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満月ロード  作者: 琴哉
第1章
27/67

第27話


 

 

 いきなり入ったアマシュリの報告に、一瞬俺は身が固まってしまった。

 まさか、こんなにも早く攻撃を仕掛けてくるだなんて想定外だった。いつかは裏切るだろうとは思っていたものの、アマシュリと二人きりで行かせたのが間違いだった。

 ここを俺が守備しておいて、ルーフォンも行かせてしまえばよかった。しかし、今は後悔している時間ではない。

 今走って行ったところで、逃げ回るアマシュリを探すのには時間が少々かかってしまう。ということは、他の者に行かせるのがベストだろう。

 すぐに城に待機しているリベリオにテレパシーを送った。

 ヴィンスであれば、今回の計画を知っているとは思ったが、キーツと面識がある。キーツと魔王が接点があると言うのを知られないか、という警戒心を持たれてはいけない。


(わー。魔王様に会えるのですね!? 今すぐ飛んでいきます! おやつもたくさん持っていきますね)

(あーうん。まぁ、急いでくれればどうでもいいよ)

 

 相変わらず元気そうで何より。

 そう思いながらも、アマシュリが向かった森のほうへと目を向けた。

 アマシュリには少しだけ、悪いことをしてしまっただろうか。ちょっとした罪悪感はあるものの、無事だろうと祈り続けた。


(魔王が祈りか…。バカバカしいよなほんっと) 

 

 シェイルやアマシュリがよく呆れたようにため息をつく意味がわかったかもしれない。

 こんな魔王らしくない魔王がいて、邪魔だとでも思っているのだろう。

 

「結局俺の居場所はないのかな…」

 

 魔王の間にいた時も、席は用意されていても、何かがさびしかった。

 隣にシェイルがいても、明るいリベリオがいても、怪我に敏感なヴィンスがいても。シェイルとリベリオが話すような、楽しそうな会話にはならないし、することができない。

 あの席も、なんだか居心地がよろしくなかった。それでも俺は、あそこにいることしかできないでいた。

 

(思い切って飛び出してみたところで、居心地の悪さは変わらないよ…父さん) 

 

 その場に座り込み、木に背中を預けて膝を抱える。

 膝と自分の間に顔を伏せ、額に膝がぶつかる。

 よくこの体勢になると父さんに怒られた。


『おバカ。そんな格好してたら、殺してくださいって言ってるようなものだぞ』

 

 そう言って、父さんは俺の右腕をつかんで、無理矢理でも立ち上がらせようとする。

 いつもその掴まれた腕が痛くて、されるがままに立ちあがっていた。

 大人の魔物の握力は強く、まだまだ小さかった子供の俺は、どう頑張っても勝つことができなかった。


『だって…弱いんだもん』

『なんだ。またリルに負けたのか』 

 

 リルというのは、父さんの従弟の息子だ。俺より数年長く生きていて、かっこよくて強くって、でも優しい魔物だった。兄弟がいない俺によく構ってくれたのをなんとなく覚えている。だから、いつもリル兄って呼んでついてまわった。

 戦いというものを知ってしまったころ、何度も挑んでいるのに一度も勝てたことがなかった。

 今どうしているかはわからない。気付いたらリルと会う回数は少なくなり、ついにはピタリと会うことが無くなった。

 

 あの時は平和だった。

 人間が魔物を。魔物が人間を。ということは行われていたが、自分は平和だった。

 構ってくれる者がいたし、父さんもいた。楽しかった。自分の居場所は、父さんのすぐ近くにしかなかったから、そこにしかいれなかった。

 なのに、父さんが狙われるようになってから、平和はどこかに消えてしまった。

 

 

 マイナス思考に陥っている最中に、森のほうから数匹魔物気配がする。

 敵意が見当たらない分、あまり気にしないようにしていると、森のほうから楽しそうな声で名前を呼ばれる。


「シレーナ様ぁーっ!」

  

 リベリオだろう。声でわかる。

 ゆっくりと顔を上げると、片腕で紙袋二個抱えたアマシュリを抱き上げ、もう片方の腕でこちらに向かって大きく振っている。


(相変わらず明るいやつだな)

 

 スッと微笑み、座り込んだまま軽く手を振ってやった。

 後ろの方からは、怪我をした不機嫌そうなキーツがついてきていた。大きな戦いにならず、和解できたのだろう。一体何のために争ったのかまでは聞いていないが、後でじっくり聞いてやるとする。


「立てよ」

「腕かして」

「…」

 

 いつものわがままを言いだすことに呆れたのだろう。返事が返ってこない。

 言われるがまま立ち上がるのは、なんか気に食わない。腕を貸してくれないならいいと言わんばかりに座り込んでいると、いつも父さんが掴む右腕を掴まれ、乱暴に立たされる。

 されるがままに立ちあがり、ちらっとルーフォンの顔を見ると、そこには呆れてものも言えないような顔ではなく、うっすらほほ笑み、優しそうな表情をしていた。

 その意外さに少しだけポカンとしてしまう。

 

「はい。お土産ですー」

「あ、あぁ」

 

 抱き上げていたアマシュリを目の前に下ろし、アマシュリが持っていた紙袋を差し出してきた。おやつを持ってきたと言っていたが、またスイーツだのアイスだのだろうか。

 ゆっくりと紙袋の中を覗き込むと、そこには個別にまとめられた一口サイズのクッキーが、数個入っていた。いろんな種類がないのに少し驚いた。

 リベリオが準備する食べ物系列は、いろいろな種類が、無計画に広がっていることばかりだったから、何か一つに決めたリベリオが不思議でならなかった。

 

「シレーナ。警備の者とは交渉成立です」

「そうか。よかった」

「本当! やったね勇者様!!」

 

 にっこりほほ笑むと、後ろから嬉しそうな子供の声が聞こえてきた。

 振り向く瞬間、グイッと腰に腕が回り、後ろから抱きしめられる。


「メッシュ」

「やったね! 少しは平和になるよね」 


 嬉しそうに、にっこりとほほ笑むその顔は、もう初めて会った時の恐れている面影はなくなってきていた。不安だったのだろう。友好関係があったとしても、安心して暮らせるわけではなかった。どこかに危険がある事を、幼いながらも感じてしまっていたのだろう。

 しかし、これでほんの少しでも安心を感じてくれたら光栄だ。

 頑張った。というか、アマシュリがほぼ頑張ってくれているのだが、いろいろ考えてきた甲斐があった。そう思えるのがなんだか可笑しかった。


「勇者様が…」

「ん?」 

 

 先ほどとは変わった小さな声で、顔を下ろしてしまう。影になって表情が読み取れず、ゆっくりとしゃがんで頭を撫でてやった。

 なんだい? と首をかしげると、メッシュの頬に一滴の涙が流れ落ちてきた。

 痛かっただろうか? すぐに頭から手を離すと、その手をメッシュが小さな両手を伸ばしてギュッと包まれる。


「勇者様が魔王だったらいいのに…」

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

『だったら魔物と人間が、仲良く平和に過ごせると思うのに…』 

 

 そう震える声で言われた時、何かが心臓に刺さったかのように、一瞬胸が痛んだ。

 ごめんね。

 そう言いたくて仕方がなかった。

 涙が次々と流れ落ちていくこの子供を、俺は平然と騙しているのだ。


(心が痛むって…こういうことなんだ)

 

 胸が痛んだ後は鳥肌が立った。 

 この子供の力にはなれそうだが、そこまでの道のりがすごく遠いのではないのだろうか。

 メッシュに言いたい。すごく。言いたかった。でも、言える責任がまだ負えない気がした。

 

「子供の言葉というのは強いものなのですね」

 

 その日の夜、なかなか寝付けることができず、ベランダで満月の光を浴びていた。

 すると、後ろから優しい静かな声が聞こえてきた。アマシュリだ。キーツは先ほどいつものように出て行ってしまったから、あまり警戒していないようだった。


「本当。なんでだろうな」

「心のまま口にしてくれるから。ですよね」

「心のままか」

 

 勇者が魔王だったら。だったらなんかではない。だからこんな世界になってしまったのかもしれない。

 でも、人間の土地と魔物の土地が分けられる前は、もう少し荒れていた。炎が上がるのなんか日常茶飯事だったし、住むところを狙われないためにも、あまり一つのところに身を寄せないようにしていた魔物。建物を作ったところですぐ魔物に壊されたり、燃やされたりしてしまい、安心して眠ることもできない人間。

 魔物に対抗するため、魔術ができてもおかしくはない世界だったのかもしれない。今となっては、人間に魔術の必要性が分かってきた気がする。前までは、弱いくせに頑張るなよと半分馬鹿にしていた。けれど、分けられた後でも、まだ安心できる世界は訪れなかった。

 もう少し、世界を知っておかなければいけなかったのかもしれない。


(魔王様。睡眠中失礼いたします)

(シェイルか。どうした?)

(キーツがしつこいのですが、殺してしまっても?)

(しつこい? 何がだ)

(直接お会いしたいと)

 

「アマシュリ、眠ってもいいかな」

「はい」

 

 どうせここででしょ? と呆れたようにため息をつきながらも、部屋を背に正座をして、ポンポンっと自分の太ももを叩いて見せる。

 嬉しくなってにっこりほほ笑み、用意された温かい枕の上へと頭を乗せた。


「おやすみなさい」

 

 

 

  

 

 

 

 

 

「魔王様! 一体どういうことですか」

 

 すごい気迫のキーツ、最初と同じ棟の同じ会議室に待たせたのち、出来るだけダラダラ歩きながらその場へ向かった。扉を開けたら開けたですぐこれだ。

 何のことを言っているのかはなんとなく想像できるものの、そんなに怒る事かよと、内心呆れてしまう。口に出さずとも、ヴィンスもシェイルもため息をつきたがっているのはわかっている。どちらも、キーツと同じ気持ちなのだろう。

 いまここで考えが違うのは俺だけ。独りぼっちだ。


「なにがだ」

「人間の村と友好関係を結ぶだなんて」

「そうか。お前には俺の心がわからぬか」

 

 少しだけ口調がユンヒュ寄りとなってしまった。


(ぬって言っちゃった。ぬって…)


「魔王様のお心ですか」

「そうだ。わからんのならいい。下等な魔物にはわからないのだろう」

「下等…」

 

 魔物風で考えれば、人間の国と手を組んでいるのは一つの楽しみだと思う。

 今回は村だったが、こちらは安全です仲良くしましょう。と表面上を伝えていれば、人間は徐々に不安が薄れていくはずだ。そこを一気に狙う。ということまでキーツは考えていないのだろう。

 もちろん、そんなことをされたくはないのだが、何事も利用しなければならない。

 どうすれば、キーツが早く勇者の元から離れてくれるのか。


「お前は勇者を倒せる力はあるか」

「あります! あんな弱い人間、すぐにでも」

 

 秘策があるのだろう。

 力強いそのまなざしは、何か恐ろしいものを感じた。シェイルもわかったのだろう。一歩前へ出て、防衛体勢に入りかけている。横目でそれを確認し、うっすらほほ笑む。


「ならば見せてみろ。その力を」

「勇者を手にかけても良いのですね?」

「あぁ」

 

 恐ろしいものは、先に排除しておこう。

 今は殺しをあまりしたくない。そう思っていたが、自分を護るため、出来るだけ多くの民を護るため。危険を避けるためには仕方ない。思い込むように、ゆっくりと目を瞑り覚悟を心に納めた。

 

 

 

 キーツを帰し、城の廊下を速足で歩いていると、斜め後ろにいたシェイルが小言を言ってくる。

 それをはいはいとテキトウに流し、今後どうするべきかを考える。

 キーツのことだ。やると言えば本当にやるだろうし、それも時間を空けてだなんて悠長なことはしないだろう。ということは、今すぐにでもアマシュリのいる方へ戻らなくてはいけない。しかし、それにはまだ何の準備もしていない。

 とくに、まだ実践していない技だって、いざという時に出来るかどうかもわからない。

 不安はたくさんあるものの、戦いとなってしまった場合はどうにか対処するしかない。

 アマシュリから聞いた話では、得意としている束縛魔法が効かないに等しかったという。実際、あの時明るいリベリオが空気を壊してくれなかったら、死を選ぶしかできなかったという。

 得意というわけでもない束縛魔術を、束縛魔法が効かなかったキーツに効くのだろうか。


(いや…無理だよな) 

 

 魔物だとばれないように戦うことなど、最初はそんなに気にはしていなかったが、無計画に増えた二人の人間により、行動が狭まってしまった。


(こんなんじゃ、魔王らしくないっていわれてもおかしくはない…か)


「シェイル」

「はい」

「この身が消えた時は、俺の身に何かがあったものだと考えておいてくれ」

 

 

 

  

 

 

 

 

 目を開けると、空の方向にはアマシュリの顔があった。

 満月を見つめ、優しく俺の頭をなでてくれていた。


「綺麗だな…」

「…戻られましたか」

「あぁ」


 ゆっくりと身を起こし、ただ茫然と森のほうを見つめた。

 もうそろそろキーツが帰ってくるだろう。

 どうするつもりだろうか。なにを隠しているのだろうか。一体、どこで戦うのだろうか。何組で?

 条件をそろえておくべきだったか。後悔しながらも、軽くため息をついた。


「どうかなさいましたか?」

「ううん。厄介なことになりそうだなって」

「…今さらでしょう」

「ははっそうだな」

 

 さんざん振り回されたのはアマシュリだ。

 危険だと知っていてついてきてくれた。少なくともアマシュリは…この村は護らなければならない。

 今回のことを言ったら、また呆れられるだろうか。きっと、もう俺の勝手についてこれなくなり、離れて行ってしまうだろうか。

 いろいろ考えていると、森のほうからキーツが戻ってきた。アマシュリのほうに目を一瞬向けていたが、目的だろう俺のほうをジッと睨みつけてきていた。翼をしまうことなく、そのまま下降してくる。

 ソッと足音をたてないように目の前に着地して口を開いた。


「お話があります」

「ここではみんなが目を覚ましてしまう…。森で」

「あぁ」

「シレーナ…?」

「大丈夫。すぐ戻るよ」

 

 いやな予感を察したのか、アマシュリは歩き出した俺の手をつかみ、制止させて不安そうな瞳を見せた。うっすらほほ笑み、大丈夫だよと安心させてやる。

 手を離してベランダから外に降りる。キーツは飛んだまま場所を指定するように、魔物の土地のほうへと向かって行った。



 

 

 




 姿を森へ隠してしまった。

 見送りはしたものの、この暗さの中で様子を見ることなんか無理そうだ。

 何かがあったとしても、どうにかしてくれるのだろうが、怖かった。シレーナが。魔王が消えてしまうことが。

 一瞬戸惑ったものの、ベランダの扉を開き、部屋の中へと足を向けた。

 扉に近いベッドを使用しているルーフォンの元へと駆け寄った。歩く音で目が覚めたのか、ルーフォンは身を動かし、ゆっくりと瞳を開けた。一瞬どこかわからないところを見ていたが、しっかりと覗き込むように見ている俺の姿を見つける。

 軽く目を擦りながら上体を起こし、口を開く。


「どうした」

「…どうしよう…」

「…何があった」

 

 泣きそうな弱々しい声を出してしまった。

 泣いてはいけない。そう言い聞かせていたというのに、口を開こうとしない俺の頭を、珍しくも優しく撫でてくれた。その今までにない優しさの所為で、涙がこぼれおちてしまった。






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