人間よりは体力があった自信はある。
魔力が発動しないため、移動は基本足になる。
長距離を歩くことは、最近人間の土地にて多かったから、割と慣れていたつもりだった。しかし、やはり歩きっぱなしというのは疲れてくる。体力も、なんだか人間並みに落ちてきている気がする。かといって、シェイルの翼を頼りに、近くまで行ってもらうのも気が引ける。
ようやく麓までたどり着いたのは、魔王の城を中心として、東西南北に位置するドラゴンの住処。場所により特徴が異なるため、いろいろ考えたのちに、北の山へとたどり着いた。
北は、気候のせいもあるのか、ドラゴン自体が赤黒い色をしていて、尻尾の先が凍るほどの冷気を扱うことが特徴としてある。
そう。
ドラゴン。
ルーフォンと初めて会った、あの闘技場の時に、魔物がドラゴンを操っていた。そのことを思い出し、俺は城を出てきた。
今後のことも考え、一頭でも仲間にしておきたい。
行き先を告げた時のシェイルは面白かった。
お前バカなんじゃないの? と言わんばかりの、あきれたような表情。ついていくと言った割に、少し身構えている様子ではある。
しっかりと今だって、俺の後ろを歩いてきている。
飛ぶことはしなかった。ずっと、俺と同じく地面を歩き、ついてきてくれる。しかも、数歩下がった位置から。
「さて…いきますか」
ほんの少し休憩し、再度山頂を目指して歩き始める。
いつもの俺であれば、翼を出してススイと飛んで行けるのだが。
しかし、麓だからと言ってバカにはできない。すでにここからドラゴンの生息地となっている。いつ、遭遇したっておかしくはない。
首から下げ、体に魔力で埋め込んでいた、「人魚の涙」と言われるネックレスは、魔力をなくした今、通常通り首からぶらりとぶら下がっている。そのネックレスを力強く握りしめ、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
城から出てきたはいいが、実際、魔力がない今すごく怖い。
何かあっても魔力でどうにか。と押し切ることがこの先できないから。
ゆっくりとそれから手を離し、小さく深呼吸をする。足をのばし、どこからか聞こえるドラゴンの鳴き声を感じ取る。
徐々に一匹が近づいてきているのがわかる。翼の音、威嚇する鳴き声。それが徐々に近づいてきている。それ以上足をのばさず、ジッと近づいてきているドラゴンを見つめる。
力強い翼と瞳。
ほしいと思った。
すごく。
今後何かの役に立つとか、そういう問題ではなく、単純にほしいと思った。傍にいて、優しくしてやりたいと。育ててやりたい。とはまた少し違うが、何かの親近感を覚えた感じだ。
ドラゴンからも、殺意を感じられない。一瞬後ろでシェイルが構えたが、シェイルにもわかったのか、ゆっくりと構えた体制を戻した。
近づいてきたドラゴンは、俺の目の前まできて、ゆっくりと地に足を乗せた。
大きな翼。太い脚と、頼りがいのある腕。大きい瞳に、大きい口。
その威圧感に、身が固まった。何もできないが、恐れることはない。なぜだろうか。
ドラゴンの顔が、ゆっくりと俺の目の前に現れる。じっくりと見つめるように、日光に反射するきれいな瞳が、目の前にしっかりとあらわれた。
「魔王様…」
「大丈夫…」
自分に言い聞かせるためにも、心配するシェイルのほうを向かずにうなずいて見せる。
大丈夫。弱気な心さえ見せなければ、怯むことはないはずだ。大きく深呼吸をしたのち、ゆっくりとそのドラゴンに手を伸ばした。優しくドラゴンを包み込むように頬に触れる。それでも、戦闘態勢に入ることも、逃げようとすることもない。
ザラザラする皮膚を優しくなでてやる。
すると、ゆっくりと顔を近づけてきては、俺の胸元にあるネックレスを見つめる。
「…これが、どうかしたのか?」
そう口を開いた瞬間、脳みそに電流が一筋流れるような痛みが襲う。
反射的に頭を抱えたが、一度だけで、すぐに痛みは引いた。なんだったのだろうかと呆然としていると、聞きなれない低音が脳みそに直接広がった。
『聞こえるか?』
「え…」
その声は、低音だがかすれる音がしないため、老人ではなく、もう少し低音ボイスを持った若い男性という声だった。でも、考えなくてもわかった。この声の持ち主が。
間違えなく、この目の前にいるドラゴンだろう。
ドラゴンだって、声はある。だが、人間や魔物に通じるような言葉があるとは思わなかった。しかも、魔物同士で行うようなテレパシーとは、少し感覚が違う気がする。一方的に語りかけるようなこの感覚。魔物同士のテレパシーであれば、もう少しすんなりと、透き通り、脳に耳から聞こえるような感覚なのだが、ドラゴンのテレパシーは、ずっしりと重く、脳を響かせている感じがする。
『おぬしはあの方の息子か』
「あの方?」
『我に乗るとよい』
「…」
息子。
どういうことだ。
俺が一体誰の息子だというのだ。俺は…親父の…父さんの息子以外、誰の息子でもない。でも、このドラゴンが言っている「あの方」というのは誰のことなのか。好奇心というのは、魔力があろうがなかろうが関係ないらしい。
ゆっくりと両腕を伸ばし、首に腕を回す。腕力にて身をドラゴンに引き寄せ、ゆっくりと首の上へと足を引っ掛けのぼり、またがる。
ドラゴンとはどこに乗ればいいのだろう。その疑問を抱きながらも、翼の邪魔にならないところに、身を落ち着かせる。
ゆっくりと羽ばたくように数回羽を動かしたのち、ゆっくりと離陸する。遠くから見守っていたシェイルも翼をだし、ついていくようにドラゴンの後ろを、飛んでくる。
行く先は、ドラゴンの住処と言われる、山頂。しかし、そこにたどり着くものはそういないらしい。しかし、魔物は飛ぶことができる。飛んでいけば、着く着かないの問題ではないのだろうかと疑問に思っていたが、ドラゴンに乗ってわかる。山頂に近づくと、何者かによる結界が張られていることが。