第24話
再度眠り、目が覚めたころにはキーツが戻っていた。そのほかにもルーフォンはすでに旅の準備ができているようだし、ユンヒュだって、少し眠そうだが活動準備に入っていた。
自然と目が覚めたのは、隣にいるアマシュリが俺を起こせるほど元気がないからだろう。
結界の中に居続けるには、相当体力が消耗する。寝ていたから回復はしているものの、やはり今までのようにはいかないみたいだ。
ルーフォンにアマシュリを運んでもらい、宿を後にした。この街ともいったんおさらばするため、次の街へと歩き出した。
地図上であれば、次は農村地区。村である。
街を出た瞬間、アマシュリはようやく身にまとっていた結界から解き放たれ、自由に動けるようになったようで、ルーフォンの腕から離れていた。
「次ここへ? ここは噂ですが、魔物が行き来できる村だということです。この付近の魔物はそんなに凶悪ではないですし、結構協力的だとのことです」
「へぇ。じゃあ、アマシュリが行っても問題なさそう?」
「まぁそうですね」
魔物を隔てていない村。
村だからこそできることなのだろうか。
それから数日、その村に向かって歩いていた。しかし、眠りに着くころ、キーツはどこかに出かけてしまう。ルーフォンが不審に思っているものの、止める様子はなかった。
あれ以降、キーツからの報告はシェイルに直接伝えるようにしておいた。だからこそ、逐一向こうに精神を飛ばす必要はない。何かあったらこちらにシェイルからテレパシーが入るが、ただ今どのへんだとか、仲間の奴らがどうのとか。そういう話ばかりだった。
森を歩き続けると、人が住んでいそうな気配が徐々に近づいてきた。
森から出ると、田んぼや畑が広がっている。ところどころに古びた建物がある。人が住んでいそうな建物は、少し丈夫そうにはできているものの、今まで来ていた街よりは、丈夫さに欠けているところがある。
ところどころでは、人間が外に出て、動いている様子が見られる。
木々に囲まれた村。魔物が襲うには絶好の土地だろう。
しばらく歩いていると、遠くのほうにはまた違った建物が並んでいた。中心部なのだろう。人の気配が強くなってくる。
今はまだこの村で魔物を見かけはしない。
「魔物も、そんないないのか」
「別に害がなければ魔物も襲いはしないからな」
キーツはため息交じりにそうつぶやいた。
今のところ、キーツはまだ声には気づいていない。場所も場所で、人間であり勇者という立場を見ると、先入観でそれはないだろう省いてしまっているのだろう。実際俺でもそうしてしまう。
「ふぅん」
「うわっ」
前に向き直った瞬間、再度後ろから驚いたユンヒュの声がし、俺とアマシュリ、キーツは振り向いてしまう。
そこには、ユンヒュにぶつかり、転んでしまった子供の姿があった。
両手でではないと、その子供では持てないだろう大きさの籠だった。それを持って走ってしまい、気づかないでぶつかってしまったのだろう。
尻もちをつくように後ろに座り込んでしまった子供の前に立ち、ゆっくりとしゃがんで顔を覗き込む。
「平気か」
手を出し、起き上がらせようとした瞬間、子供の顔が上がった。つい、ぴたりと体を止めてしまう。
その姿はまた珍しいものだった。
黒い髪に小さい手。小さい体は人間の子供そのものだった。気配も、人間のにおいだ。しかし、顔は小さい唇に小さい鼻。そこも子供と同じようなものだ。しかし、片方は黒い瞳もう片方。左目が赤い瞳。
話に聞いたことがある。両目が同じ色ではない者は、人間と魔物の間に生れし子供。
人間と魔物が混じること自体が貴重であるため、その子供。半魔自体が貴重な存在となってしまい、謎が多いため恐れられる存在だと。
目の前にいる子供は、魔物と人間の子なのだろう。
確かに、この村は魔物も生息しているという話だ。あってもおかしくはない現象だろう。
一人納得し、ポカンとしている子供にそっと微笑んでやる。
「どうした? 足を痛めたか? 立てそうもないなら背負うから腕を」
「だ、だいじょう…ぶ」
差し出した手をつかみ、グイッと引っ張って立ち上がらせる。
膝などに傷はないようだ。
付いた埃を軽く叩いて落としてやり、ばら撒いてしまった籠の中身を拾い集めてやる。
「ハーフとは珍しいな。貴重な体験をした。赤と黒とは、これまたきれいな色を手に入れたな」
そう微笑み、ぐしゃぐしゃっとその子供の頭を撫でまわしてやる。
口にした瞬間、失敗したなとすぐに後悔。
人間の間では、黒と赤が交じる色は不吉な色とされてきているのだ。反面魔物の中では、赤と黒が混じる色は、綺麗だと絶賛される色。綺麗に分かれてしまっているからこそ、ここで“きれい”というのはまずってしまったようだ。
「あ、ありがと。僕も気に入ってる」
返答につい考えてしまう。
つまり、そういう感性は魔物よりとなっているのだろう。今まで見たことがないからこそ、いろいろ観察したくなってきた。
「お前名は? 俺はシレーナだ」
「メッシュ。よろしく勇者様。でも、僕が怖くない…? 勇者様は魔王を倒すんでしょ? 僕は…邪魔じゃない?」
「お前は。メッシュは何か人間に対して攻撃したのか? 敵だと思っているのか?」
「ううん! ここの人たちは好き。ハーフの僕がいるのを許してくれているから。だから、護りたい」
「だったらいいんじゃね? 無意味な争いが嫌いなだけであって、別に魔物が嫌いなわけではない」
「…うん!」
嬉しそうに微笑むメッシュが、あまりにも可愛かった。
楽しそうに話しながらも、家に招待してくれた。丁度泊まるところを考えていたからこそ、ここの者に会えれば宿を教えてもらおうと思っていた。
連れてこられたのは、ここから中心部に向けてある道の中間地点に位置する、一軒家だった。
中に入ると、母なのだろう女性が、台所の方に立っていた。丁度振り向くと、少し驚いた様子で手を止めてしまっていた。
「お母さん。勇者様だよ!」
「あ、あらあら。ごめんなさいね。どうぞ座ってくださいな」
少しだけ焦っている様子の母は、何かを隠すようにソワソワしていた。
他の部屋への空けていた扉を閉めて、コップを人数分だし、何かを準備していた。
その空いていた扉の向こうに、何者かの気配がする。しかも、魔物の。今の状況を考えると、そこにいるのはきっとメッシュの父。それを必死に隠しているだなんて、今まで相当周りの街から文句や非難を浴びているのだろう。
「すみません。お構いなく。宿を…。この付近で宿がないかお聞きしたかったのですが」
「や、宿ね。中心部に行ったらあるとおもいますよ。なんせ、ここらの人は宿とか使わないものですから、あいまいですが…」
「いえ。では中心部に向かってみます」
長居しては迷惑だろうと、椅子に座ることなく、その場から離れようとした時、メッシュが俺の手をつかむ。
何かと、玄関の戸に向けていた体を戻し、きちんとメッシュに向かいあう。
「ん?」
「勇者様。もしよければ今日はここに泊っていくといいよ。…いいよね? お母さん」
「こらメッシュ、ここは大層なものを出してやれるわけじゃないんだ。失礼に値するでしょ? その手を離しなさい」
「やっぱり…駄目かな?」
「んー…。まぁ、僕たちはありがたいんですが…」
黙っていたアマシュリが、頬を掻きながら、ちらりと魔物の気配がする部屋のほうを見ながら口を開いた。
アマシュリもさすがに気付いていたのだろう。気配からすると、そんなに強い魔物ではない。柔らかい雰囲気だからこそ、そんなに警戒していない。
「その部屋にいるのはメッシュのお父さん?」
「あ…うん」
「僕たちは全然気にしないんだけど、お母さんが隠したがってるしね」
「隠してるってなにをじゃ?」
全くわかっていない様子のユンヒュが、アマシュリの言葉に口をはさむ。
ルーフォンはメッシュに会った瞬間、母が人間であれば、父は魔物だと言うことに気づき、隠しているということに気づかなくても、今の雰囲気を読み取れてはいる様子だ。だからこそ、呆れたようなため息を出したのだろう。ルーフォンに関しては、特別説明をしてやらなくてもわかってくれるからありがたい。
それに対し、ユンヒュは本当にそういうところは鈍感にできている。
鈍感すぎて笑えてきてしまい、ため息交じりに口を開く。
「本当にお前は面倒だな。メッシュがハーフだったら、父か母は魔物だろう? 綺麗なお母様が人間だったら、父は魔物ってこと」
「なっ! 魔物だと!」
「今頃かよ…」
黙って聞いていることができなかったのだろう。ルーフォンは本格的にユンヒュが鈍感すぎると言うことに、ため息交じりにそう呟いた。
実際、ユンヒュよりもルーフォンが魔物といるのが苦となるはずなのに、今こうして平常心でいる。ということは、アマシュリのおかげで、害のない魔物にはあまり反応しないようになってきたのだろう。
扉の向こうに隠れている魔物だって、子供を作っていて、それで何よりこの女性を愛しているということだ。人間に手を出そうだなんて思ってはいないだろう。
「っていうか来る前に、魔物が出入りできる村だって噂があるよっていってありましたよね?」
「しかし、こんな堂々と人間と接点を持っているだなんて!」
『それがなに』
ルーフォンとアマシュリが声を合わせて、もう面倒くさいと言わんばかりにため息をついた。
ユンヒュのことはルーフォンとアマシュリに任せ、俺は再度メッシュのほうに向きなおる。
「あの変な男は気にしないで。無意味に手を出すようだったら黙らせるから安心して。それより、ここまで来たらメッシュのお父さんに会ってみたいな」
「だめ…かな? お母さん」
メッシュも、頼み込むように、上目づかいに母を見つめていた。
頭のいい子だ。子供は上目づかいで大人に言いよれば、基本的に大人は崩れてしまう。それをしっかりと心得ているようだ。反面母は、ユンヒュのことがあったせいで、結構警戒しているようだ。俺たちが何かしないか。勇者というだけで、魔物と隔たりを持たなければいけないのだろうか。
それだったら、最初から一緒にいるアマシュリ自体文句を言われてしまう。
「ちょっとまっててね」
いろいろ考えた末、お母さんはメッシュをその場に残し、隠れている部屋のほうへと入って行った。暫くすると、お母さんは再度戻ってきて、ゆっくりと奥の方から人影のようなものが浮かび上がってきた。
扉から出てきたのは、その辺にいそうな魔物だった。見た目は人間だが、気配が魔物そのものだった。
「はじめまして。メッシュの父、ルインです」
「はじめまして。勇者のシレーナです」