第25話
あれから自己紹介や、世間話、泊らせていただくことになった旨を伝えた。
一応キーツとアマシュリが魔物だと言うことは言わずにいる。知らないなら知らないままのほうが良いだろうし、ユンヒュが魔物に抵抗があると言うことは一切気にしないよう伝えておいた。
そのあと、夜になるまでメッシュが相手をしてくれた。
というより、相手をしたのは俺たちのほうだろう。外に出ては、いろいろなものを教えてくれる。その際に、俺を見た人たちは、家の中に何かを隠しているかのように、一瞬身体がびくついていた。つまり、その人の家には魔物が住んでいるということなのだろう。
今のところ外に勇者である俺がいてしまっている所為か、魔物が堂々と外にいる様子はない。しかし、魔物の土地に面する森のほうから、いやな気配がする。
先ほどからは魔物気配が出たり入ったりしている気はしていた。
襟首につけていた勇者の証だるバッチをいったん外し、内ポケットにつけなおす。勇者がいるからと、下手に魔物に襲われても面倒が起きるだけ。
アマシュリは家の中でお母さんの手伝いをしていた。一方キーツは、ところどころにある大きな石の一つに座り、ただボーっと空を見上げていた。ルーフォンは、メッシュの家の玄関すぐ横の壁に寄りかかり、腕を組んでただじっとしていた。ユンヒュはというと、ルーフォンの隣に座り、何か気に食わなさそうな表情を見せていた。
ルーフォンはまだこのいやな気配に気づいている様子がない。
早めに知っておけば、ルーフォンが対処してくれるだろうと、一旦メッシュとともにそちらに向かった。
「どうした?」
「ルーフォン。森のほうから嫌な気配がする」
「敵意は?」
「あるねきっと」
「そんな! ここに来る魔物はそんなことない…ないはずなのに」
メッシュは少しさびしそうに顔を下げてしまう。
優しく頭をなでながら、家の中へとはいっていく。魔物だと言うことは打ち明けていないようだが、アマシュリとルインは何か楽しそうに話しこんでいた。その時に少しだけ不安そうな顔を見せたメッシュに、ルインは駆け寄ってきた。
「森から嫌な気配がします。ここは魔物と友好関係にあるというのは知っていますが、一応メッシュを家の中に…」
気配はだんだん近づいてきている。しかも、何かに気付いているかのように、確実にこちらに向かってきている。
メッシュの背を押し家の中に入れた瞬間、その気配はすぐ後ろまで来ていた。すぐに振り向くと、剣を振り上げた魔物が外に立っていた。
いきなりのことにメッシュの母が叫んでしまう。
ルインはメッシュの腕を引き、家の中に入れてやると、母とメッシュをルインが隠れていた部屋へと押しやる。その姿を見られないためにも、すぐに扉を閉めて、鍵を閉めてやる。
扉の向こう側では、ルーフォンが対峙しているようだ。下手に手を出させないためにも、窓かどこかから出ようと部屋を見回す。
「こらメッシュ!」
ルインの制止を聞かず、駆け寄ってきたメッシュは俺の腕を引っ張って裏の方へと連れて行ってくれる。
「どうなってるの? どうして魔物が襲ってくるの!?」
パニックに陥っている様子ではあるが、行動はしっかりと落ち着いていた。
「わからない。一応今話を聞いてみる。もしかしたら、俺たちがいるのが気に食わないのかもしれない。もしそうなら今晩中に、この村を出ることを伝えてみるよ。それでも無理なら追い払ってみる」
「ここ」
メッシュは俺の話を聞いているのかはわからないが、台所の横を通り、二個くらい扉を開けると、その先には勝手口のような扉があった。
そこを開き、メッシュは先に外に出てしまう。すると、待ち伏せしていたように別の魔物が剣をメッシュに向かって振り上げていた。
恐ろしさにメッシュはその魔物を見つめたまま立ち止まってしまう。
上からかぶさるように、俺はメッシュを抱きしめて前へと身を跳ばした。
勢いで二回転ほど地面を転がり、身を起こす。すると、その魔物の振り上げた両腕には、アマシュリが拘束魔法で食い止めていた。
「アマシュリ!」
「シレーナ無事ですか?」
「あぁ。メッシュは平気か?」
「う、うん」
腕に抱きしめていたメッシュを少し離し、顔を覗き込むと、うんと少し怖がっている様子を見せながらも頷いた。
できればメッシュは家の中にいてほしかった。子供に怖いところを見せたくはない。俺が昔、父を失った時のような悲劇を味わってほしくないから。
「ほぉ。そのガキがハーフの子供か」
別の魔物がこちらに向かって走ってきていた。
目的は勇者である俺ではない。ハーフであるメッシュに向かっているようだ。
「狙いはこの子か」
目で確認できる魔物で約6匹。実際にはもう少しいるのだろう。
少しだけこちらが不利だろうかと思いながらも、向かってきた魔物から身軽に避け、しっかりとメッシュを抱きしめながら、適度な距離を置く。
メッシュが魔法を使えるのであれば、何か使ってほしい気持ちはいっぱいだったのだが、そうもいっていられない。人間の手により育てられてしまっているのだから、魔法の使用方法は父が教えていない限り、使用はできないだろう。
対処を考えながら敵の攻撃を避けていると、裏口が勢いよくあき、こちらを狙ってきている魔物に向かって魔法弾が撃ち込まれる。
ルインだ。
しかし、ルインが来てしまえば母は誰が護ってやると言うのだろうか。
「私の息子に手を出すことは許さないぞ!」
「貴様かこのガキの親は」
「なぜこの土地に来た。争いをしたいのであれば、他へ行け!」
「他にはハーフの子がいないだろうが。いろいろ実験してみたいものでな」
「許さん」
魔物の標的はメッシュからルインに移り、荒々しく戦闘に入ってしまった。
魔術でカバーしてやりながらも、他の魔物からの攻撃を避ける。
すると、腕の中でメッシュが小さくつぶやく。
「僕の所為だ…。ごめんなさい」
「メッシュ、お前は何もしていないだろう? なのに謝るのはおかしい。悪いのは今襲ってきている魔物だ」
「勇者様…」
できるだけこちらにおびき寄せるように、ルインが相手をしている魔物にも、少々攻撃を与えてやる。しかし、あまり派手に攻撃できない理由があった。
暴れてしまうと、農作物に被害があるから。という理由ではない。よそ者の俺たちが、友好関係を持っている村に奇襲があったからといって、魔物と対峙していいのかが分からなかったから。それで崩れたとしても、責任を持つことはできない。
徐々にこちらを気にし出している様子を受け、ゆっくりとルーフォンの表側へとおびき寄せる。
ルーフォンもわかっているのか、派手な攻撃はせず、防御を主としているようだった。ユンヒュは、ルーフォンに命令されたのか、拘束魔術を使って一匹一匹確実に動きを止めている。
「うわぁぁっ!」
ルーフォンのほうに集中していた間に、ルインが叫び出した。
振り向くと、腕を切られたのか、自分でつかんでいる腕から、止まりそうもない血の量が流れていた。
「父さん!」
その姿を見てしまったメッシュは、俺の腕から離れてしまい、ルインのほうへと走り出してしまった。
バカと叫んだが、こちらを振り向くことすらしようとしない。それに気付いた魔物たちは、一斉にメッシュのほうへと足を運ばせていた。
数匹はアマシュリが気付いて拘束魔法で動きは止めたものの、止め切れなかった魔物たちが、メッシュのほうへと剣を振り上げてしまった。それに気付いたメッシュは足を止めて、腕で頭をガードする。
「メッシュ!」
魔法を使うべきか戸惑った一瞬、振り下ろされた剣はメッシュへと降りることはなかった。
メッシュの周りを取り巻くように張られた魔法の結界により、剣は食い止められた。アマシュリは拘束しかできないはず。他に魔法が使えるとなれば、メッシュだろうか。知らぬうちに魔法を仕える者なのか考えながら周りを見回すと、屋根の上にキーツの姿があった。
(やばい。キーツの存在忘れてた)
メッシュを護る事と、手を出さないようにすることで精一杯だった所為で、キーツも魔法を堂々と使えることにようやく気付いた。
ホッと胸を下ろしながらも、一度剣を引いた魔物たちのほうへと足を運んだ。
魔術・魔法は今は使えない。となれば。
(体術しかないじゃないかっ)
体勢を低くし、地を足で一度蹴りつけ、風を切るようなスピードで魔物の一匹の足元に身を寄せ、下から魔物の顎を右足で蹴りあげる。脳が反応しなくなったその魔物を、蹴りあげた足をずらし、頬に踵を乗せて思いっきり地面にたたきつける。
後ろから魔法を使う気配がし、飛ばされた魔法弾を、支えていた左足で地面を蹴り、後ろへ大きく宙返る。頭が地面に向いた時に後ろにいた魔物の顎を両手でつかんでやり、遠心力で自分が地に足をつく前に、身体を捻り地面に背を向け、思いっきり放り投げてやる。地に足をついた瞬間、目の前に位置することになった魔物の腹に、右ひじを曲げ、右手を握りしめてその手を左手で固定し、思いっきり肘鉄を喰らわせた。
よろけたその魔物の足を足で引っ掛けて転ばしてやり、小さく拘束魔術の呪文を呟き、しっかりと縛り上げてやった。
立ちあがってこようとする魔物にも、呪文を唱えれる時間が設けれたおかげで、二匹とも拘束魔術により縛り上げた。
アマシュリが魔法で必死に止めている魔物にも魔術をかけてやり、拘束する。
「ユンヒュ! 治癒魔術を」
「なっ! …わかった」
ルインを指差し、ユンヒュに命令すると、なんで魔物なんかにという顔をしたが、文句を言ったところで解決しないとようやく気付いたのか、躊躇ってはいたものの、ルインの腕に向かって呪文を唱えていた。
その隣で必死に泣きそうなメッシュが寄り添っていた。
その程度の怪我であればそう命にかかわることはないだろう。ちらりと屋根の上に座って待機しているキーツは、何を考えることなくボーっとこちらを眺めていた。いったい何を考えているのかつかめない。
今はキーツのことはどうでもいい。いったん、交友関係にあるということ自体詳細を聞かなければならないようだ。
この付近の魔物の土地には、シェイルが鍛えた警備の魔物がいるはずだ。友好関係を知っているのかどうかと、そういう関係になっているのであれば、今回のようなことをできるだけなくしてもらわなければならない。
いったんルインとメッシュを家の中に入れ、ベッドの中に横にさせる。
治癒魔術をしたからといって、派手の動かすわけにもいかない。
「今回のようなことはよくあるのか?」
「いや、ないわけではない。しかし、そう多くもない。あったとしても俺ら魔物でおっぱらったりする」
「友好関係にあるっていうのは本当なんだよな?」
「あぁ」
「魔物と何かを結んでいるのか? それとも暗黙のルールみたいな、自然的なものなのか?」
「一応。お互い手を出さないでおきましょうって、昔からここらの魔物には話がいっている。こっちに移り住んだ魔物は、もう魔物の土地に足を踏み入れることがなくなってしまったから、魔王様が手配している警備の者は知っているかどうかは定かではない」
「口約束みたいなものか」
「あぁ」
気に食わない様子のユンヒュは、扉のすぐ近くに立っているルーフォンの隣に立っている。
やはり人間の隣のほうが安心するのだろう。
俺が行くというわけにはいかないし、アマシュリに行かせるのはどうだろうといろいろ頭の中で試行錯誤する。
頭を使うのはシェイルの仕事だったからこそ、最近よく頭を働かせている自信がある。
「この村の長は友好関係のことは?」
「村長は知っております」
「じゃあ会いに行ってみるか」
隣にいたアマシュリのほうを見ると、呆れたように立ち上がった。
「私はどうすれば?」
「いったんここで待機しててもらえるか? 詳細を聞いた後、もし村長の了解さえいただければ、きちんと魔物の警備の者とやり取りよろしく」
「わかりました」
「悪いけどルーフォンはこの家付近の警備よろしく。ユンヒュは家の中で待機。下手に手出ししたら殺す。あと…キーツは」
隅にいたキーツを見て、キーツの役目が見当たらなかった。
一応魔王とやり取りをしているということをこちらは知らない。ということにしておかなければならない以上、命令するに命令できない。
アマシュリとともに、キーツも行かせ、もし警備の者が手を出してくるようだったら共に戦ってもらおうか。しかし、戦いですべてを納めたくない。といって、キーツを連れていかず、アマシュリ一人に行かせるのは危険が高い。
城に出入りを許されているアマシュリだからこそ、警備の者は手を出さないとは思うのだが、それまでの道のりがどうだか。
「キーツはアマシュリの援護。できるだけ戦闘体勢に入らないこと。守備重視で。ということで、キーツも待機」
「わかった」
ルインにお願いして村長がいる場所までの地図をもらい、家を後にした。