第5話
「弱いくせに乗り込むとはいい度胸だな…」
「…くっ…」
苦しい。
魔王様に託された命令。
キーツの言う「あのお方」の追求。調べ上げる情報はすべて見つけ出した。が、その道のりはすべて罠だったのか、その「あのお方」の下に当たる魔物に見つかってしまった。
暗いどこか廃墟となったような、白い大きな建物の一室にて、押しつけられ、状況を把握することができないまま、首を絞められ持ち上げられた。
情報を得ることはできたというのに、肝心な魔王様とのテレパシーがうまくつながらない。つまり、魔王様の身が危険な状況にあるか、もしくは俺の集中力が散ってしまっているか。きっと後者だろう。ヴィンスにもリベリオにも。最終的なシェイルにまでテレパシーがつながらないとすれば、今の現状に自分では気づいていない焦りが、生じているのだろう。
苦しい。
怖くて苦しい。今までのように逃げきれなかった自分。
「ったく。誰の指図かは大体分かる…。どうせ俺らの誰かが何かをポロリと吐いたのだろう? まぁ、キーツ辺りだろうな。あいつは使えない…」
弱いものを地道にいじめるのが好きな性格をしているのだろう。喉で、今の現状を楽しむように、笑っている。しかも、気色が悪い顔で。
口元を上げ、目じりを存分に下げ、どういう風に殺そうかを考えている。今すぐにでも逃げださなければ、殺されてしまうのは目に見えている。
自分から下の者を馬鹿にするやつは、まともなやつらではない。少なくとも、魔王様は、下についている俺やリベリオ、ヴィンスのことなどを、そのような言い草で口を開かない。だからこそ、我々は、身勝手でわがままで、どうしようもない魔王様だとしても、ついていけることができる。
この男が俺を殺さないとしても、魔王様からの使いだというのはわかっているだろうから、情報を得ようとでもしてくるだろうか。でも…。
(俺は…魔王様のためなら死んでも情報は渡さない…絶対に)
自分が死ねば、キーツの後ろには面倒な奴らがいるというのが確実となるだろう。できれば死なないですべてをお伝えしたかった。
今一番危険な位置にいるのは、もちろん魔王様であると。しかし、魔王様が思っている以上に、敵は多いだろう。しかも、凶悪なその辺の雑魚とは比べ物になんかならない。きっと、シェイルやリベリオ、ヴィンスでも苦戦するような魔物たちが待っている。ここの主のために。
先ほどから使用している拘束魔法は、一切この魔物には効かない。いや、効いていたとしても、微弱ですぐに引きはがされる。唯一の魔法が効かないとなれば、最後に託された魔王様の能力。
((いい? アマシュリ…今から言うことを行ってほしい…。ゆっくりと俺の魔力を感じ取るんだ。そして…それに名前を付けてほしい))
((…なっ名前を…))
((そう。これからはアマシュリが“こいつ”を専門的に使うといい。きっと今後役に立つだろう。…どうか…無事で…。無茶はしないで、危ないと思ったらすぐにこれで逃げてくるんだ。自分の身を一番だと))
((はい…。わかりました。すべての答えを導かせていただきます。では…“この子”をお借りいたします))
託されたもの。
今できる最大の抵抗は、これしかできない。
「…ふっ…」
「何を笑っている。こんな状況でよく笑えるものだなぁ」
「もう…ちょっと…。早く殺しておくべきだったね」
「あ…?」
「リベイン!」
締められた首のまま、最後の力を振り絞って怒鳴りつけると、その男と俺の間の床に、魔王が行った召喚の時のように、黒く大きい円が現れ、その中から黒い獣が首を絞めている魔物の腕を狙って、かみついた。
「なんだと!」
形がはっきりしたところで、落ちようとする身体を持ち上げてもらうかのように、その飛び出したものの首に巻きついている鎖に手を伸ばし、しっかりとつかみ取る。
グイっと引っ張られ、着地をするように魔物から離れた位置に、飛び降りた。
ゆっくりとかすかに入る光で、どのようなものかが魔物にも分かったようだ。
眼をまん丸にして、体勢を低くとり、臨戦態勢に入っている。
呼び出したのは、以前魔王が呼び出した黒い狼。ゆっくりと外を見上げると、もうすでに外は暗く、満月が光り輝いていた。
戦闘力があるとしても、この状況で戦うのは不利。逃げるのを優先するため、リベインにしっかりと跨いで乗り、耳に小さく囁いた。その体勢のまま床に落ちていた何かのかけらを手に取り、ゆっくりと体勢を戻す。
命令に従うように、窓へ向かって走り出す。
それを食い止めるように、魔法弾を魔物はこちらに向かって数発撃ちこむが、それを器用にかわしたリベインは、窓に向かって身を任せる。その窓に向かって俺は、手助けをするように手に持っていた欠片を、放り投げて窓を割る。
ガラスが飛び散った反応で、魔物は一瞬身を引くが、すぐに追うように同じく窓から飛び降りてきた。
3階ほどある高さを軽々と着地し、リベインは全速力だろうスピードで走りぬける。
反面魔物は、自分の魔力を見せつけるように大きな翼を生やせ、上から追ってくる。その使い魔たちも俺らを魔法を使いながらも攻撃を仕掛け、追ってくるが、リベインはすぐにそれを避け、できるだけ安全な方へと走っていく。しかし、簡単に魔物も逃がしてはくれない。
先ほどから反応しない、魔王へのテレパシーに焦りを感じながらも、今はもうリベインに任せるしかできない自分の未熟さを恨んだ。
「ごめん…ごめんな」
もう誰に謝っているのかもわからなかった。
今までだって、情報収集中に逃げることはあったとしても、こんなにもの数に追われたことがない。それに、逃げきれないと腹をくくることだってなかった。逃げ切れると、どこかで自信があったし、いつものことだと割り切る事が出来た。
なのにどうしてか、今となっては逃げ道すら導くことができない。ましてや、自分で走ることすらしていない。これ以上、自分でどうにかすることなど、出来ないと言われているかのように。
(役に…立てないのかな?)
こんなにもネガティブになることだってなかったし、いざとなったら誰かを巻き込んでも、逃げ切っていた。どこかの集落に辿り着くことも、人間の土地へと逃げるにも遠い。しかも、木々に囲まれた位置にあるからこそ、余計に抜け出すのにも木が邪魔でスピードが落ちてしまう。
ギュッと目を瞑れば瞑るほど、涙が出てきそうになる。それを耐えるように、前を見なおした瞬間、いきなり上から一匹の魔物が立ちふさがる。
逃げ道を失ってしまったリベインは、現れた魔物の魔法弾を足元に喰らい、走ってきた勢いで俺たちは前へ転がり落ちた。
その魔物の足元へと身を伏せてしまった俺は、恐怖でどうすることもできず、身体がピタッと固まってしまった。
まともに魔法弾を喰らってしまったリベインは、俺よりも後ろの方で身を屈め、目の前の魔物に威嚇する。
(もう終わりだ)
魔物は俺に向かって、口元を上げて笑った後、大きめの魔法弾を作り上げ、俺に向かって振り下ろす。その瞬間そう思ってしまった。
諦めるように、顔をそむけ、ソッと目を瞑った。
もう終わりだ。そう思う以外感情が思い浮かばなかった。
「何をやっている」
少ししても、想像していた痛みが、身に振り落ちない。逆に、聞き慣れた声が、俺の上から聞こえてきた。
ゆっくりと聞こえてきた方に顔をあげてみると、先ほどまで殺すことを楽しそうにしていた魔物は、俺と同じ高さになって倒れていた。その近くには、見慣れた靴が見える。ゆっくりと再度顔を上げると、やはりそこには見慣れている顔がある。
いつもは魔王に見せるような呆れた顔が、俺に向かって見せていた。
風になびく金髪が綺麗だった。
「シェイル…」
「ったく。テレパシーが来たから返事をしても、その返事がないから来てみれば…」
現れたのは、城で待機していたはずのシェイルだった。
確かにシェイルにもテレパシーは数度送っている。しかし、返事がないし、うまくテレパシーが送られていなかったから、ほぼ諦めていたというのに。
相当パニックに陥っていたのが分かる。返事が来ていたなんて、まったく気がつかなかった。
倒していた身に、余計に力が入らなくなってしまい、支えていた腕すらも頼りにならなくなり、そのまま地面へとすべて身を任せてしまう。
「おい」
「…大丈夫。ちょっと気が抜けただけ…」
近くで見ていたリベインは、ゆっくりとした足取りでこちらに近づき、頭付近に座ったと思えば、ごそごそと身を横にずらし、毛を頭につけてくる。乗せろと言わんばかりに、近づいてくるものだから、優しくなでてやりながらも、言葉に甘えてリベインの背に頭を乗せる。
柔らかかった。温かかった。
その温かさが、すごくうれしかった。
怖かった。
再度、先ほどまでの恐怖を思い出し、身が冷えた。でも、今はリベインもシェイルもいる。すごく安心して、リベインのぬくもりに甘えることができる。
「ところで情報は確かか」
「あ…きちんとつながってたのか」
「あぁ」
「うん。狙いは…魔王の座だ。ただ、ここで長々と話したくはない」
「わかっている」
ごそごそと重い身を動かしながら立ちあがると、リベインも身を起こす。
背にまたがり、シェイルが歩き出す先へと、一緒に歩いて行った。とりあえず、安全な土地へ着くまでは、持っている情報を整理しておかなければならない。
もしかしたら、かなり大きな争いが起きるかもしれない。いや、もしかしたらとか、想像ではない。確実に、危険な争いが起きる。魔王の座が奪われるか、死守するか。魔王様はどうするつもりか。
もともと魔王の座に興味がないお方だが、人間との共存をするつもりであるならば、渡してしまうことはないと思っている。が、しかし勇者になろうと言い出したものだから、いきなりどういう思考に走るか、こちらからは全くわからない。
(俺が護れればいいんだけど…)
そんな大層な力が俺に備わってはいない。むしろ、足手まといになるだけだ。では、争いが起きた時、いったい俺はどうすればいいのだろうか。