第7話
「もう体はいいのか?」
話を聞き終え、アマシュリをベッドに寝かせた後、使い慣れない頭を整理するため、復興作業を行っている場所へと足を運んだ。すると、ちょうど近くにいたルーフォンに声をかけられる。
足を止めゆっくりと見上げると、いつものルーフォンの表情。アマシュリから聞いた話をそのまま伝えると、いったいどのような表情をするのだろうか。
アマシュリからは、すべてにおいて十分な注意が必要になってくると言われた。そして最終的には、一度城へ戻った方がいいのではないかという話もあった。
しかし、城へ戻るとルーフォンたちはどうする?
城へ連れて行くにも、まだこの村の者しか俺が魔物だということを知らない。魔物の土地。魔王の城へ、人間であるルーフォンとユンヒュが行くと、今後面倒なことが起きる可能性がある。それに、魔物の土地へ行くには、ここはちょうどいい場所だということになる。が、その組織というものがそれを知ったら、一番に狙ってくる場所でもある。できることなら、城にいる間、ここの守備を行ってほしいが。ルーフォンとユンヒュのみに任せるにも、限界があるだろう。
「だいぶ、よくなったと思うよ」
「寝てなくていいのか?」
「…今はそういう気分じゃない」
「でも、身体は辛いだろう?」
「…」
痛い。でもそれを理由に今休んでしまうと、それに甘え続けてしまいそうだった。
しかし、俺がこういうことを考えるようになるとは思わなかった。
今までであれば、何の遠慮もなく寝ていたし、こんな旅にも出なかった。さすがに、魔物と人間の全滅を企ててるやつがいるなんて聞けば、それなりに動揺していたとは思うが、ここまで考えただろうか。
徐々にだが、自分が変わっていっているのを実感する。
この旅を通して何がわかったか。それは、自分の無力さ。それしかわかっていない。
「無理をするな。これからが忙しくなるんだろう?」
「え…?」
「違うのか?」
「…そう、だね」
忙しくったって、どうすればいいのだろう。
今みたいに、共存などを考えていていいのだろうか。それとも、その組織をどうにかするのが先か。
「もう起きてもいいのか」
「え?」
違う場所から冷たい声が聞こえてきた。
探すと、ゆっくりとリルがこちらに向かって歩いてきていた。復興作業を手伝ってくれていたのだろう。首にタオルを巻いていて、傍からはそこらの人間に見えてしまう。
「身体、平気なのかって」
「あー。だいぶん楽にはなった」
「そうか。で?」
「ん?」
「お前は何者だ?」
「…ほんと、何者なんだろうね」
「とぼけるつもりか?」
「……」
詮索しようとするリルに、俺は無言で答える。
何も言うことができない。今全てを伝えられる自信もないし、伝えてしまった後、リルはどういう反応をするのかを考えて、言いにくくなった。
無言が続く中、一人の男が俺に話しかけてきた。
「勇者様ですね」
まだ若いだろう人間の声が聞こえて、俺はゆっくりと振り向いた。
すると、この村の人ではないだろう、どこかの兵士のような格好をした男が一人立っていた。
「そうだが?」
「お話があります」
ここで話しにくそうな雰囲気を出すものだから、俺はリルの元から離れ、出来るだけ人がいないようなところまで連れて行った。
落ち着くと、男は再度事務的な口調で口を開いた。
「国王様がお呼びです」
「…王が?」
「なっ勇者交代だと!?」
連れてこられ、兵士に囲まれながらも、一番権力のある都市を抱える国王に、初対面して初めてのこと。いきなりしんみりとした空気になると、不意にそう告げられた。
勇者交代。
理由は簡単だった。
魔王を討伐する様子がない。それだけだった。
国民からの税金をこれ以上、無駄にするわけにはいかない。そう判断したとのこと。
バッチを取り上げられ、勇者という肩書を失くした。
あまりそれに拘っていたつもりはないが、こんなことが起きるとは思わなかった。
確かに魔王へ進まなかった。だが、いい方向へと進んでいたつもりではあった。なのに、いきなり呼び出され、仲間にはちょっと出てくるとだけ伝え、遠いところまで連れて行かれた。その後に、この始末。
すでに新しい勇者の目星は付いているようだった。もう何も言うことはできない。
逆に、勇者という肩書がないからこそ、自分が魔物だろうがなんだろうが気にすることがなくなる。そう考えれば、少しは楽だった。
寧ろ、“組織”のことといい、もしかしたら“勇者”という肩書があっては、今後動きにくくなっていたのかもしれない。
徐々にこれからのことを考えていくと、“勇者”から外れて、良かった。という結論になるのかもしれない。
次の勇者がどんなやつか見ておきたい。
「次の勇者を一目見たいんですが」
「見てどうする。話は以上だ。下がれ」
「くっ…」
国王…いや、お偉いさんというのは、話を聞こうとしないのだろうか。
俺の周りを囲っている兵ですら、口を開こうとせず、反抗しようとする俺の両脇をつかみ取られ、引きずられるようにこの場を離れようとする。国王を睨みつけると、ニヤッと口元が上がっている。厭味ったらしく、弱い虫を見るように。
引きずられるようにこの一室を出ようとした瞬間、国王の口が開き、兵を止めた。
「いや、変更だ。牢に閉じ込めてしまえ。もしかしたら、次なる勇者に手を加えかねない」
「なっ!」
国王の言葉は、兵にとって絶対。
扉付近で、両手を後ろにまとめ上げられ、金属製の何かで固められた。そこから何かが伸びているのか、後ろ向きのまま引きずられるように引っ張られる。
踏ん張って引っ張られないようにするものの、強力に警戒されている結界内で、本来なる力を出せるわけがなかった。
おとなしく引きずられ、閉じ込められた牢の中は、うす暗く、地面が心なしかじっとりと湿っている様子だった。
一人寝るにはちょっと広い位の大きさの牢が、数個通路のサイドを挟むように並んでおり、面の悪い男や、いかにも悪さしてましたという男。黒く汚い男などが、転々と牢の中へと閉じ込められていた。
ほんの少しの足音でも拾うかのように響き渡る牢内は、とても居づらい雰囲気だ。
誰かと誰かが会話するというよりは、どこからか喧嘩腰に喋る男たちもいる。少し暴れれば壊れそうな牢ではあるが、暴れたら暴れたで、余計面倒なことに巻き込まれかねない。
後ろで縛られていた手は、気づけば前で束ねられていた。
肩幅くらいにしか開かないかのように、手首を銀製の糧をつけられ、その間に短い鎖でつながっている。
手を伸ばして鉄格子に触れてみると、ひんやりと氷のような冷たさを感じる。相当冷え続ける環境なのだろう。どこからか冷えた風が流れている。
交代で監視するように、常にいろいろな地点に三人いる。
一直線の通りに、左右合わせて20位の部屋がある。きっと、監視役が見やすいようにしているのだろう。きっと、このようなフロアが他にもあって、そこにも何十人もの人が閉じ込められているのだろうか。しかし、それはやはり人間だけではない。
実際に、魔王の城にも、このような空間はあるが、こんなにもの生き物を閉じ込めてはいない。
(うーん…。相当まずい状況かも)
結界が張られているせいで、まともに動くこともできない。
国王が居る地区ということもあって、何重にも結界が張られている。テレパシーを送ることも、ままならない。助けを呼ぶ方法を探すべきか、一人抜け出す方法を探すべきか。
今ここで時間を費やすわけにはいかない。今日中にでも、抜け出さなければならない。でないと、すぐに戻るという約束が守れない。
(…いたしかたない…だよね?)
冷える。ということは、寒さでみんなを眠らせてしまえれば一番いい。
その間に抜け出すなりなんなりすればいいだけ。操作系の魔法が使えれば、一番無難だったのかもしれないが、残念ながら細かい神経を使うような魔法は、得意としないため、方法がわからない。
(これで魔王をやってるんだもんなぁ…笑える)
楽しくないはずなのに、なぜだか頬が上がった。
呼び出すべきは…。雪女。
湿っている地面に手を触れ、ゆっくりと周りの冷気を利用して魔力を固めていく。
今ある魔力で足りるかどうかはわからない。まだキーツとの争いで体中が痛むし、魔力を使いすぎていたせいで、回復しかけていた魔力のみでの召喚。結界が張られ、ため込んだ魔力もうまく発動できない状況。
よい状況といえば、周りが既に冷え込んでいるという現実だけ。
つかみ上げた何かを、物質化する。すでにこの時点で、ほぼ魔力は使いはたしているようなものだ。
痛む体を辛抱し、しっかりと引っ張りこむ。こちらの世界へ。そして、ここにいるすべての者を、眠りの世界へ。
極度に冷え込んだ体は、睡魔を呼び寄せる。
そうリベリオが言っていた。
バタリと遠くから倒れる音が聞こえると、次々に崩れ落ちる音が聞こえてくる。
魔力の使い過ぎと、その冷え込みで同時に意識がクラクラとしてきてしまった。魔物は、人間よりも強いはずなのだが、弱りかけていた体は人間と同様なのだろう。
足の力が失い、崩れようとした体を、ソッと後ろで支えてくれた。
見上げると、そこには白く輝く顔をした雪女が、支えていてくれたようだ。
細めの腕で俺を持ち上げ、鉄格子を壊して外へと飛び出していった。
既に意識を失いかけている俺が覚えているのは、そこまでだった。