表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
満月ロード  作者: 琴哉
第2章
36/67

第6話

「なっ…!」

 

 眼を開けた瞬間、その一文字だけが口から飛び出ていた。

 きっと誰だってそうだろう。そうならないほうがおかしい。

 温かいところから目を覚ました瞬間、目の前にはスヤスヤと気持ちよさそうに眠る、白髪であるリベリオの姿があった。しかも、白いヒラヒラのレースが飾られている服を着て。

 脇腹が重いと思えば、そのリベリオの腕が、俺の身をしっかりと確保するかのように、脇腹から背中へ回っていた。

 いったいどのような理由で、このような状態を招いているのかが、聞かなくてもなんとなく想像がついてしまうのは、致しかたないことなのだろう。

 急な驚きに身を固くしていた体を、ゆっくりと深呼吸をしてほぐしていく。

 自分の手を出し、リベリオに触れようとした瞬間、伸びてきた自分の手に身を固めた。


「えっ…」

 

 目に入ったのは、手の平と甲を包むように固定された包帯。しかも、手だけではなく、手首から腕へと巻かれていた。

 確か、治癒はヴィンスがしてくれていたはずだから、包帯の必要はないはずだ。なのに、されているということは、治癒できない傷でもあったのだろうか。

 動かなかったら気づきはしなかったが、意識してしまうと、体のいたるところが、何かに刺されたかのような痛みが微かにある。いままでもいろいろ無理をして怪我をして、ヴィンスに治癒してもらってはいるが、治癒後は包帯を巻いたり、痛みが続いたりなんかしなかった。

 一体どういうことなのだろうか。

 痛い腕を我慢して、とりあえず目の前にいるリベリオの身体を数度叩き、起こしてやる。

 身をよじりながらも、うなり、ゆっくりと瞼を開ける。数度パチクリと瞬きをするなり、いきなり目尻からウルウルと涙が浮かんできた。


「め…目が覚めたのですね!!」

「ぬわっ!」

 

 いきなり泣きだしながらも、ギュッと両腕で俺の身体を抱きしめられる。


「心配したのですよ! もう…目を覚まさないのかと思って…」

 

 耳元で、そのようなことをグチグチグチグチ言われながらも、俺は周りを見回した。

 リベリオから身を離し、ゆっくりと体を起こす。布団に入っていたようで、肩までかかっていた毛布は、ずり下がる。

 この一室にはリベリオしかいないようだ。できればルーフォンかヴィンスが居てほしかったのだが、どこかに行っているのだろうか。そもそも、ここはどこなのだろう。

 見回していると、開いていたクローゼットの内側の扉についている鏡に、自分の姿が映った。

 誰かが着せてくれただろう服に、見えている肌には、顔と頭以外ほとんど包帯が巻かれていた。

 姿かたちは、ヴィンスの魔法により“シレーナ”の姿を、維持していた。


「って聞いてます!?」

「リベリオ。他のみんなは?」

「はひ? ヴィンス達ですか? 村の復興を手伝っております」

「…そうか」

「…人間には、けが人は出ましたが、死人は出ませんでした。みなさん、あなたのおかげだと感謝しておりましたよ」

「…すまない」

「ほら、体を温めてください。極度に冷え込んでしまった身体は、よくない睡魔を呼び寄せます」

  

 元気がなくなってしまった俺に、リベリオは気を遣ってくれたのだろう。そっと肩から崩れた布団を、再度しっかりとかけ直してくれる。

 それに、あまり人間のことを気にしないリベリオからしてみたら、復興を手伝うなんて、考えられないのだろうが、気にしている俺にそっと優しく報告してくれる。

 けが人が出てしまったのは惜しいが、死人が出なかっただけでもよかったのだろうか。

 村の人から感謝されるよりは、恨まれてもおかしくないはずなのに。


「確かヴィンス、治癒してくれたよな…?」

「…はい。しかし、相当な傷を負っておりました。ヴィンスが間に合わなかったら危なかったんですよ? ヴィンスが言うには、ある程度の止血と治癒まではできたものの、魔力を使い果たしたに等しい状態の身体では、自然治癒力すらかなり低下してしまうみたいで。魔法だけでは、傷すべてを直すことはできないみたいです」

「そうなのか? 今まではきれいに消えていたんだがな」

「もともと魔物は治癒力が高いので、魔法はそれを補助する程度です」

「…ふぅん」

「…あまり理解していただけてない…ですよね?」

「うん。よくわからん」

 

 難しい話は、やはりだめだ。

 とりあえず、治癒だけでは治らないみたいだ。

 たしかに、まだ体には疲労感はあるし、痛みは伴っている。しばらくこの状態が進むのだろう。

 布団から出たい気はしていたものの、重い体はまだ休んでいろと言われているかのように、思い通りに動かない。ゆっくりとベッドに身を任せ、うつ伏せになる。

 よく耳を澄ましたら、遠くの方から作業を行っているだろう男性の声など、何か金属をたたく音などが聞こえていた。

 数度深呼吸をし、もう一度ベッドの上に座り直す。

 いったいどうしてこのようなことになってしまったのか。

 どこで間違えてしまったのだろうか。

 いろいろ考えなければならないことは、たくさんあるようだった。

 不意に、遠くの方から懐かしい気配が、近づいてきていた。近くにいることが、もうすでに当たり前だと思ってしまっていたから、なんだかこの感覚が懐かしく感じてくる。

 遠くから来て、今度はどのような話を聞かせてくれるのか。

 しかし、今回は俺が命令して行ってもらったものだ。いろいろ覚悟して聞いておかなければならないというのと、無事だということに安心を持ち、ホッと肩の力が抜けた。

 到着を待っていると、いきなり扉にノック音が鳴り響く。

 ベッドを下りようと、足をずらすと、制止させるようにリベリオが俺の前に片腕を伸ばし、食い止めてくる。顔を覗き込んで見ると、真剣な眼差しで扉を睨みつけていた。おとなしく足を戻すと、リベリオの腕も戻り、ゆっくりと立ち上がった。

 優しい足取りで扉の方へと向かうと、ほんの少しだけ扉を開けて、外の様子をうかがった。すると、そこには顔見知りが居たのか、肩の力が抜けたかのようにスッとほほ笑み、外の人物が見えるように、扉を開放する。

 するとそこには、不安そうなメッシュの姿があった。

 両手には一つ大きめの籠があり、その中にはリンゴやミカンなど、水分を多く取れるような果物が入っていた。

 リベリオに警戒しながらも、メッシュが一度礼をして、中へと入っていく。


「メッシュ。無事で何よりだ」

「勇者様…」

 

 にっこりとほほ笑むと、メッシュも何か安心したのか、うっすらとほほ笑んだ。

 しかし、もうメッシュが思っているような勇者ではないはずだ。

 ベッドの横にあるミニテーブルにその籠を置き、小さい椅子に座って俺の様子をうかがっていた。


「もう、起き上がれるのですか?」

「あぁ。おかげさまで」

「……勇者様は」

 

 言いにくそうな瞳をしながらも、勇気を振り絞ってメッシュは考えながら口を開いている。

 なんとなく想像はつくし、言いにくいのも分かる。しかし、今はきっちりと言って、突き放すなりしてほしい。

 今にでも泣きだしそうなメッシュの頭に、そっと手を乗せて優しくなでてやる。


「勇者様は…魔物。なんですか?」

「…うん。そうだよ」

「そう。ですか」

「軽蔑?」

「ちがっ…。助けてくれたのはうれしいですし、こうやって近くにいることを、許していただいているのも嬉しい。ちょっとだけ…戸惑ってるだけ。です」

「…不快じゃないか?」

「じゃない!」

 

 必死に否定しようと、ぶんぶんと首を横に振る。

 その必死さがかわいくて、嬉しかった。優しく腕をつかみ、自分のほうへと引き寄せる。されるがままにメッシュは身を前のめりにさせる。背中に腕をまわし、肩と肩を合わせるように、そっと抱きしめる。

 温かい。

 自分が冷えているのだろうか。すごく、メッシュの身体が温かく感じられる。


「ありがとう」

 

 そう囁くと、一瞬メッシュが震えた。すると、いきなり声を漏らす。


「ゆ…うしゃ…さまぁ…うえぇっ」

「メッシュ?」

 

 泣きだしたメッシュに、いったいどうすればいいのか。どうして泣いてしまっているのか、まったく見当がつかずに、ゆっくりと身を離すと、腕でグイグイ涙を拭おうとする。

 その腕をつかんで、こすらせず、近くにあったティッシュでソッと優しく拭ってやる。

 何度も何度も頭を撫でながら、どうして泣いているのかを考える。すると、戸惑っている俺がわかったのか、リベリオが優しい表情で近づいてきた。


「安心したのでしょう。いつも心配していましたから」

「…そうか。ごめんな」


 そのとき不意に力強く扉が開く。

 誰かは、開く前に分かっていた。


「シレーナ! 報告です」

「アマシュリ。お帰り。無事…だったか?」

「はい。それより…」

「あぁ」

 

 アマシュリの早口にて、なんとなくよろしくない内容だというのと、速くその旨を伝えたい様子からして、視線の先にいたメッシュに、みんなのもとに戻るようにお願いをした。

 物分かりのいいメッシュは、すぐに立ち上がり、涙をぬぐいながら、一度礼をしてこの部屋を出て行った。それを目で見送った後、アマシュリが口を開く。


「大変です」

「いい話から…というわけにもいかないのか?」

「すみませんが、いい話なんて一欠片も拾えませんでした」

 

 余計なことを言うなと言わんばかりに、アマシュリがため息をつきながらそう言い放った。

 リベリオは近くにあった椅子を持ってきて、アマシュリに座らせる。一度礼を言いながら、アマシュリはその椅子に腰をおろした。


「よく聞いてください」

「あぁ」

「キーツの上には、相当力を持ったボスと呼ばれる男が居ます。位としては、キーツは低い位を持っています。上には、12匹力を持ったやつらが構えています。その上に、4匹の頭と呼ばれる位。その上に、ボスです」

「…いつの間にそんな組織が作られたのやら…」

「きっと元からあった団体が、勢力を伸ばしたのでしょう」

「で? 何が目的なんだ?」

「魔物の再編成」

「…は?」

 

 アマシュリからさらりと出てきたその目的に、ついていけなくなった脳は思考を停止し、首をかしげた。

 その組織に相当な数が居るのはわかった。が、その目的が、魔王をではなく、魔物という大きな範囲での話となっている。少しだけ再思考してみたが、やはり俺の頭では解決できそうもなかった。

 シーンと流れる空気の中、口を閉じてしまったアマシュリから、ため息が出た。


「最初は確かにわかりませんでした。が、いろいろと話を聞いていたら、どうやら狙いは魔王だけではなく、その下に就くもの達。つまり、リベリオや僕、ヴィンスやシェイル達もそうです。そして、その下にいる者たち。すべてを作りかえるとのことです」

 

 作りかえる。という単語が重要らしいが、その言葉だけではやはりわからなかった。

 どうすれば理解できるのか考えていると、リベリオがようやく口を開く。


「つまり、魔物をその組織の者だけにすると?」

「そういうことです」

「…じゃあ、もしかして、その組織以外全滅を狙ってるってことか?」

「そういうことです。人間もすべて」

「なっ! 人間も!?」

 

 ようやく答えがわかったというのに、考えていたこと以上のことだった。

 魔物だけどうにかなればいいのかと思っていが、そういうわけにもいかず、本当にこの世をその組織のみの世界へと、本当に作りかえるというのが、アマシュリの言葉だった。

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ