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満月ロード  作者: 琴哉
第2章
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第8話


「う…んっ…」


 冷え込んでいたはずの身体が、ポカポカに温まっていた。その居心地の良さに甘えるように、寝返りを打ちながらもっと暖かい場所を探す。すると、何かがこすれる音がし、我に返った。

 睡魔が飛び、パチっと目をさましてみると、そこには見慣れた景色があった。しばらくここには戻ってこないだろうと、覚悟していた場所。

 広く大きなベッドできれいにされ、魔力で満ち溢れている空間。

 今まではよくここで眠り、扉の向こうではシェイルが警戒して立っていた。だからこそ、安心して眠っていられていた場所。

 シーツの肌触りがいいところをみると、いない間でもきれいにしていてくれたのがわかる。

 しかし、どうしてここに戻ってきているのか。

 身体を起こしようにも、キーツとの戦闘後を思い出させるような重くのしかかる重力。寝返りを打つ以外、動ける気がしなかった。

 使いすぎた魔力は、もうどこにもない。

 必死にどこで使いすぎたのかを、記憶から蘇らせる。ゆっくりと。

 どこにいて、何が起きて、何をしたのか。

 鮮明とまではいかないが、薄らとだが思い出されてきた。

 勇者をやめさせられ、いきなり引きずられ、牢の中へと押し入れられた。そして抜け出すために、持っていた魔力すべてを使って、雪女という召喚獣を呼び出した。それから力を失った俺は、ここで目を覚ました。

 力を失った後の記憶がない。

 どうしてここまで来たのか。雪女が連れてきたことに違いはないだろうが、どうしてここだったのだろうか。アマシュリやルーフォンはどうしているのだろうか。

 身体を動かせないからこそ、誰かを探しに動くこともできない。使いすぎた魔力は、テレパシーもできないくらい消耗しているみたいだ。誰もいないこの空間。一人さびしいこの感覚。昔は、それが普通だったのに、いまではその感覚すら懐かしいと感じられるようになっていた。

 ゆっくりと近づいてくる気配だって、扉の前にその気配が来てようやく感じ取れたくらいだ。

 コンコン

 そのノック音が耳に入り、ようやくわかるその気配。普段であれば、近づいてきているときに分かるはずなのだが。なんだか、今までの自分じゃないみたいだ。


「失礼します」


 ゆっくりと開かされる扉の向こうには、いつもの冷たい瞳のシェイルが居た。

 こちらへ近づいてきては、ため息をつく。


「身体の調子は」

「重い」

「でしょうね。魔力が十分に保ちきれてない状態での、魔力の消費による疲労です」

「…わかってる」


 それくらい。言われなくったってわかっているつもりだ。

 しばらくは横になって魔力の回復を待てと、そういいたいのだろう。言われなくったって、それしかできない。“それができる”のと“それしかできない”の違いだってわかってる。


「シレーナという人間は、死んだことになっております」

「死んだ? なぜ」

「魔王様。貴方が起こしたあの牢の中での事件は、貴方の仕業とはまだばれておりません。何者かの手により、奇襲がかかり、その際に亡くなったものと推測されております」

「…違うだろう? アマシュリかリベリオがそう思い込ませるようにしたんだろう?」

「ほぉ? 魔王様がそこまで勘が鋭いのは、また珍しいですね」


 そう嬉しそうにほほ笑むシェイル。初めてみたが、どうせ馬鹿にしているのだろう。いつものことだ。

 アマシュリなら、そういう情報をどこかでかみ合わなくするのくらい、たやすい御用というところだろう。それくらいなんとなく想像はつく。


「ルーフォンたちは?」

「人間の村にいます。しばらくはあそこで滞在しているとのことです」

「メッシュの村か…。アマシュリは?」

「一度こちらに戻ってきておりますが、魔王様の様子を窺がってから、心配そうな顔で村に戻りました」

「…そう」


 質問をそのまま淡々と答えるシェイルのいつもどおりな姿に、少しだけホッとする。しかし、怒鳴ってこないということは、相当怒っているということだろう。普段であれば、ほんの少しのことでも怒鳴ってくる。ここまで静かということは、相当怒っているか、そのピークが過ぎたころなのだろう。実質、人間のほうはシェイルは気にしてはいない。ただ、俺が無事かどうかだけ。

 いまだにその執着心が、どうしてあるのかはわかっていないが、今はまだ味方だろう。


「すごく心配していたので、一度位のテレパシーは送っておいてあげてください」

「…あぁ」


 それができていれば、今頃している。

 ここで横になって、しばらくたっている様子の喋り方をシェイルはしている。しかし、身体の魔力が回復している様子がない。本当に魔力を使いきっていたとしても、そろそろテレパシーができる微々たる量でも、回復しているはずなのだが。

 テレパシーに遠さは関係ない。関係があるのはその人自身。もしくは相手の精神状態のみ。しかし、そのような状況にアマシュリが陥っていたとしても、シェイルなら拾いそうだ。実際、アマシュリのパニック状態のテレパシーを受け取っている。


「シェイル」

「はい」

「外の空気が吸いたい」

「おつかまりください」


 


 

 きれいな空気。

 とまではいかないが、懐かしい魔物の空気。

 最初は、おんぶをしようとしたシェイルだが、おんぶよりも前が良いと駄々をこねた俺に呆れながらも、お姫様だっこという、異様な状況。他の者からは、一瞬驚いたような表情を見られて、ちょっぴり楽しかったが、途中であったリベリオだけは涙を流し、シェイルに一言「ずるい」と怒鳴って、どこかへ走って行ってしまった。

 リベリオらしい。


「寒くはないですか」

「あぁ大丈夫。シェイル。アマシュリに、もう平気だとテレパシーを送っておいてくれないか」

「…先ほど送られたのでは?」

「送れないから言っているんだ」

「送れない?」


 どういうことだと言わんばかりに、渋い顔となったシェイル。

 魔王の間に入り、いつもの椅子に俺を座らせてから、目が覚めてからの身体の状態を細かく伝えた。すると、しばらくしてからヴィンスが現れた。きっとシェイルが呼んだのだろう。

 問診と検診を行った後、ヴィンスが小さなため息をついた。


「魔爆です」

「マバク?」

「魔力を爆発的に使ったのち、極稀にですが、かかる魔物がおります。普段であれば、何もしない状態で回復されるはずの魔力ですが、爆発的に使ったことにより、魔力の調整が利かなくなり、放出し続けてしまうということです」

「…はい?」

「…つまり、水道の蛇口が効かなくなったのと同じです。補給しても、締められなくなる為、補給しよう補給しようと、普段通り水…魔力を流すのですが、蛇口がきかないことにより、魔力が体を通るだけで、実質体には魔力が補給できていない状況です」

「治るんですか?」


 シェイルが冷たい瞳でヴィンスを見つめる。しかし、いつもならすぐに答えるヴィンスが、口を閉ざしてしまった。シェイルの顔を見ることもしない。ただ、ジッと俺の体だけを見つめていた。その視線に気づいたシェイルも、何も言えず瞼を伏せ、口を閉ざした。

 少し考えたのち、ヴィンスがようやく口を開いた。


「普通であれば、しばらく安静にしていれば治る可能性もありますが、確実に治るとは…」

「…なればいいのに…」

「…? 魔王様?」

「みんながそうなればいいのに」


 本心からそう思えた。

 もし、みんながみんな魔爆というものにかかってしまえば、普通の人間と大差がない。差別が起きない。争いだって、おきやしない。一番それが安全なのではないのだろうか。そう思えた。


「本気でそう思うのですか?」

「あぁ」

「…そうですか」

「…?」


 シェイルが少しだけ、さびしそうな顔をした。でも、その理由が思いつかず、あえてそれから目をそむけた。

 魔力がなければそれでいい。

 でも、それでは大事な人を助けることができない? そう思うと、少しだけ鳥肌が立った気がする。魔力にばかり頼っていた自分に、気づいてしまったから。

 魔力を使わずに、仲間を守る方法。


「そうか。これは試練だって言いたいのか!」

「安静に休んでいてください」


 急に立ち上がり、いいことを思いついたと明るい顔をすると、嫌な予感がしたのだろう。シェイルがすぐにその言葉にストップをかける。

 先を越された気がして、ムッとする。


「なんだよー」

「どうせ変なことでも思いついたのでしょう?」

「…旅に出てくる」

「今の状況で何をおっしゃっているのですか」

「自分を磨く。魔力に頼り切ってたから悪いんだ」

「ではお供します」

「いらん」

「だめです」

「じゃあ俺を極限まで守るな。いいな?」

「かしこまりました」


 どこに行くかを考えていないわけではない。

 今魔力がないおれ一人では、体術を鍛えたところであまり自信がない。ということで、最強と言われそうな仲間を手に入れようと思う。


(まぁ、卑怯って言ってしまえばそれまでか)





 


 




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