第30話
いきなり叫んだのはリベリオだった。
アマシュリと対戦していたはずだというのに、アマシュリも身を固め、キーツと魔王のほうへ目を向けていた。
しかし、俺まで目を向けなくとも、コピーを動かしていたからこそ、何が起きているのかわかっていたというのに、つい向けてしまう。
ようやくこの時が来た。
まだ、ユンヒュとルーフォンには早いとは思ったものの、キーツを殺さずどうにかするには、こうすることしか思いつかなかった。
リベリオは完全に攻撃態勢になってはいるものの、俺の命令により、それから先は身体を動かせないようだった。シェイルも、手を止めてじっとキーツのほうを見つめ続けていた。
「なんだ…魔王ったって、そう強くなんかねぇじゃねぇか。噂はただの噂ってことか」
「…っ」
数回の攻撃によりひるんだコピーは、地面に座り込み、椅子の足に寄りかかるように身を起こしていた。その前には、キーツが見下ろし、魔法弾をいつでも飛ばせるように、指先に魔力を集めていた。
冷たく言い放つキーツの言葉には、今までのキーツの様子とは違っていた。
魔王になれるという願望が叶うという喜びに、口元は上がり、もうすでに下の者と決めつける、冷たい瞳がコピーに注がれていた。
ルーフォンもユンヒュも、ヴィンスもシュンリンも戦いを忘れたかのように、ジッとキーツとコピーを見つめていた。
「さようなら」
振り上げたキーツの手は、振り下ろすとともに、その魔法弾をコピーの体に向かって放り投げた。
消滅するコピーの姿。呆気なかったと高笑いし、先ほどまでコピーが座っていた魔王の椅子に座る。
「魔王を…魔王を殺したんだ! 俺が…俺が魔王を!! ふはははははははっ」
喜びからちらりとみんなの姿を視界に入れるキーツは、高笑いを止め、微笑んでいた頬をおろし、下から睨みつけるようにヴィンスのほうを見つめてきた。
「お前ら…その人間どもやっちまえよ。俺が魔王だ…命令は聞けるだろう? これが約束だっただろう!」
“魔王”という肩書がそんなにもうれしかったのか、奥底から笑いを浮かべ、ひじ掛けに堂々と腕を乗せていた。
その姿を見たヴィンスは、何も言わずに武器を真下に落し、ルーフォンから手を離す。そして、ヴィンスの手により怪我を負っていたルーフォンに、そっと治癒魔法をかけてやる。すると、その行動に驚くのは、ルーフォンとキーツ。
大きなため息とともに口を開いたのは、アマシュリだった。
「バカバカしい」
「何だと!」
一言に苛立ちを感じたまま、キーツは魔法弾をアマシュリに向かって即座に投げ込む。しかし、リベリオの手によりその魔法弾ははじき返された。
行動一つ一つが気に食わなく感じるキーツは、キッとリベリオを睨みつけどういうことだと叫び出した。その陰で、あまりにもその姿が面白く、にやりと上がってしまう俺の頬は、言うことを聞いてはくれなかった。
「どういうことだだと? 貴様は本当に魔王を殺したと思っているのか?」
「見ただろう! 俺が殺した! 俺が魔王だ! そういう約束だろう? 魔王を殺したら魔王の座をいただく! そうだろう!? シェイル!」
「魔王を殺した…? まったくバカバカしいにもほどがある」
ため息交じりに答えるシェイルの頬も、少しだけ上がっている。シェイルもシェイルで、この現状を楽しんでいるようだった。
だんだんとその姿もうれしくなってきて、声に出して高笑いしたくなってきた。
「ほぉんっと馬鹿。っていうか、そもそも殺された魔王と話してたって言うのに、ほんっとうに気づかないなんて、ほんと馬鹿」
「…なんだと? 魔物が勇者になるなんて状況も、十分バカバカしいが?」
「は? 誰に向かってバカって言ってんだよ雑魚」
笑いを止めることなどできなかった俺は、笑いながらもゆっくりとキーツに向かって歩きながら口を開いたが、そのキーツの返答に脳みそのどこかが切れた気がした。
つい笑いが消え、足が止まり、より低い低音でそうつぶやくように口を開いた。その瞬間、ようやく声質に気付き、キーツの姿はぴたりと固まった。
「…っどういうことだ!」
「ここまで来ても分からないの? ヴィンス。こいつ馬鹿だね」
アマシュリもついに笑いを堪え切れなくなったのだろう。嬉しそうな高い声で、笑いながらもキーツに指をさしながらも、ヴィンスに向かってそう笑っていた。
すると、スッとほほ笑み、そうだなと治癒しながら言うヴィンスの姿に、ルーフォンは戸惑いを隠せない様子だ。
「どういうこと…だ?」
「あ? あぁ、今まで見ていた魔王の姿はすべて、魔王本人が作り上げたコピーだよ」
ルーフォンの質問に、優しくヴィンスは答えてあげた。すると、それを聞いたキーツはまたしてもどういうことだと叫んだ。
そのうるさい言葉に、サイレント魔法をかけてやる。
「うるっさいなぁ。だから、ずっと魔王は魔王であって、お前が見ていた魔王は、その魔王…俺が作ったコピーだっつうの」
そう言いながらも、俺は着ていたロングコートの前を締め、変化も解いて魔王の姿を露わにする。その姿は、先ほどまでキーツが戦っていた魔王そのものの格好だった。
姿を確認したキーツと人間は、すべてではないが、魔王という存在をはっきりと確認できたようだった。
カランと何かが落ちる音がした。
音源を探してみると、そこはユンヒュの足元だった。全ての希望が消えたかのような表情で、手元から武器が足元へ落ちていた。その手が震えているのを、しっかりと確認できる。
「確かに言ったよ。魔王を殺したら、魔王の席はお前の者だと…。しかし、今現実魔王を殺してはいない」
「…ず、ずるいぞ…」
「ずるい? 自分の身を守ったまで。どうした? 足が震えているぞ…?」
「……っ!」
睨みつけてくるキーツにうっすらとほほ笑み、視線を外す。リベリオ、アマシュリの横を通り、ヴィンスの元。ルーフォンの元へと足を運ぶ。後ろからぺたりと座る音がする。震えた足は限界だったようだ。
手当てをされているルーフォンは、座っている状態から見上げるようにこちらを見つめてきた。その目は現状を理解し、自分の行動を考えているところだろう。敵意はないものの、警戒してはいるようだ。
ルーフォンから口を開くことはないようだ。
ゆっくりとしゃがみ、ルーフォンと視線の高さを合わせる。
「怪我は深くなさそうだな」
「…」
「魔物だと知ったすぐに魔王だと知るのは、結構精神的に参るか?」
「…まぁ、それなりに?」
呆れたように、ため息交じりにそう言った。
言っているより、参っている様子はなさそうだ。
「まさか…お前が魔王だなんてな」
「ほんと。メッシュに言われた時は、心臓が飛び出るかと思った」
そう笑って答えてやると、うっすらとルーフォンの頬が上がった。
恨んでいる様子はない。あんなにも魔王を殺したがっているというのに、目の前にいる勇者でもある俺が魔王だと知って、殺気立たないのが逆に怖かった。
「もう一度聞くが、ルーの言っていた“非道なこと”には入らないか?」
「お前が魔王なら、いいんじゃないのか?」
「ルーにしてはてきとうな答えだな」
「そうだな」
二人して声をあげて笑ってしまった。
魔王を追っているすぐそばに魔王がいたなんて、思ってもみないこと。しかし、実際に目にしてみれば、呆気なく許されてしまった。しかし、魔物に殺された両親や姉のことまでは、許してはもらっていないだろう。
むしろ、許されないほうがいい。そうやって、自分を苦しめておかない限り、魔王だという自覚を失いそうになる。
(でも、そんな自覚、もういらないかもな…)
ゆっくりと体を起こし、ユンヒュのほうを見てみる。しっかりと武器を持ち直し、こちらを睨みつけていた。ルーフォンのようには行かないみたいだ。
足を進めようとした時、後ろからガシッとつかまれる。振り払うことなく、ゆっくり振り向くとそこにはヴィンスが不安げにこちらを見ていた。
「危険です」
「まぁ、あんなに殺気立ってればな…。離せ」
「…」
命令として言った言葉に従わなければならないヴィンスは、ゆっくりと手を離し、下ろしていた。
うっすらと微笑み、大丈夫だということを示してユンヒュのほうに向きなおった。足を進め、ユンヒュへ向かうと、武器を握る手に力が入ったのがわかった。
ゆっくりとこちらに振りかざし、小さく呪文を唱え、すぐに発動させるが、後ろにいたシュンリンの存在を忘れていたようだ。シュンリンの電撃により、体がしびれ、魔術が発動しなかった。
ぺたりと地に膝をつき、痺れる身体を抑え込む。
「くっ…貴様…」
「黙ってて悪かった。ユンヒュには少し早かったかも知れんが、近くにいる以上一人だけ知らないというのもどうかと思ってな。どうする? これからまだ旅を続けるつもりでいる。共存する世界が出来上がるまで。ついてくるか? 否か…」
「…なぜだ」
「あ?」
「何故魔王である貴様が、共存しようと口にするのじゃ! それがわかりかねる。お主たちは人間を滅ぼそうとしているのではないのか!」
「さぁ、他の魔物は知らん。が、できれば強制ではなく、共存しようという心を持ってもらおうと、努力はしようと思っている」
「なぜだ…」
「その方が、幸せだろう? ビクビク怯えながら生きていく人生なんて、もったいないと思わないのか? だったら、共にすごし、死んでいく方が幸せだろう? ただでさえ人間は短命なんだ。大事にすごさなければな」
ゆっくりとユンヒュの前にたどり着き、座り込んだユンヒュに手を伸ばす。
手を握り返すかどうか。そのまま攻撃されてもおかしくはない。が、ユンヒュの後ろでシュンリンが警戒しているのがわかる。
「…その心は本物かの…」
「じゃあ、それをユンヒュ、お前の眼で確認すればいい」
「ついて行けというのか」
「心があるのならば」
微笑むと、ため息交じりにそっと手を握り返した。