第6話
「なっ…!」
眼を開けた瞬間、その一文字だけが口から飛び出ていた。
きっと誰だってそうだろう。そうならないほうがおかしい。
温かいところから目を覚ました瞬間、目の前にはスヤスヤと気持ちよさそうに眠る、白髪であるリベリオの姿があった。しかも、白いヒラヒラのレースが飾られている服を着て。
脇腹が重いと思えば、そのリベリオの腕が、俺の身をしっかりと確保するかのように、脇腹から背中へ回っていた。
いったいどのような理由で、このような状態を招いているのかが、聞かなくてもなんとなく想像がついてしまうのは、致しかたないことなのだろう。
急な驚きに身を固くしていた体を、ゆっくりと深呼吸をしてほぐしていく。
自分の手を出し、リベリオに触れようとした瞬間、伸びてきた自分の手に身を固めた。
「えっ…」
目に入ったのは、手の平と甲を包むように固定された包帯。しかも、手だけではなく、手首から腕へと巻かれていた。
確か、治癒はヴィンスがしてくれていたはずだから、包帯の必要はないはずだ。なのに、されているということは、治癒できない傷でもあったのだろうか。
動かなかったら気づきはしなかったが、意識してしまうと、体のいたるところが、何かに刺されたかのような痛みが微かにある。いままでもいろいろ無理をして怪我をして、ヴィンスに治癒してもらってはいるが、治癒後は包帯を巻いたり、痛みが続いたりなんかしなかった。
一体どういうことなのだろうか。
痛い腕を我慢して、とりあえず目の前にいるリベリオの身体を数度叩き、起こしてやる。
身をよじりながらも、うなり、ゆっくりと瞼を開ける。数度パチクリと瞬きをするなり、いきなり目尻からウルウルと涙が浮かんできた。
「め…目が覚めたのですね!!」
「ぬわっ!」
いきなり泣きだしながらも、ギュッと両腕で俺の身体を抱きしめられる。
「心配したのですよ! もう…目を覚まさないのかと思って…」
耳元で、そのようなことをグチグチグチグチ言われながらも、俺は周りを見回した。
リベリオから身を離し、ゆっくりと体を起こす。布団に入っていたようで、肩までかかっていた毛布は、ずり下がる。
この一室にはリベリオしかいないようだ。できればルーフォンかヴィンスが居てほしかったのだが、どこかに行っているのだろうか。そもそも、ここはどこなのだろう。
見回していると、開いていたクローゼットの内側の扉についている鏡に、自分の姿が映った。
誰かが着せてくれただろう服に、見えている肌には、顔と頭以外ほとんど包帯が巻かれていた。
姿かたちは、ヴィンスの魔法により“シレーナ”の姿を、維持していた。
「って聞いてます!?」
「リベリオ。他のみんなは?」
「はひ? ヴィンス達ですか? 村の復興を手伝っております」
「…そうか」
「…人間には、けが人は出ましたが、死人は出ませんでした。みなさん、あなたのおかげだと感謝しておりましたよ」
「…すまない」
「ほら、体を温めてください。極度に冷え込んでしまった身体は、よくない睡魔を呼び寄せます」
元気がなくなってしまった俺に、リベリオは気を遣ってくれたのだろう。そっと肩から崩れた布団を、再度しっかりとかけ直してくれる。
それに、あまり人間のことを気にしないリベリオからしてみたら、復興を手伝うなんて、考えられないのだろうが、気にしている俺にそっと優しく報告してくれる。
けが人が出てしまったのは惜しいが、死人が出なかっただけでもよかったのだろうか。
村の人から感謝されるよりは、恨まれてもおかしくないはずなのに。
「確かヴィンス、治癒してくれたよな…?」
「…はい。しかし、相当な傷を負っておりました。ヴィンスが間に合わなかったら危なかったんですよ? ヴィンスが言うには、ある程度の止血と治癒まではできたものの、魔力を使い果たしたに等しい状態の身体では、自然治癒力すらかなり低下してしまうみたいで。魔法だけでは、傷すべてを直すことはできないみたいです」
「そうなのか? 今まではきれいに消えていたんだがな」
「もともと魔物は治癒力が高いので、魔法はそれを補助する程度です」
「…ふぅん」
「…あまり理解していただけてない…ですよね?」
「うん。よくわからん」
難しい話は、やはりだめだ。
とりあえず、治癒だけでは治らないみたいだ。
たしかに、まだ体には疲労感はあるし、痛みは伴っている。しばらくこの状態が進むのだろう。
布団から出たい気はしていたものの、重い体はまだ休んでいろと言われているかのように、思い通りに動かない。ゆっくりとベッドに身を任せ、うつ伏せになる。
よく耳を澄ましたら、遠くの方から作業を行っているだろう男性の声など、何か金属をたたく音などが聞こえていた。
数度深呼吸をし、もう一度ベッドの上に座り直す。
いったいどうしてこのようなことになってしまったのか。
どこで間違えてしまったのだろうか。
いろいろ考えなければならないことは、たくさんあるようだった。
不意に、遠くの方から懐かしい気配が、近づいてきていた。近くにいることが、もうすでに当たり前だと思ってしまっていたから、なんだかこの感覚が懐かしく感じてくる。
遠くから来て、今度はどのような話を聞かせてくれるのか。
しかし、今回は俺が命令して行ってもらったものだ。いろいろ覚悟して聞いておかなければならないというのと、無事だということに安心を持ち、ホッと肩の力が抜けた。
到着を待っていると、いきなり扉にノック音が鳴り響く。
ベッドを下りようと、足をずらすと、制止させるようにリベリオが俺の前に片腕を伸ばし、食い止めてくる。顔を覗き込んで見ると、真剣な眼差しで扉を睨みつけていた。おとなしく足を戻すと、リベリオの腕も戻り、ゆっくりと立ち上がった。
優しい足取りで扉の方へと向かうと、ほんの少しだけ扉を開けて、外の様子をうかがった。すると、そこには顔見知りが居たのか、肩の力が抜けたかのようにスッとほほ笑み、外の人物が見えるように、扉を開放する。
するとそこには、不安そうなメッシュの姿があった。
両手には一つ大きめの籠があり、その中にはリンゴやミカンなど、水分を多く取れるような果物が入っていた。
リベリオに警戒しながらも、メッシュが一度礼をして、中へと入っていく。
「メッシュ。無事で何よりだ」
「勇者様…」
にっこりとほほ笑むと、メッシュも何か安心したのか、うっすらとほほ笑んだ。
しかし、もうメッシュが思っているような勇者ではないはずだ。
ベッドの横にあるミニテーブルにその籠を置き、小さい椅子に座って俺の様子をうかがっていた。
「もう、起き上がれるのですか?」
「あぁ。おかげさまで」
「……勇者様は」
言いにくそうな瞳をしながらも、勇気を振り絞ってメッシュは考えながら口を開いている。
なんとなく想像はつくし、言いにくいのも分かる。しかし、今はきっちりと言って、突き放すなりしてほしい。
今にでも泣きだしそうなメッシュの頭に、そっと手を乗せて優しくなでてやる。
「勇者様は…魔物。なんですか?」
「…うん。そうだよ」
「そう。ですか」
「軽蔑?」
「ちがっ…。助けてくれたのはうれしいですし、こうやって近くにいることを、許していただいているのも嬉しい。ちょっとだけ…戸惑ってるだけ。です」
「…不快じゃないか?」
「じゃない!」
必死に否定しようと、ぶんぶんと首を横に振る。
その必死さがかわいくて、嬉しかった。優しく腕をつかみ、自分のほうへと引き寄せる。されるがままにメッシュは身を前のめりにさせる。背中に腕をまわし、肩と肩を合わせるように、そっと抱きしめる。
温かい。
自分が冷えているのだろうか。すごく、メッシュの身体が温かく感じられる。
「ありがとう」
そう囁くと、一瞬メッシュが震えた。すると、いきなり声を漏らす。
「ゆ…うしゃ…さまぁ…うえぇっ」
「メッシュ?」
泣きだしたメッシュに、いったいどうすればいいのか。どうして泣いてしまっているのか、まったく見当がつかずに、ゆっくりと身を離すと、腕でグイグイ涙を拭おうとする。
その腕をつかんで、こすらせず、近くにあったティッシュでソッと優しく拭ってやる。
何度も何度も頭を撫でながら、どうして泣いているのかを考える。すると、戸惑っている俺がわかったのか、リベリオが優しい表情で近づいてきた。
「安心したのでしょう。いつも心配していましたから」
「…そうか。ごめんな」
そのとき不意に力強く扉が開く。
誰かは、開く前に分かっていた。
「シレーナ! 報告です」
「アマシュリ。お帰り。無事…だったか?」
「はい。それより…」
「あぁ」
アマシュリの早口にて、なんとなくよろしくない内容だというのと、速くその旨を伝えたい様子からして、視線の先にいたメッシュに、みんなのもとに戻るようにお願いをした。
物分かりのいいメッシュは、すぐに立ち上がり、涙をぬぐいながら、一度礼をしてこの部屋を出て行った。それを目で見送った後、アマシュリが口を開く。
「大変です」
「いい話から…というわけにもいかないのか?」
「すみませんが、いい話なんて一欠片も拾えませんでした」
余計なことを言うなと言わんばかりに、アマシュリがため息をつきながらそう言い放った。
リベリオは近くにあった椅子を持ってきて、アマシュリに座らせる。一度礼を言いながら、アマシュリはその椅子に腰をおろした。
「よく聞いてください」
「あぁ」
「キーツの上には、相当力を持ったボスと呼ばれる男が居ます。位としては、キーツは低い位を持っています。上には、12匹力を持ったやつらが構えています。その上に、4匹の頭と呼ばれる位。その上に、ボスです」
「…いつの間にそんな組織が作られたのやら…」
「きっと元からあった団体が、勢力を伸ばしたのでしょう」
「で? 何が目的なんだ?」
「魔物の再編成」
「…は?」
アマシュリからさらりと出てきたその目的に、ついていけなくなった脳は思考を停止し、首をかしげた。
その組織に相当な数が居るのはわかった。が、その目的が、魔王をではなく、魔物という大きな範囲での話となっている。少しだけ再思考してみたが、やはり俺の頭では解決できそうもなかった。
シーンと流れる空気の中、口を閉じてしまったアマシュリから、ため息が出た。
「最初は確かにわかりませんでした。が、いろいろと話を聞いていたら、どうやら狙いは魔王だけではなく、その下に就くもの達。つまり、リベリオや僕、ヴィンスやシェイル達もそうです。そして、その下にいる者たち。すべてを作りかえるとのことです」
作りかえる。という単語が重要らしいが、その言葉だけではやはりわからなかった。
どうすれば理解できるのか考えていると、リベリオがようやく口を開く。
「つまり、魔物をその組織の者だけにすると?」
「そういうことです」
「…じゃあ、もしかして、その組織以外全滅を狙ってるってことか?」
「そういうことです。人間もすべて」
「なっ! 人間も!?」
ようやく答えがわかったというのに、考えていたこと以上のことだった。
魔物だけどうにかなればいいのかと思っていが、そういうわけにもいかず、本当にこの世をその組織のみの世界へと、本当に作りかえるというのが、アマシュリの言葉だった。