第2話
「結構魔物と戦っているのか?」
「まー護身程度。殺したりとかまでは出来るだけしないようにはしてるけど、時と場合によってはねー」
街へ着く間、イリスの話を聞いていた。
少しでも早く知るために。
危険要素があるかもしれない。という心配はあまりしたくはないが、少しでもしておかないと後々シェイルやアマシュリに、呆れるように怒られるのは想像がついている。
イリスの隣を歩くのをアマシュリは最初、止めてはいたものの、断固として隣を歩き、話をしたいとの講義をテレパシーで行ったのち、アマシュリが折れた。やはり、旅に連れてくるのをシェイルではなく、アマシュリにして正解だった。シェイルの場合、こうも簡単に折れてはくれないだろう。リベリオの場合は、俺に甘すぎるから、いざというときに止めることができないだろう。
「でも珍しいな。共存に同意を示してくれる奴はそういないんだが」
「まー育った場所が独特だったから」
「育った場所? 独特ってなんだ」
何の想像もつかず、つい首をかしげてしまった。
そんな俺を見て、イリスはにっこり嬉しそうに微笑んで口を開いた。
「その秘密は俺の師匠にありまーす」
「師匠?」
「そっ。俺に戦い方を教えてくれた師匠。すっげぇ強いんだ」
「へぇ」
「って言っても、俺の遠いじーちゃんに当たるんだけど、言っただろう? 俺の先祖に魔物がいるって。魔物って長命だろう? 家系図からしたら相当遠いのに、まだピッチピチな肌してんの! 人間で言うなら、25歳くらい? シレーナよりも数歳年上かな? くらいなんだって」
と、いきなりその“じーちゃん”の自慢話が始まってしまった。
よくよく聞いてみると、だんだん薄れていた魔物の血を受け継いでいて、薄いはずの魔物の血は、いきなりイリスの時に、少しだけ魔物らしさが表れたとのことだった。それは、なかなか見た目の歳が老けないとのことだった。実質、100歳は過ぎていると言うのに、見た目年齢が人間で言う20歳前後。確かに、魔物の血が流れているだけあって、見た目と年齢の差が大きい。
しかし、少しだけ魔物らしさが表れた部分とのこと。確かに、メッシュのようなハーフの場合、魔物らしく長命ではあるものの、その子供へ子供へと子孫が生まれるにつれ、その相方は人間である限り、徐々に年齢は人間のほうへと移っていき、長くても90歳過ぎでの寿命だ。イリスが言うには、イリスの父の時点ですでに人間と全く変わらない命の長さだったとのことだった。だと言うのに、その息子は長命であり、それでなおかつ身体能力が高いとなる。
あまり信じはしていなかったが、もしかしたら先祖返りだと言うのだろうか。
しかし、魔物の部分は、年齢と高い身体能力のみ。魔力等はほぼ受け継いでいないに等しいとのことだった。
「そうか。そのじーちゃんは生きてるのか」
「うん。師匠は健在。すっげぇ強いよ」
「ははっそれはもうわかったよ。是非会ってみたいものだ」
「うん! っていうか、今向かってる街がそうなんだけど」
「…は?」
「だから、今向かってる街が俺の育った街。言っておくけど、あんまり魔物だとか人間だとか、そういうのあんま気にしてねぇから。あの街の住人は」
「あ…そう。それは助かるけど」
俺的にも。アマシュリ的にも。
しかし、何故だと問うと、余計に頭を悩ませる答えが返ってきた。
「俺の師匠、街の長みたいなのやってるんだけど、相当長い間いて、なんでも今の魔王が魔王として公表される前から魔王のことを知ってたみたいで、良く昔の話を聞いたりすると、絶対魔王の話は出てくるんだよね」
「なっ…魔王の…?」
「うん。あ、そうだ。ないとは思うけど、師匠の前で魔王の討伐しにいくとか、魔王を傷つけるような話はしない方が良いよ」
「…どいうことだ?」
ただ聞き流すだけだったルーフォンも、その話に食い入るように視線をこちらに向けた。
ようやくルーフォンが反応したことで、少しだけイリスのテンションが上昇した。
「魔王と昔は仲良かったんだって。街に来てから会ってないから、魔王はすっかり忘れてるだろうっていっつも笑ってんだよ。で、話を戻すけど、共存の話ね。それに抵抗がないのは、その魔王の話からなんだよ」
「魔王の話で…?」
「そっ。師匠が言うには、魔王が公表された時、一番に魔王がおこなったのが、人間の土地と魔物の土地を分けることだったんだって」
「人間と魔物の土地を? そんなもの昔から決まっていたものじゃないのか?」
眉間にしわを寄せ、ルーフォンは違和感を感じているかのように聞いてきた。
確かにそうだ。
元々は混ざりあっていて危険な状態のものを、とりあえず魔物と人間の土地で分けてしまい、お互い干渉をできるだけ少なくしようとした。
魔物しかいない土地があれば、魔物だって人間からの攻撃には安全だろう。人間だって、魔物が少ない土地という物が与えられれば、ほんの少しだけでもホッとするだろう。そう考えた。そうすれば、後は自分の身を守ればいいだけのこと。人間同士が争ったとしても、魔物の影響はない。後は、建物を作るなりして、人間は人間の領域を作らせた。
すでに、人間の間ではそんな昔話を覚えているものはいない。人間からしてみれば、侵略され、その侵略が止まったにすぎないだろう。それを考えれば、もし書類として残っていたとしても、悪いようにしか載っていないに決まっている。だからこそ魔物を憎むし、嫌う。
しかし、その師匠のように長命であり、それで何より魔物であれば余計、その事実を知っている者がいてもおかしくはない。
ただ、その確かな理由を知っているものは、いないに等しいと思っていた。だが、その師匠は違った。
「違うよ。元々は、人間の土地とか魔物の土地とか決まっていなかったんだ。もしかしたら、隣は魔物かも。そんな怖さを感じながら人間は日々生きていたところ、魔王がいきなり人間をその土地から追い出した。ここまで聞けば、ただひどい者にしか聞こえないけど、侵略を続けた魔王は、人間と魔物の土地半分くらいの領域でピタリと侵略を止めた」
「…なぜ…?」
「魔王いわく、『全ての領地を奪ってしまったら、楽しくないだろう?』 との一言だったみたいだ。でも、師匠はそんな言葉はただの表向きだって言ってた」
その言葉に、俺の体は反応した。
どうして、そう言い切れるのだろうか。もしかしたら、本当にそう思っているのかもしれない。その師匠というのは、一体いつ出会い、どのくらいの期間俺を見ていたのだろうか。
だんだん街へ行くのが恐ろしくなった。
魔王である俺の幼いころを知っている。あの無力な俺を。もしかしたら、今顔を見ただけで魔王だと。この声だけで、魔王だと気づかれるんじゃないか。そう思うだけで、足は今にでも止まりそうだった。しかし、そんな俺を置いてイリスは口を止めはしなかった。
「本来の意味としては、人間の住む場所を、きちんと与えてやりたかったんじゃないかって。そう師匠は言っていた。その話を聞いている街の人たちはさ、魔王は悪いだけがすべてじゃないのかもしれないって、昔から思ってるんだよ」
「だけど、それは魔物が言っている言葉なのだろう? どうして信じられる? ただ、そうやって警戒心を失くさせているだけかもしれないぞ?」
確かに、ルーフォンの言うとおりだった。
それに、どうして街の人はその話を信じるのだろうか。嘘なんだと、少しも考えないで来ているのだろうか。それとも、その魔物に信じるしかできない、慕われるなにかがあるのだろうか。
「それはないね。だったら、こんなにも長い間あの街が安全でいることはないだろう? 途中で裏切るなら、もうとっくの昔にしていただろう」
「…? 相当長い間言われ続けているのか?」
「あぁ。言い伝えになるんじゃないかってくらい長くね」
「でも、魔物は人間を襲うぞ」
ルーフォンの質問に答えたイリスを見て、俺はそう冷たく言い放った。
そう。結局線引きをしたところで、その線を軽々と魔物は越えることができる。何せ、“入ってはいけない”というルールや規則を作ったわけではない。ただ、“楽しくない”といったまで。越えることなんか、すぐにできてしまう。
冷たいセリフも、イリスはそっと微笑んだ。
「当たり前だ。魔物だって、人間だって、一人一人に意思はある。そう言われたって、従わない奴が出たっておかしくはない。それは人間だって同じだよ。元は同じ生き物なんだ。個人の思考がある。そう言われ続けてきてるんだ」
「…そう」
なんて簡単な人間なのだろう。
よく今まで街が安全でいられたものだ。
呆れながらも、続けて話すイリスの言葉を軽く流していた。
どうしても思いつかない。幼いころに会っている大人なんて。
しかしどうすればよいのだろうか。今から進行方向を変えるにも不自然すぎる。別に会ったって、そのような街だからこそ魔物だとばれても支障はないのだろうが、魔王だとばれたら話は変わってくるだろう。イリスが言う師匠だって、魔王の姿を知っているとのこと。しかも、幼いころに会っているとすれば、声だって知っているはず。さすがに声質だって、年齢を重ねるごとに変わっては来る。しかし、声の波長は変わらないはず。
(怖いですか?)
不意にアマシュリからテレパシーが入った。
チラリとアマシュリのほうを目だけで見ると、うっすらと和ませるように優しくほほ笑んでいた。自分よりも落ち着いているアマシュリを見ると、心のどこかがホッとしているのがわかる。魔王になってからの姿しか知らないから落ち着いているのだろうが。それでもいまは、その表情に救われた。
(うん。少し)
(魔王だとバレたらその時ですよ。別に大きな支障はないし、もし交友関係を結ぶとなれば、魔王公認でより強いものになるかもしれませんよ)
(…アマシュリも変わったな)
(そう…ですね。少し前でしたらこんなこと言えなかったです)
(誰が変えたんだろう…)
(誰でしょうね)
わからないことだらけだと言うのに、テレパシーのアマシュリは、少しだけ楽しそうだった。
今までだったら、ばれるような場所には近寄らせないようにしていただろうに、今となっては、旅が楽しくなっているように見られる。
こんなにもポジティブに考えることもなかっただろうに。でも俺は、徐々にだがネガティブ思考になってきているのは、薄々気づいていた。だからこそ、明るいイリスと行動したかった。なのに、結局何か恐れなければならない場所へ近づくことになってしまった。
行かなければならない。目的のためには、難関の一つや二つ、簡単に乗り越えられなければならないことを、一人で納得させていた。