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満月ロード  作者: 琴哉
第1章
28/67

第28話







「話というのは…」

「馬鹿じゃないのか」

「は?」

 

 地に足を下ろしたキーツだが、一向にこちらを見ることなく背を向けたままだった。

 一体何を考えているのだろうか。口を開いたと思えば、一番にそれだ。徐々に現す魔物の姿。もう、隠すつもりもないのだろう。それとともに、殺気を徐々に露わにさせた。

 ゆっくりと振り向くキーツの顔は、もう殺すことしか考えていない、殺意で暴走した魔物の表情だった。

 今まで隠していたかのように、徐々に魔力がキーツの身をまとう。その力は、その辺の魔物よりも、相当強いものだった。

 宝石により苦しんでいた時に見た、あの夢の中にいた自分みたいだった。

 自らの力にうぬぼれ、我を忘れて無我夢中に暴れまくっていたのだろう、あの自分だ。


「馬鹿だよみんな。こんなお人よしを勇者なんかにして…」

「キー…っ」


 自分には戦意がないことを示すように、そっとキーツに手を伸ばすと、速いスピードで現れたキーツの右手が手首をつかむ。その握力に、手首が折れてしまうのかと思うような強さ。全身に力が入ってしまう。

 カリッと口の中で音がして、歯までかみ合わせるほど力んでいたことに気づく。ゆっくりと息を吐き、自分自身を落ち着かせる。まだ、ここで魔王である自分を出してはいけない。そう言い聞かせながら。

 キーツの手は、引き寄せることも、引っ張ることもしない。ただ、掴んで力を入れているようにしか見えない。掴んできた右腕を逆に掴み返し、離せと怒鳴りつける。その瞬間、キーツの左手が俺の額をつかむ。


(まずい…) 

 

 想像以上の速さと力に、頭が握りつぶされると感じる恐怖。

 額をつかむ左手から何かが感じられる。


(なっ…っ!) 

 

 魔法を使われた。

 認識すると同じく放り投げられた。

 後ろに、構えていたかのように植えられている木の幹に、力強く背を打ちつけられる。木が折れることまではなかったが、全身の痛みが尋常じゃない。

 特に握られた額が痛い。火傷を負ったかのようにヒリヒリするだけではなく、脳味噌に直接何かを注ぎこまれたみたいだ。

 動く気力が薄れていく。

 ズルズルと背を木の幹に摩りよせるように、膝に力が入らず座り込んでしまう。

 首も疲れた。手も疲れた身体が疲れた。全ての疲労感。


「どうした? もう終わりか」


 どうして。

 どうして俺は魔王になったのだろう。どうして俺は勇者になったんだろう。

 どうして俺は…。


「どうして…?」

「…あ?」

「どうして生きてるんだろう。生きる価値なんてないのに。魔王を倒せばいいの? 魔王を倒せば幸せな世界が待っているの? 今こうして人間が生きる土地があるのは、魔王のおかげなのに…?」

 

 奥から二つの気配がする。

 片方が魔物の。片方が人間の。


「お前に聞きたいことがある」

 

 キーツは、その気配を余所に質問を始めた。

 

「…」

「何故あの家に魔物がいることに気付いた? 人間は魔物の気配を感じ取れないはずなのに」

「なぜ…? どうしてそれをお前なんかに言わなきゃいけないの…」

「シレーナ!」

 

 聞き慣れた声がする。

 声がした方向をみると、そこには息を切らしているアマシュリと、怪訝な表情をするルーフォンの姿があった。


(なんだか、ルーフォンの表情は怪訝そうな表情しか見てなかったな)


 だからこそ、落ち込んでいた最中に立ちあがらせ、微笑んでいた表情がわからなかった。

 駆け寄ってきたアマシュリは、肩に手を乗せ怪我があるのかいろいろな部分を探していた。特別何も見当たらなかったのか、眉間にしわを寄せてキーツに振り向き怒鳴りつけた。


「キーツ。シレーナに何をしたのですか!」

「何を? ただ俺はそいつに負の思考にさせる魔法を使っただけ。暴心法さ」

「負の…?」

「全てがマイナス思考になるのさ。かかった者の心が読めるってわけさ」

「なっ…」


(心? マイナス? 何言ってるの。俺はいつだってマイナスにしか考えられなよ)

 

 いつも感じていた。

 魔王になる意味を。

 不思議に思っていた。

 何故俺だったのか。


「もうやだ」

「し、シレーナ?」

「…シレーナ? はっ誰それ…?」

 

 口元か上がってしまう。

 作られた名前で暫く呼ばれるのは楽しめた。もういい。そんな偽名、必要ない。

 最初はルーフォンに警戒していたアマシュリだって、今じゃもうアマシュリがルーフォンを信用してしまっている。だからこうやってルーフォンをこの場へと連れてきたのだろう。

 

 どうして?

 

 もしかしたら、ルーフォンはそうやって信用させて、隙を突こうとしているのかもしれない。そんなのアマシュリが困るだろうに。どうして頼ろうとしちゃってるの?

 また、


「また、俺を一人にするのか…そうやって…っ!」

 

パシンッ!!


 怒鳴りつけてやろうとした瞬間、アマシュリの手が俺の頬を叩いていた。

 叩かれた頬に触れる。

 熱い。痛い。ヒリヒリする。

 どうして。


「いい加減に目を覚ましなさい! ダラダラ何かを引きずってるなら俺に見せてみろ! 引きちぎってやるから」

 

 震えた声で。でも、しっかりと俺のほうを見て、乱暴に怒鳴りつけるアマシュリの頬には、涙が流れていた。

 どうしたのだろう。

 いつからだろう。

 顔を上げなかったから気付かなかった。


「いっつも勝手に行動して周りを心配させて…。危険だってわかっててキーツと二人っきりになんかなって…。どこまで心配掛けさせるんですか! どこまで心配かけさせれば、あなたはもう一人じゃないってわかってくれるんだ!」

「…もう…? 何を言ってるんだ? 何をやってるんだ? 貴様は俺に手を出していい立場か?」

「立場? そんな地位的存在あなたは嫌っているでしょうが!」

「あぁ嫌いだよ! 何もかも! 勇者なんて…勇者なんてクソくらえ!」


 怒鳴りつけていたアマシュリの顔が、その時ふっと優しくなった。

 目元を下げ、そっと言い聞かせるように、口調も丸く暖かく。


「じゃあもうやめましょう? まだ終了は効きます。あなたの顔は他には回りきっていない。でもいいのですか? メッシュは、あなたが魔王のほうがよかったと笑っていたではありませんか」

「魔王のほうが良い? ふざけるっ…っ!」

 

 怒鳴りつける俺の言葉を止めるように、アマシュリは俺に向かって束縛魔法を使用してきた。

 両手を身体と一緒に縛られ、言葉を発せられないように喉を締め付けられる。

 ふざけるな。魔王のほうがよかったっていわれたって、すでに魔王なんだから。そう言いたいのに、苦しくて声が発せられない。

 もういい。ばれたって支障はないんだろう。メッシュは人間の勇者ではなく、魔物の魔王を望んでいたのだから。


「勇者をやめて戻ってきてくれますか? 必要ないならば、ルーフォンに任せてしまえばいい。でも、そしたらあなたが途中で決めた、魔物と人間の共存はなくなります。それでも?」

 

 抵抗していた身体の力を弱めた。すると、もう暴れ出さないとわかってくれたのか、アマシュリは魔法を解いてくれた。


「知ってたのか」

「えぇっ。気付いてしまいました」

「でも俺は強くなんかない。強いのは力だけ。魔王と同じだよ。力だけあって心は弱い。すぐに殺せてしまう。そうだよ。魔王が死ねばみんなは喜ぶんだ。だったら殺してやるよ」

「お前なんかに殺せるかよ」

 

 キーツが挑発するように高笑いする。

 そんなの簡単に殺せる。


「えぇっ。あなたは魔王を殺すことなんか、赤子の手をひねるのと同じくらい簡単かもしれませんよ。でもそれをさせるわけにはいかないんです。わかってください」

「ほぉ。お前はやっぱり魔王側についていたのか。そうだよな。そんな弱々しい人間の下になんかついていたくないよなぁ」


 楽しそうに笑い続けるキーツに、だんだんと腹が立ってきた。

 知ってるこの感覚。

 そうだ。俺は魔物だ。魔王だ。この力を持て余し続けてきたのだ。

 足に力を入れ、きちんと立ち直る。ギュッと右手をグーに握りしめ、そこに魔力を溜めこむ。

 脳味噌に直接、駄目ですとアマシュリが叫んだ気がしたが、暴走しかけている“心”はもう止まらない。

 手の力を緩め、人差し指と中指の先に小さな無の魔法弾を一つ作り、それをキーツに目掛けて一弾投げつける。その弾はキーツの右肩を貫く。


「うあぁぁっ! なっなんだ貴様は! …この感覚…もしかして」

 

 流れ落ちる血を止めるように、左手で撃たれた右肩の傷を抑えつけながらも、数歩後ろに下がる。

 近くで見ていたルーフォンも、今の状況を理解し、俺の種族も理解しただろう。知られてしまったことに、アマシュリが恐れるような瞳を見せたまま、口を両手で押させている。しかし、ルーフォンのほうから剣をつかむような気配がしない。

 ルーフォンが嫌った魔物だ。わかっているはずだ。なのに、どうして俺に切りつけようとしない。


「あぁ。そうだよ。魔物だよ。だからなんだ。人間? はっ! この場に人間はルーしかいねぇよバーカ!」

 

 わかった気がした。

 この魔法の本当の力が。心をかき乱して動揺させる。たったそれだけ。動揺とともに心に隠していたものまで口にしてしまうだけ。そんな簡単な魔法にかかってしまうだなんて、馬鹿は自分なのかもしれない。

 そうだ。ここに人間はルーフォンしかいないのだ。自分を守るくらいの能力はある。だから、暴れたって問題ないのだ。ちょうどあれを試してみるのもいいかもしれない。


「今日はきれいな満月だな…」

「…はい?」

「結局魔物か。魔物が勇者だと…ほんと笑えるな。魔王に逆らうなんて本当馬鹿だ。馬鹿にもほどがある」

 

 頭が狂ったように怒鳴りだしたキーツは、こちらに向かって魔法弾を数発撃ちこんでくる。アマシュリの腕をつかみ、勢いよくルーフォンのほうへと放り投げて、魔法弾の嵐から遠ざけてやる。

 向かってきた魔法弾を、魔法弾で数発消滅させる。が


「あぁっ…っ!」

 

 いきなりアマシュリが痛みに耐えるような叫びを発した。

 目に入ったものは、ルーフォンをかばうようにキーツに背を向けて、ルーフォンに寄りかかっている姿。そのアマシュリの左肩には、魔法で作り出された細い槍だった。

 ルーフォンのほうには、アマシュリが流し出した大量の血を浴びている。


「お…おい…っ」

 

 ルーフォンは、そっとアマシュリに触れてみるが、痛みに耐える震えが伝わっているようだった。

 すぐにヴィンスを呼び出してしまう。痛そうだった。苦しそうだった。そんな姿をただ見ているだけしかできなかった。

 重く感じる足を、ゆっくりとアマシュリのほうへと進めていく。それを許さないように、キーツのほうから数発、魔法弾ではなく、傷を負わせていた槍を数発投げつけてきた。

 地を蹴りつけてそれから後ろに逃れてしまう。アマシュリから距離が広がる。それが怖くなり、アマシュリではなくキーツのほうに向きなおした。


「貴様…。アマシュリに何しやがる!」

「だ…っだめです!」

 

 止めるアマシュリの声はしっかりと聞こえたが、今この感情を抑えられる気がしなかった。

 キーツに向かって飛び着くのではなく、膝を地に乗せ、かかとに尻を乗せて座る。少し前かがみになり地に両手をべったりくっつけ、目の前の地面に大きく円を描くように魔力を注ぐ。

 作られた円陣の中心に自分がいる。

 そっと目をつむり、大きな獣を想像する。

 地下で見つけた“あの本”に記載されていたあの獣を想像する。

 頭の中にしっかりとその姿が刻まれた瞬間、両手が地面に沈み込み、何か固い鎖のようなものをつかんだ。その瞬間、力強く地面が盛り上がる。そのつかんだ鎖を必死に握りしめ、振り落とされないように腕に力を入れる。

 盛り上がったその土は、人が乗れるくらいの大きさの狼。黒く、瞳が真っ赤に染まっていて、満月の夜にはちょうどいい獣だった。

 優しく地に舞い降りると、土から登ってきたようには思えない、やわらかくて触り心地のいい毛。

 つかんでいる鎖は、その狼の首輪につながっていた。その黒い歯をむき出しにして、今にでも肉を食いちぎりたいような意欲を見せている狼の背に乗り、成功へのほほえみを出してしまう。

 優しくなでてやると、その狼はこちらをちらりと向いてきた。キーツのほうを見て、ゆっくりと指さす。


「お前の標的はあれだぞ。行け」

「…なんだそれは…っ!」

「これ? 召喚獣だよ」

「召喚獣…だと」

「あ、ヴィンス。遅かったね。頼む…アマシュリを…っ早く!」

 

 キーツとの会話中、ヴィンスがようやくこちらに到着した。

 子供の姿ではなく、魔物としての姿。

 呼び出した召喚獣に驚いてはいたものの、アマシュリの姿を確認すると、すぐにはいと頷きアマシュリのもとへと駆け寄った。一瞬ルーフォンが警戒したが、名前を出した瞬間、その警戒はきれいに解き放たれた。

 しかし、キーツはそうもいかなかった。

 召喚獣の登場とヴィンスの登場。どちらにも驚いている。


「貴様っ! 貴様も勇者についているのか!」

「…」

 

 治癒に集中するヴィンスは、声も聞こえていないかのように、振り向くことも反応することもなかった。

 ルーフォンは、アマシュリをヴィンスに任せ、ヴィンスの前に出てキーツからヴィンス達を守ろうと剣を抜いて構えていた。その現状の把握の速さに、少しだけこちらが驚いてしまう。


「…なんなんだよ…魔王は何を考えているんだ! 魔王は…」

「もう、うるさいよ。さ、ご飯の時間だ」

 

 狼の背から降り、そっと尻をたたいてやると、お腹を満たすために、キーツという餌に向かって素早い速さで駆け出した。

 恐れて足がうまく動かないのか、逃げることすらできず、しかし、抵抗をするように魔法弾を数発撃ちこんでいるが、素早い狼の身軽さは、それを避け、なおかつ餌のもとへと地を蹴り続けた。

 目の前に構えると、腹や足ではなく、確実に喉仏を噛み切る位置に歯を喰い込ませたが、その歯はそれ以上奥にはいかず、狼の勢いに負けたキーツの身体は、後ろへと倒れ込む。それでもまだ、飛ぶ血は現れない。

 死を覚悟していたキーツは、息を荒くし、冷や汗を流していた。死を待っているキーツを放置し、ヴィンスへと一つの提案をテレパシーで送った。

 いっそのことすべてばらしてしまえればいい。

 一瞬驚くヴィンスの姿が目に入ったが、気にすることなく、頷いてやる。すると、呆れたような溜息をついた後口を開いた。


「キーツよ…。お主は魔王になりたいのだろう? チャンスをやる」

「……なんだよ…チャンスって…」

「自分の死は自分で選ぶのがいい。今から魔王のもとへと行け」

「なっ…」

「戦ってこい。そして、もし“魔王”に勝てたのならばあの座はお前のものだ」

 

 

 

 

 

 

 


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